破壊神ババアの取り扱い方
緋華
第1話 平和の破壊は唐突に
雲一つない晴天。昼寝にはちょうどいい日差しの中、町の近くにある小さな山が轟音とともに消し飛んだ。辺りには土や木くずが舞い、この光景を見ていた俺と部長は、あまりの光景に動くことができず、土や木くずを正面から受けた。
砂埃がやみ、山のあった場所の上空から、一人の老婆が下りてくる。この人が山を消した張本人。通称「破壊神」のトメさんである。俺は、こちらに歩いてくるトメさんを見ながら、冷や汗を流していた。
(なんで俺がこんな人たちの監視役に……)
時は遡ること二日前。俺は机に座り、ギルドで依頼書を作っていた。
手慣れた手つきで仕事をしていると、ギルド部長であるサナさんから声がかかる。
「シンリ、少しいいか?」
「あ、はい。大丈夫です」
他の従業員の視線が集まる。部長はこのギルド職員内一番の人気者で、ファンクラブが作られているほど。そのためかこちらを見ている何人かの目つきが厳しい。そんな視線をよそに、俺は部長に連れられ、ギルドの入り口まで向かう。
「どういったご要件でしょうか?」
「ああ、あってほしい人がいるんだ」
書類を見ながら話す部長。耳にかかる髪をかき上げる姿が美しい。
「この人たちだ」
入口に着くと、二人の老夫婦が立っていた。
七十歳くらいの見た目で、土がついた長袖にダボっとしたズボンをはき、わらの帽子をかぶり、農作業帰りような恰好をしていた。
二人はこちらを見ると、微笑みながら会釈する。
「トメさんとゲンジさんだ。ギルドの開設当初からこのギルドで保護している。トメさん、ゲンジさん。こちらはシンリ。新しい確認役です」
「は……初めまして! シンリ・サーントです! この度は確認役として選ばれ……。え、ちょっと部長、確認役って何ですか」
自己紹介の途中だが、思わず部長に尋ねる。老人の保護で確認役ということは、死んでないか見てろってことだろうか?
「詳しいことは後で話す。とりあえず今日は顔合わせだけだ」
説明をもらえず、どうすればいいのかわかっていない俺をよそに、トメさんたちが自己紹介を始める。
「初めまして、ミツカワ・トメです。今回の子はえらく若い子やねぇ。孫もこんくらいだったかしら。お兄さん年は?」
「あ、はい。今年で二十三になります」
「まぁまぁ若いわねぇ。頑張ってね」
「はい! ありがとうございます」
トメさんに応援され気合を入れなおす。
「そういえば部長さんはおいくつでしたっけ?」
「今年で二十六になりますね」
「お若いのに部長さんなんてすごいわねぇ。旦那さんとかいるの?」
「いえ、仕事が忙しくてそれどころでは」
サナさんは、少し赤くなった頬を掻きながらそう答える。
「まぁ~。お兄さん頑張りな、チャンスあるよ」
「な⁉」
サナさんの言葉を聞いたトメさんが、俺にこっそりと耳打ちをする。そりゃ確かにクールで仕事熱心でギルド内人気ナンバーワンのサナさんに気がないわけではないが、大した取柄もない俺なんかが告白したとこで、すぐフラれて終了だろう。横目でサナさんのほうを見ると、サナさんもこちらを見ており、目が合ってしまう。すぐに目を離したがサナさんは、首をかしげて不思議そうにしていた。
「ばあさんや、年頃の女性にそんなことを聞くのは失礼じゃぞ」
様子を見ていたゲンジさんが声をかける。トメさんの勢いに負けて忘れかけていた。
「ばあさんが失礼したのう、儂はミツカワ・ゲンジじゃ。今後とも頼むぞ」
「はい、よろしくお願いします!」
「それではもういいかのう?」
「はい。本日はありがとうございました。明日からはこちらのシンリがそちらに向かいますので」
挨拶が済むと、二人はギルドの横にある山に入っていった。
「サナさん。そろそろ説明してもらっていいですか? とりあえず合わせてましたけど、俺ずっと置いてけぼりでしたよね」
「そうだな。ここではなんだ、中に入ろう」
俺とサナさんはギルドの中に戻り、受付横の扉から仕事場に入る。すると俺は、そのままギルド長の部屋まで連れていかれた。
「えっ……。あの、サナさん?」
「失礼します」
困惑する俺をよそに、部長が部屋に入っていく。
「やあお疲れ様。顔合わせは済んだようだな。お相手はどんな感じだった?」
本棚に囲まれた部屋に入ると、短めのツンツン髪で、髭を生やし、ワイングラスを片手に持った男がいた。ギルド長のガリアさんだ。ギルド長は、ワインの入ったグラスを見ながら、先ほどの顔合わせのことを聞いてきた。
なんで昼間っから酒飲んでるんだろうこの人は。
「問題はなさそうに見えました。いい関係を作っていけると思います」
「そうか。大丈夫そうだな」
二人だけで勝手に話が進んでいく。
「あの! いい加減説明してください! 俺だけ一人置いてきぼりなんですけど!」
「安心しろシンリ、私も詳しいことは知らない」
「なんで?」
思わず声が出る。顔合わせ云々の前に、そこは知っていてほしかった。
「俺が説明なしで行ってこいっていたからな。許してやってくれ。今からきちんと説明する」
するとギルド長は、本棚から一冊の本を取り出し、机の上に置く。それは、この町ができたきっかけとなる、昔話のような本だった。
「この本を知っているかね?」
「はい。何百年か前に現れた二人の男女のおかげで、人間が住めるだけの安全確保がされたとかなんとかって」
「ああ、その通りだ」
この話は、この町では有名な昔話で、俺が小さいころからあり、親父たちもこの話を聞いて育ってきたらしい。
「はい、私も存じております。しかし今その話に何の関係が?」
「え……、まさかその主人公……」
「シンリ君は察しがいいな。そのまさかだよ」
「嘘ぉ⁉」
そんなはずはない。この話は何百年も前の話。そんな人間が今も生きていけるはずがない。部長のほうを見ると、ジト目で首をかしげていた。
俺の「何を言っているんだこの人は?」と言いたげな目つきに、ギルド長は真剣なまなざしで続ける。
「あのご老人たちは異世界から来た人間だ。異世界から来た際、不老不死のスキルを持ってこちらに来ている」
不老不死のスキル。人間誰しもが憧れるスキルで、年老いて死ぬことがないスキル。まさか実在するというのか?
「詳しいことは前任の監視役に聞いたほうが早いんだが……」
そういうと、ギルド長は下を向き、暗い顔で考え込む。
「まさか……、お亡くなりに?」
「いや、有給消費中だから連絡しずらくて……」
俺の心配を返してほしい。まぁ生きているならそれでいい。最悪その人に聞きに行けばいい話だ。
「あれ、今監視役って?」
「ああそうだ。監視役だ」
先ほど顔合わせをした時は確認役だと……。いやまぁ意味はほとんど同じだが、内容的には変わってくる。
「部長、監視役ってどういう……」
「ん~?」
話を聞こうと部長のほうを向くと、そこにはいまだ状況が理解できず、首をひねっている部長がいた。
「ぶちょー、ぶちょー? 大丈夫ですか?」
「ん? ああ大丈夫だ。有給届は私じゃなく受付に提出してくれ」
「全然頭に入ってないじゃないっすか」
こんな夢みたいな話に全然ついていけてない部長。なるほど、ギルド長が部長に説明しなかった理由はこれか。
「まあ意味はほとんど同じだよ。ただの相手に不快になってもらわないための言い回しだ」
ギルド長の説明を受けて納得するが、そこまで慎重にならなければいけない理由があるのだろうか?
「さて、そろそろ仕事の内容に移ろうか」
ギルド長が、グラスに入ったワインを飲み干し、仕事の内容を話し始める。
「シンリ君。君に与える仕事は二つ。ご老人たちを暴走させないこと。仕事のミスをさせないことだ」
俺はギルド長の説明に息をのむ。暴走とはいったい……。
「あのご老人たちのことだ。よっぽど暴走することなんてないとは思う。しかし、あのご老人たちが暴走した時は、この世界が滅びると思ってくれ」
その言葉で心拍数が跳ね上がる。俺はとんでもないことに巻き込まれてしまっているかもしれない。
「ギルド長、それはいったいどういうことですか?」
先ほどまで黙っていた部長が、口を開く。
「私はギルド長に言われた通り、面倒見がいい人間としてシンリを選びました。しかし、そのような危険があることに、彼は巻き込むことはできません」
部長……。部長がそんなに俺のことを思ってくれているなんて……。部長の言葉に心が温まる。
「ちなみにサナ君も一緒に行ってもらおうと思ってたんだが」
「……私もですか?」
「監視役中はギルドの仕事もしなくていいし給料も上げるしボーナスも出るよ」
「お任せください!」
部長が落ちた。
先ほどの感動を返してほしい。部長の中で、いったい何が刺さったのかはわからないが、この内容で落ちる部長は見たくなかった。
「よし、話は決まりだな。それではこれが前任者からのマニュアルだ。しっかりと読んで明日から頼むぞ」
俺と部長は十数ページのマニュアルを渡され、部屋を後にする。
「えっと……。とりあえず、どうします?」
「そうだな。私はまず、ここを不在にする間の、代理人の部長を選んでくる。シンリはどうするつもりだ?」
「自分はとりあえず、机の片付けからやってきます。しばらくここに来なくなりそうなので」
俺と部長は、話しながら仕事場に戻る。歩いてる途中、先ほどもらったマニュアルの表紙を見る。そこには、『これだけでわかる! 神様の扱い方!』といった文字が、でかでかと書かれていた。
表紙の『神様』という言葉について不思議に思っていると、自分の机に到着する。すかさず、周りの同僚から、先ほどのことについて聞かれた。
「おいシンリ、さっき部長と何してたんだよ」
「入り口にいたあの老人たちは? まさか部長の⁉」
「そのあとギルド長の部屋に行ってたけど、ほんとに何したんだよ」
同僚からの質問攻めに若干たじろぐ。
「た……、ただの仕事だよ。部長と一緒にあの老人たちを監視してろって」
あれ? これって言ってよかったのか?
「何いいいい⁉ あの部長と一緒に仕事おおお⁉」
「うらやましいぞこのやろおおお!」
「なんでお前なんだよおおおお!」
そう言われると、俺は同僚たちからもみくちゃにされる。
「だからただの仕事だって!」
口ではそういいつつも、今同僚にこう言われ、部長と二人っきりの仕事ということに、顔が少しにやける。
「笑ってんじゃないぞこんにゃろー!」
「くるしい……。ぐるしい……」
その後俺は、周りからの視線に刺されながら、机を片付け帰宅した。
ギルド近くの社員寮の一室。八畳一間の部屋に、ベッドと机に本棚というシンプルな家具たち。一人暮らしにしては、少し贅沢な部屋に帰ってきた俺は、ベッド横にある机に座り、もらったマニュアルを取り出す。
「ふざけてるよなぁ……」
俺は、マニュアルの表紙に書かれた題名を見て少し呆れる。
「確かに伝説の人なら神様みたいな扱いかもしれないけど……」
そんなことを言いながら、ページをめくる。一ページ目には、トメさんのプロフィールが書かれていた。
名前、身長、体重、年齢、職業。軽く流し読みをするつもりだったが、俺はそこに書かれていたことを見て、思わず目が留まる。
「ミツカワ・トメ……。年齢三百五十八歳……。職業『破壊神』⁉」
俺はすぐさまページをめくり、ゲンジさんのプロフィールを確認する。そこには、年齢三百六十一歳、職業欄に、『創造神』と書かれていた。
「なんてこった」
俺はマニュアルを閉じ机に置き、直視できない現実から目を逸らして深呼吸する。とんでもない仕事を引き受けたかもしれない。というか職業『破壊神』ってなんだ。
「いやいやいやあり得ないって」
あんな優しそうなおじいさんとおばあさんが神様なんて。しかも破壊神ときた。
俺はギルド長の言葉を思い出した。
「まじかぁ……」
下手に怒らせたりしたら世界ごと滅びるのか……。
「前任者帰って来いよおおおおおおお!」
俺はプレッシャーから泣きたくなる。どうして俺なんだ……。俺は机に置いたマニュアルを見る。表紙に書かれた題名のフォントの可愛さに、少し笑えてくる。俺は机に伏せる。
「やらなきゃだめだよなぁ……。仕事だし……。部長からの頼みだし……」
覚悟を決めた俺は、再びマニュアルに手を取り、ページをめくる。俺は失敗しないように、マニュアルをひたすらに読み、明日に備えて早めに眠りについた。
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