第6話 お邪魔しますは唐突に

 そんなことを思っていると、山の上の家まで帰ってきた。

「すごい……。きれい……」

 トラックから降りたノアが、山頂の景色を見て声を漏らす。洞窟の中にいたノアにとっては、外の景色は初めて見るものばかり。さらにここは、普通に生活していても、綺麗と思えるような場所。ノアにとっては刺激的だろう。

「それではサナさんや、すまぬがノアを風呂に連れて行ってやってくれんか?」

「わかりました」

「風呂?」

 不思議そうにしているノアが、サナさんに連れられ家の中に入っていく。ボロボロな姿だったから、出てくる時には綺麗になっているだろう。

「さて、それでは昼食の準備をするかのう」

 家に入っていくゲンジさんを見て、今が昼だということに気が付く。そうか、あれだけのことをやってもまだ昼なのか。俺は家に入る前に、ポストの中を確認する。すると、一枚の手紙が入っていた。

「あれ、ギルドからだ。なんだろう」

 手紙を開くとそこには、トメさん宛ての依頼が書いてあった。

「なになに? 盗賊ギルド討伐の依頼……」

 そこには、商人が盗賊ギルドに襲われ、荷物を奪われたから、それを取り返してほしいというものだった。

 あわよくば、ギルドごと消し去ってくれという意味だろう。俺は手紙をしまい、家の中へと入っていった。

昼食の準備を手伝っていると、風呂から出てきた二人が現れる。ノアの髪は綺麗な白色になり、体の汚れも落ちて、最初の時とは比べ物にならないほどだった。

「あれ、ちょっと縮んだ?」

 最初は、俺の鼻先くらいまでの高さだったノアが、風呂から出てくると、肩くらいのサイズまでになっていた。

 髪を見ると、地面に付いている髪の量が少し増えていた。

「お風呂というもので、体に溜まっていた何かも一緒に落ちて、小さくなったみたいです」

「髪を洗っている最中に、このまま消えるんじゃないかとひやひやしたぞ……」

 サナさんが小さい声でそう呟いた。

「お疲れ様です……」

「これは何ですか?」

 ノアが、机の上に置かれた昼食を見て、目を光らせる。

「そばじゃよ。打ち立てじゃからうまいぞ」

 みんなで座布団に座り、昼食を取り始める。ノアは箸に慣れていない様子で、サナさんに持ち方を教えてもらっていた。

「あら~」

 すると、それを見ていたトメさんが、嬉しそうな声を上げる。俺はもう反応しないぞ。

「どうかされたんですか?」

 そう思ってた矢先、ノアが気になったようで、トメさんに聞き返してしまった。

「いえいえ。なんか親子みたいだなぁって」

 サナさんが噴き出した。

「失礼ですね! これでも私は二百年は生きているんですよ!」

 ノアが顔を赤くして起こり始める。なんだか、最初に会ったころに比べて、だいぶ子供っぽくなったような……。というか二百年もあの祠にいたのか⁉

「でもこの世界のことは何にも知らないでしょう?」

「うっ……」

 トメさんの一言で、ノアが言い返せなくなる。

「まぁこれから慣れてけばいいんだよ。そうだトメさん。ギルドから依頼が来てたんですが」

「あらあら、いったいなんでしょうねぇ」

 俺は今回の依頼について、トメさんに説明する。

「なるほど、宝探しですね」

「ちょっと違うけど大体あってます」

 説明し終わるころにはいつものボケてるトメさんに戻りかけていた。

「ゲンジさんはどうします?」

「わしはノアの服を作ろうと思うから無理じゃ」

「あ、はい。サナさんは?」

「私もノアの服作りを手伝うつもりだ」

「了解しました」

 なるほど。つまり俺とトメさんで盗賊ギルドを壊滅させろと……。嫌な予感しかしない。

「それじゃあ食べ終わったら行きましょうか」

 俺は、食べ終わった食器を片付け、自分の部屋へと向かった。

「さてと……。ギルド一つとやりあうわけだから、普通の運動着じゃまずいよなぁ……」

 そうはいったものの、俺は冒険者でもないし、何か装備があるわけでもない。そういえば、先ほどの帰り道でどれだけ経験値が獲得できたのか、ギルドカードで確認する。すると、レベルが十二になっていた。

 最初の配達の時と、今日の行きで、五レベになったのに、帰りの道だけで七レベも上がっている。多分レアモンスターでも倒したんだろう。

 レベルが上がったことで、少し自信がついた俺は、車庫へと向かう。

「さてと、それじゃあ行きますかねぇ」

 そういう、かっぽう着姿のトメさんを見て、少し安心した。

 やっぱこの人、味方につけるとすごいな。

 俺は、いまだに真っ赤に染まっているトラックに乗り込み、地図を開く。トメさんの運転の助手席は嫌だが、ナビする人がいないと、目的地には一生着くことなく、この人は生態系を破壊し続けるだろう。

「それじゃあ運転お願いしまあああああああああああああ」

 いきなりトプスピードになったトラックに、体を持っていかれた俺は、再び情けない悲鳴を上げた。

 二十分後、俺とトメさんは、町外れにある、盗賊ギルドの拠点近くの、山の上にやってきていた。

 上から見るとそこは、大きな丸太を並べたの壁に囲まれており、内側には、簡単なつくりの家が数多く建てられていた。

「うわー。あの盗賊団共、あんなに大きくなってたのか」

 前々からギルドには、被害の話が入ってきていたが、引き受けてくれる冒険者がいなかったせいか、こんなに大きくなっているとは。

「トメさん、どうやって入り……。あれ、トメさんどこ行った?」

辺りを見回すと、トメさんの姿はなく、血まみれのトラックと、トラックに引っかかったモンスターの死骸しかなかった。

「まさか!」

 俺は、盗賊ギルド拠点の入り口を探す。すると、入り口に向かって歩いている一人の老人の姿が見えた。

「待って⁉ いつの間にあんなところに⁉」

 俺はトラックに乗り込み、急いで追おうとしたが、鍵が抜き取られていた。

「なんでこういうとこはしっかりしてんのかなぁあの人は!」

 俺はトラックから降り、急いでトメさんのもとへ向かう。

「急いで止めないと……。あんなとこに一人で突っ込んだら……。間違いなく死人が出る!」

 ドォン!

すると、入り口のほうから大きな爆発音がした。

「やばい! もう始まったか!」

 入口に到着すると、そこにあったであろう壁は崩れ落ち、門番をしていたであろう人たちが、悶え苦しんでいる。よかった、まだ人は死んでない。

『おい奇襲だ! 急げ!』

 遠くから、大人数の声が聞こえてくる。さすがにこれだけのことをしたら、大騒ぎにもなるよな……。

「って違う違う。トメさんはどこだ」

 俺は辺りの家を見渡し、トメさんを探す。すると。

「おいババアやめろよ!」

 近くの家からそんな声が聞こえてきた。

 俺は急いでその家に向かいドアを開ける。するとそこには、腹を抑えて横になっている男が、壺や樽を壊しまくるトメさんを、必死に止めていた。

「やめろよババア! なんでそんなに物を壊すんだよ!」

「宝探しだと壺を壊したり探索するのは基本でしょう?」

 止める男の言葉は届かず、モノを壊し続けるトメさん。勘違いさせたまま、来ちゃいけなかったかもしれない。

「トメさん何で正面から入ってるんですか⁉ あとなんで壺割ってるんですか⁉」

「おや、ハンリさん」

「シンリです」

「おや、そうでしたか。あ、さっき出てきたハーブ入ります?」

「いりませんし、何でハーブ出てくるんですか……」

 そんなことをしていると、横になっていた男が声をかけてくる。

「おいお前ら。いったい何者だ……。いきなり殴りこみに来て、人様の家のもの壊しまくって……」

「あー……。今までの代償的な?」

「ふざけんな! こんなことしてただで済むと思ってるのか⁉」

「お宅こそ、今まで人に迷惑かけておいて、ただで済むと思ってんのか」

「ぐ……。知ったことか! 俺らはそれで飯食ってんだよ!」

 どうやらこのギルドに、反省という言葉はないようだ。それなら安心。こっちも容赦なく行けるというものだ。

「トメさん、もしかしたら隣の家にあるかもしれませんよ」

「本当かい? 行ってみるとするかねぇ」

 まあ隣の家にもその隣にも、奪われたものはないだろうが、とりあえず、ギルド事潰しに行くならこうするべきだろう。というかトメさん、これを遊びか何かと勘違いしていそうで怖い。

「そんなことさせるか……。おーいここだー! ここに侵入者がいるぞー!」

 そんなことを思っていると、仲間を呼ばれてしまった。

 大勢の団員が入り、窓から外を見ると、完全に包囲されていた。

「俺たちにケンカを売ったこと、後悔させてやるぜ」

 まずい、囲まれた。

 いくらトメさんといえど、これだけの人数をボコボコにするには、それ相応の理由が……。

「がはぁ!」

 すると、俺の隣に盗賊ギルドの団員が、吹き飛ばされてきた。

「いいですね。こういう対人戦があるアトラクション、一度やってみたかったんですよ」

 トメさんは両手で握りこぶしを作り、わくわくしていた。

 あ、大丈夫そうですねこれ。

「やりやがったな、ばばグハァ!」

「おいおい、こんな婆さんにやられるなんてお前ら弱すぐへはぁ!」

「大丈夫かお前ら⁉ やばいぞこのババア! お前ら全員でいぼべら!」

 俺は、トメさんが倒した団員を縛りながら、その様子を眺める。

「俺の家が……」

 この家に住んでいた男が、縛られたまま、悲しそうな顔で泣いていた。

「俺が新しい家を用意してやるよ……」

 さすがに同情した俺は、この家に住む男にやさしく接する。

「……本当か?」

 かすかな希望に、少し顔が明るくなる男。俺は男に、そっと言う

「ああ。牢屋っていう家をな」

「てめぇら役所のもんかよおおおおおお‼」

「残念だったなあああああああ‼」

 俺は、悪役もびっくりの悪い顔で、高らかに笑う。別に俺が強いわけではないが、目の前で一気に絶望の顔になる男に、加虐心をそそられたから、仕方がない。

「さて、こんなことをしてる場合じゃない。縛らなきゃ」

 辺りを見ると、数多くの団員たちが、気を失って倒れていた。

「これロープ足りるかなぁ」

 外を見ると、トメさんが団員相手に、奇麗なアッパーをしているのが見える。力加減はできるみたいで、ちょっと安心した。

 家の中で気絶した人たちを縛った俺は、トメさんのもとへ向かう。外に出ると、そとにも多くの団員が倒れ、最初に居たときの、三分の一ほどに減っていた。

「さぁさぁ、かかってきなあんたたち!」

 トメさんのキャラがブレ始めている。若いころは戦闘狂か何かだったのだろうかあの人。

「畜生まずい! ボスだけでも逃げてください!」

「すまない……。すまないお前ら……。必ず助け出してやるからな!」

 遠くから見ている、ボスと呼ばれた男が、俺たちとは逆の方向に向かって走り出した。

 まずい、ここで逃すわけにはいかない。俺はトメさんに向かって大声で声をかける。

「トメさーん! ボーナスキャラが逃げました! あいつを倒すと宝が増えますよー!」

 俺の言葉を聞いたトメさんが、目を光らせボスのほうを見た。

「あのババアを通すな! 絶対に守りきぶっは!」

 守ろうとした団員たちが弾き飛ばされる。そして逃げ出したボスに、あっという間にたどり着く。

「やめてくれええええええええええええぼはっ!」

 ボスと呼ばれていた男が地面に沈む。慈悲もくそもトメさんには関係なかった。

「ボスがやられた……」

「諦めるな! ボスの仇をとるんだ!」

「もう無理だ……」

「逃げろ! もうだめだ!」

 団員たちが混乱している。さすがにここで逃がすわけにはいかないので、再びトメさんに声をかける。

「トメさーん! ここにいる奴ら全員倒したら、ボーナスポイントだそうですー! 当然殺しちゃだめですよー!」

 今さらながら、殺しちゃいけないことを報告したが、まぁ大丈夫でしょう。

「ぎゃああああああ」

 そこからは早かった。残っている半分くらいの団員はすでに諦め、簡単に降伏した。

 逃げたり、抵抗してきたやつらは、トメさんの一撃を食らい、動けなくされていた。

 その後、降伏した奴らから、盗んだものの場所を教えてもらい、軽トラの荷台に乗せ、変える準備をしようとしていたが……。

「えー……。トメさん、ほんとに全部の家のツボ壊したりタンス開けるんですか?」

「当然ですよ。ちゃんと探さないと、コンプリート出来ませんから」

 いったい何をコンプリートするつもりだろう……。

 ドォン!

 ついに、扉から出るのすらめんどくさくなったトメさんが、壁をぶち破って隣の家に向かいだした。

 いや、激戦だったんだ。ここがこんなにボロボロになるほど大変な戦いが起こったんだ。もうそういうことにしておこう。

 盗賊退治はあっという間に終わったが、トメさんの探索のせいで、かえるころには、夕日が沈み始めていた。

 今回の件をギルド長に伝えるために、俺とトメさんは、ギルドへと向かった。

 俺は帰りの車の中で、真っ赤に染まる窓を見ながら、ふと思った。

(トメさんたち、たぶん前々からこんな感じで暴れてたんだろうけど、表には全く話として出てこなかったし……。どこかでもみ消されてたのかな……。いや、それにしてもあの暴れようで、全く表に出ないのはおかしくないか?)

 そんなことを思っていると、あっという間にギルドに到着する。俺たちはギルドの裏に車を止め、載せるだけ載せた荷物を運び下す。

「やぁやぁ、お疲れ様シンリ君。わざわざすまないね、ギルドの人間でもどうにもならなくてね」

 荷物を降ろしていると、ギルド長が現れ、お礼を言ってくれる。

「いえ、大丈夫ですよ。それより、まだ盗賊ギルドに奪われたものは全部持ってこれていないし、大半の人間が拠点で縛られてますから、あと処理はお願いします」

「ああ、任せたまえ」

 荷物を降ろし終わった俺は、時間を確認する。今は五時十分。よかった、六時までには家に帰れそうだ。

「それじゃあ俺はこの辺で失礼します」

「ありがとう、助かったよ。サナ君にもよろしく伝えておいてくれ」

 俺は車に乗り込み、トメさんが車を発進させる。勢いよく山を登った車は、ものの十数秒で山頂の家に到着し、その後……。

 ドォン。

 停まり切れず、車庫のシャッターに突撃した。

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