列車の旅
西しまこ
第1話
鞄一つ持って、家を出る。
駅に行き、目的の列車に乗る。スマホで事前に調べておいた乗り換え等を確認する。
席に座り、ペットボトルの蓋を開けた。
今日は実家に帰る日――ではなくて、いやそういう名目でホテルに一泊する日。
夫も子どもたちも知らない。私は実家にいくことになっている。
私は実家にいる両親とはほとんど連絡を取っていない。私にとって実家はもはや「帰る場所」ではなかった。
いや、もともと「帰る場所」ではなかった。
いま流行りの虐待とか毒親ではない。食事など、衣食住で困ったことはない。お小遣いも人並みにあったし、大学進学も出来た。
でも、何だろう?
いつも、薄いベールに隔たれたところに、他の家族はいた。両親もきょうだいも。
戸籍を見る機会に戸籍を見たけれど、私はちゃんと実子だった。不思議だった。養子であった方が救われた気がした。
列車は乗客を乗せて進んでいく。
海が見える。
水面が陽光できらきらしていて、とても美しかった。
――ときどき、どうしようもなく、ひとりになりたかった。
結婚して、生まれ育った家族と本当の意味で離れられたと思って、ほっとした。
結婚生活に不満はない。
ただ、家族という密度にどうしても慣れることが出来なかった。
実家では常に自室にいたし、就職してからは独り暮らしをしていた。
夫のことは好きだ。子どもたちも愛している。
だけど、どうしてもひとりの時間が欲しくなるのだ。家から離れて。
そこで私はこうして、時々ひとりでホテルに泊まる。
ホテルで一晩過ごせば、また笑顔で夫や子どもたちに会うことが出来る。
――無償の愛というものを知らない私が、子どもを育てられるのだろうか。
答えの出ない堂々巡りの問い。
列車は私を乗せて進んでいく。
海は途切れ、豊かな山々が見える。美しい緑。
雲一つない晴天。
列車は私と私の物思いを乗せて進んでいく。
明るい世界の中を。
……薄いベールはもしかして、私が作りだして私の周りだけにあったのかもしれない。私は人と親密な関係性を築けない人間なのかもしれない。
どうしようもない孤絶。
列車はあらゆるものを乗せて進んでいく。
見知らぬ地で、息継ぎをするために。
☆☆☆カクヨム応募作品☆☆☆
「金色の鳩」だけでも読んでくださると嬉しいです!
「金の鳩」初恋のお話です。女の子視点。
https://kakuyomu.jp/works/16817330651418101263
「銀色の鳩 ――金色の鳩②」初恋のお話です。男の子視点。
https://kakuyomu.jp/works/16817330651542989552
ショートショート
https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima/collections/16817330650143716000
たくさんあるので、星が多いもの。
「お父さん」https://kakuyomu.jp/works/16817330652043368906
列車の旅 西しまこ @nishi-shima
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