化け物バックパッカー、花見の場所取りをする。
オロボ46
桜はまだ、咲かない。されどその化け物は動かない。
夜風に吹かれ、枝は揺れる。
その枝の下には、人影も、食べ物も、巨大な青き席もない。
別に雪が降っているわけではない。別にめぼしいものもない。
街灯はあるが、いくつかは電球が切れてしまっている。
ただ、暗闇と静寂とむなしさだけが支配する空間……冬の公園。
その公園を、人影がひとつ、動いていた。
人影のシルエットは、魔術師のようなローブ。
その背中に背負われた、黒いバックパックは旅人……
バックパックの大きさから、バックパッカーを思わせる。
背丈は170cmほど。体つきは大人の女性。
だけど、なんの変哲もない枝を見て、興味津々に眺めるその姿は純粋な子供みたいだ。
そんな人影が、とある方向に顔を向ける。
それは、木の下にかすかに見えた光。
人影はその光があった場所に手を伸ばすと――
――姿を消した。
翌日の夕方。
昨晩の出来事が忘れ去られたように、その公園は誰もおらず、静寂。
その夕焼けの下に、ふたつの影が伸びてきた。
「こ……この辺りで見ました……」
影の先にいたのは、ふたりの人間。
ひとりは、メガネをかけた地味な男性。小心者なのか、その隣にいる人間を見て体を震わせている。
「……本当に、この公園に来たんだな?」
もうひとりの人間が、男性に話しかける。
この人間、顔が怖い。
白髪にシワだらけの強面から、老人であることがわかる。派手なサイケデリック柄のシャツに黄色のデニムジャケット、青色のデニムズボン、頭にはショートヘアーにショッキングピンクのヘアバンドと奇妙なファッションセンス。
背中には、黒いバックパックが背負われていた。俗に言うバックパッカーである。
「は、はい……この辺りでローブを着た……おばけを見たんです!」
老人の顔に怯えているのか、はたまたそのおばけに怯えているのか、男性は震えながら前方を指で指す。
老人は“おばけ”という言葉に難色を示すように眉をひそめたが、「まあ、間違ってはいないか……」と納得するように呟く。
「それで、そいつはどこに向かったんだ?」
「い……いや……見たのはここまでで……」
その時、ふと男性は安心した笑みを浮かべた。
「それなら……僕の案内、ここでいいってわけですね!」
「え!? ……ま、まあ、そうだな」
困惑する老人を置いて、男性は元来た道をそそくさと引き返した。
1度立ち止まり、太陽を背にして老人に声をかける。
「僕の務めるホテルのお客さんだから言っておきますけど、ここには化け物がいるんですよ!! みんなは見て見ぬ振りをしているんですけど!! 殺されないように気をつけてください!!」
そう言い残し、走り去っていった。
「……ばかばかしい」
老人は鼻で笑う余裕を男性の背中に見せると、近くにあった自動販売機に向う。
手に缶コーヒーを持ち、口に入れる。
「……それにしても、どこに行ったんだ……アイツは」
日はすでに沈み、老人の上にある街灯が照らされる。
「……アァ」
老人は、顔を上げた。
先ほどのうめき声は、老人のものではない。
すぐに、聞こえてきた後ろを振り向く。
「……!?」
その老人の目には、枝だけの木。
その麓には砂場が設置されていた。灰色の砂は暗闇に紛れてよく見えづらい。
その砂から一瞬だけ、懐中電灯の光が現われたのだ。
「……なんなんだ?」
老人は恐る恐る砂場に近づき、光が現われた場所に手を伸ばすと……
「!!? お――」
足だけになり、すぐにその足も消えた。
「――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!?」
砂場の下で、老人は何者かによって腕を掴まれ、下へと引き寄せられていた。
周りに敷き詰められた砂を、まるで老人の体で掘り進むように、
老人は、地中深くへと沈んでいく。
「おうっっっっ!!?」
広い部屋のような空間に落とされ、老人は尻餅をつく。
腰をさすりながら老人は辺りを見渡す。
「……ここは、洞窟か?」
灰色の壁かかるひとつのランタンが仄かな明かりを照らす。
上を見上げると、穴が砂を落としながら徐々に小さくなり、埋まるのが見えた。
「!!」
その塞がる穴に手を伸ばすよりも、老人は壁に目を向けた。
ランタンがかけられている壁とは反対側に、大量の段ボール箱が置かれている。その側には、トマトの絵が書かれた缶詰が置かれていた。
その隣の段ボール箱を……あさる人影がいた。
「……ァ」
人影は、ゆっくりと老人に顔を向けた。
その人影の顔からは、青い触覚。
本来は眼球が収まるべき場所から生えており、まぶたを閉じるとひっこみ、開くと出てくる。
影のように黒い肌に、鋭い爪を持っていた化け物は、ただじっと、老人に触覚を向けていた。
「……ここにいたのか、タビアゲハ」
その化け物の正体がわかった瞬間に笑みを浮かべる老人。彼にタビアゲハと呼ばれた化け物は安心するように、笑みを返した。
肩まで伸びたウルフヘアーが揺れるタビアゲハの体は黒いローブで包まれており、その背中には老人のものとよく似たバックパックが背負われていた。
「“
「まったく……待ち合わせの時間になっても来なかったから、心配したぞ……」
「今夜ノ電車……キャンセルシチャッタ?」
「心配するところはそこじゃないんだがな……だがどうしてここにいるんだ?」
坂春と呼ばれた老人がたずねると、少し気まずそうに老人の上を見上げた。
「実ハ……夜ノ街ヲ見テマワロウト思ッテイタラ……公園ニ入ル時ニ、砂場ガ光ッテ……」
「それで近づいた結果、ここに連れてこられたわけだな」
「ウン、ソレデネ……」
その時、タビアゲハは坂春の後ろにある壁に触覚を向けた。
「……誰だ!?」
坂春が振り向くと、壁に波紋が広がり、そこから灰色の右手が現われた。
すぐに左腕が現われ、波紋に触れていない壁を掴むと、一気に体を引き出した。
ごろりと、床に転がる灰色の球体。
その球体には、ひとつの大きな目玉。
球体には人間の両手両足がそろっており、背中にはかわいらしい花柄のリュックサックが背負われていた。
その目玉が突然裂け、鋭い歯と真っ赤な舌を坂春に見せた。
「オ、ヤットキタカァ」
口から放たれた奇妙な声に、坂春は眉をひそめる。
「……あんたが俺たちをここに連れてきたのか?」
「アア……アンタガソノ子ノ言ッテイタ坂春サンジャナ?」
その言葉に、思わず坂春はタビアゲハを見る。
タビアゲハは申し訳なさそうに、触覚を下げる。
「タマタマ外ノ様子ヲコイツデ見テイタラ、人影ガ現ワレテナ。人間ガワシノ巣ヲ見ツケタト思ッテ慌テテ引ッ張ッタラ、マサカ“変異体”ヲ連レテ来テシマウトハナァ……」
「……なるほど、おまえたち変異体は、普通の人間たちに見つかると拘束され、施設に隔離させられるからな」
安心した様子を見せる坂春だったが、「マア、ワシハ人ヲ喰ッタ前科アルカラ、駆除サレルンジャガナ!!」と目玉の化け物……変異体の笑い声に再び身構えた。
「マアマア、カリカリシナサンナ!! アノ時ハパニックニナッテイタシ、今デハ食料モ安定シテ手ニ入ルヨウニナッタカラノウ!」
「……で、どうして俺たちをここに連れてきたんだ?」
坂春の質問に、目玉の変異体は腰……に当たるであろう位置に手を置き、うなずいた。
「オマエサン達ニハ、ワシトトモニ花見ノ場所取リヲシテモラウゾ! 人間タチガ花見ヲ見ニ来ルマデハナ!」
「……???」
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