その桜は、礼がしたかった。自らを埋めてくれた人間のために。
坂春は目玉の変異体が言っていることを飲み込むのに時間がかかっているようで、まばたきを繰り返していた。
「オ、ソウイエバオ嬢チャン、頼ンデイタ寝袋見ツカッタカノ?」
「ア……ソレナラ……」
戸惑う坂春の横で、タビアゲハは段ボール箱から畳まれていた寝袋を2枚取り出し、両手で丁寧に差し出した。
「シカシ……段ボール箱ニ適当ニツッコムモノジャナカッタノウ。スマンナ、オ嬢チャン」
「ウウン。困ッテイタラ、オ互イ様ダカラ」
「……おい」
かってに話を進めるふたりに対して、坂春が低い声を出す。
「さっき、人間が来るまで場所取りすると言ったな。花見か?」
「アア、モチロン」
「……今は2月だぞ」
「ソウダナ、開花マデアト1ヶ月ト言ッタトコロカノウ」
当然と言わんばかりに答える変異体に対して、坂春は「俺たちは旅のもんだぞ……」とため息をついた。
「ウン……私モ強引ニ連レテコラレチャッテ……困ッチャッテ……デモ、スゴク寂シカッタンデショ?」
「……」
目玉の変異体は、タビアゲハの言葉に目線を地面に向ける。
「だからと言って、1ヶ月もここにいるのは困るんだが……」
「……ソコハダイジョウブジャ! 食ウモノハタップリアルカラノ! ソレニ、無事ニ1ヶ月イテクレタラソレ相応ノ謝礼ハスル!!」
「……」
謝礼の言葉にも興味がなさそうに眉をひそめる坂春だったが、穴がふさがった真上を見上げ、ため息以外はその口から出さなかった。
「……まさか、本当に1ヶ月も滞在していたとはな」
空の缶詰が床に散らばった空間の中、
寝袋から起き上がった坂春は、天井を見上げてつぶやく。
「モウ、ソンナ時間?」
その横の寝袋の上で体育座りをしていたタビアゲハは、坂春に触覚を向けて話しかける。
隣では寝袋に包まれた球体が、気持ちよさそうに寝息を立てている。
「ああ……桜が咲く時期まで……どのぐらいなんだろうな」
「オ外見エナイカラ……恋シクナル……」
そんな中、タビアゲハは小さく笑った。
「デモ、ホントニタマニナラ……コウイウノモ悪クナイカモ」
「めずらしいな。世界を見てまわりたいとせがんできたおまえが、滞在することを好むなんて」
「タマニッテ言ッテルヨ。アクマデ経験トイウダケデ、モウコリコリダケドネ」
「そうか」
坂春はふと、スマホを取り出す。
「……太陽の光を見ないと体内時計も狂うものだな。まだ3時だった」
そうつぶやいて、坂春は再び寝袋に潜り込んだ。
「……」
それとともに、目玉の変異体が寝袋から抜け出す。
「ア、起コシチャッタ?」
「イヤ、ダイジョウブジャ」
目玉の変異体は口を開けてため息をつくと、目玉をタビアゲハに向ける。
「スマナカッタノウ……無理矢理連レテキテ」
「聞イテタンダ……」
タビアゲハは驚きつつも、首を振って笑みを返す。
「正直言ッテ、困惑シテイルケド……オカゲデ面白イ経験、デキタヨ」
「ソウ言ッテモラエテ、ナニヨリジャ」
寝袋の側に置かれたかわいらしい花柄のリュックサックをかかえ、目玉の変異体は自身の腕に目を向ける。
「ワシハ……チョットワガママジャッタノウ……夫ト息子ヲ食イ殺シテシマイ、コノ街マデ逃ゲ出シテ……コノ周辺ノ住民ニ見ツカッタガ、匿ッテクレタンジャ」
「ソウイエバ、最初ハナンデ段ボール箱ガアルカ不思議ダッタケド……誰カガアノ穴カラ段ボール箱落トシテクレテタネ」
タビアゲハが天井を見上げると、目玉の変異体は足元に転がっている缶詰を手にする。
「変異体ハ本来、食事ヲシナクテモ酸素デ栄養ヲ取ルコトガデキル……ダケド、支給ガナイト飢エ死ニシテシマウワシハ、変異体ノ中デモ落チコボレジャナ」
「ソンナコトナイト思ウヨ」
タビアゲハは、辺りを見渡しながらほほえむ。
「ドウシテ地中デ場所取リシテイルノカハワカラナイケド……場所取リッテ、誰カノタメニ行ウンデショ?」
目玉の変異体は、静かにまぶたを閉じた。
それとともに、坂春が寝袋の中でまぶたを開く。
「……知リタイカノウ。ワシガ、ココノ場所取リヲシテイル理由ヲ」
その言葉に顔を向けたタビアゲハは、
口を大きく、開けた。
目玉の変異体……その体が、
砂にへと、変わりつつだった。
「!! おい!? だいじょうぶか!!」
坂春が起き上がり、目玉の変異体に呼びかける。
「心配センデモエエ、死ヌワケデハナイ。来年ノ冬ニハマタ戻ッテルゾ」
半分になり、口を天井に向けながらも変異体は話を続ける。
「ワシハ……ワシヲ匿ッテクレタ住民ノタメニ、ココノ場所取リヲシテイル……桜ヲ見セル……タメニナ……」
1度口を閉じ、目で坂春たちを見て、にやりと口を開く。
「マア、ソレヲ望マナイ者カラハ、人ヲ殺ス化ケ物ガイルトニラマレテイルガ……ナ……」
その変異体は、砂となった。
「枯レ木ニ花ヲ、咲カセマショウ」
声が響き渡った瞬間、
「……!!」「……エッ!?」
坂春とタビアゲハの体が、地面から現われた手によって押し上げられる。
天井へぶつかる瞬間、その天井が裂け、ふたりの姿を消した。
残された段ボール箱は、天井から振ってくる砂の中にへと、飲まれてしまった。
その洞窟の上にある、地上。
「うおっ!!?」「キャアッ!!」
砂場から投げ出された坂春とタビアゲハは宙を舞う。
「……ッ!!」
その中で、タビアゲハは触覚を空に向ける。
視界に映し出されるのは、輝く星々。
そして、宙を舞うのは……緑色の閃光をまとった黒い花びら。
「……これはっ!?」
坂春は、手に残った砂を見る。
小さな粒の集まりである、灰色の砂。
その一粒一粒が膨らみ始め、
閃光を放つ黒色の花びらとなり、風に吹かれていった。
重力にそって落ちていく中、坂春とタビアゲハは周りに振る花びらを眺めていた。
「コレ……砂デハ……ナイ……?」
「……花びら……桜の……花びらだ……!!」
ふたりが地面に落ち、そこに集まっていた桜の花びらが舞い上がる。
「……」「……」
夜空を舞う、黒色の花びら。
その花びらが、目の前に立つ木に生えていた。
1カ月前は枯れ木だった、木は、
緑色の閃光を放ちながら、黒い桜を飛ばしていた。
ふと、坂春の頬になにかがあたった。
「……これは、トマトの缶詰……か」
トマトの絵が書かれた缶詰を手に取った坂春を見て、タビアゲハは静かにほほえんだ。
「……花見、シテイク? セッカク長イ間待ッタンダシ」
化け物バックパッカー、花見の場所取りをする。 オロボ46 @orobo46
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