第3話

ある朝。

ルースの部屋に来た家令が、声を潜めて忠告してきた。


「ルース殿下。ベルリア様には、注意されたほうがよろしいのでは?」


「ベルリアに? それはどういうことだ」


「毎晩、ベルリア様は人目を避けるようにして、何やら怪しげな儀式を行っています。『呪いを掛けているようだ』と目撃した侍女が申しておりました」


ベルリアが、呪いを……? と、ルースは静かに考え込んでいた。



「殿下! グウェン呪国の王族など、やはり信用なりません。今すぐ国王陛下に進言して、ベルリア様を幽閉なさるべきでは?」


「お前は、俺の妻を貶める気か?」

ルースに鋭く睨まれて、家令はたじろいだ。


「いえ、そんな……。しかし、もしもベルリア様が悪しき企みをしているのならば……」


「黙れ! ベルリアを疑う者は、俺が許さない。彼女には彼女なりの考えがあるに違いない。誰も邪魔するなよ?」


有無を言わさない剣幕で、ルースはそう命じた。家令はすくみ上って、謝罪してから出て言った。


独りになった部屋で、ルースは小さく息を吐いた。


(――ベルリアが、何をしているかは知らないが……俺が彼女をとやかく言う資格はない。彼女は恩人なのだから、多少怪しい素振りがあったとしても目をつむろう)


今は、毎日が楽しい。独りぼっちで痛みに耐える日々よりも、ベルリアに話し相手になって貰って、笑って過ごせる今が幸せだ。期限つきでも構わなかった。


「期限まで、あと51日か。――よし、今日も思い切り楽しもう」


ルースは窓を開け、朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。




   ***




「ベルリア! 今日は鷹狩りだ。一緒に来るだろう?」

「はい、ルース様。お供します」


最近は、ベルリアも嬉しそうにルースの誘いに乗るようになった。凝り固まっていたベルリアの美貌が、日に日に明るくなっていく。そんな変化に気づくのも、ルースにとっては楽しみのひとつだった。


雨の日も晴れの日も、その日その日を二人で楽しく重ねていった。


「ルース様。今日は雨ですし、読書などいかがですか? 祖国から持ってきた蔵書がいろいろあるのですが」

「グウェン呪国の書物を? それは興味がある!」


日の光の下で花々を愛でたり、夜空の星を見上げたり。

そんな日々が、あっという間に過ぎていく。


ルースは、気が緩むと「惜しいな」と思ってしまう。

――この幸せを、手放すのが惜しい。


「ルース様! とても美味しいですね」


ともに食事を囲み、一緒に味わってくれる人がいる。1つ年上のこの妻は、可憐な笑みを浮かべて自分と時間を共有してくれる。


――できるなら。ずっと一緒に。


無意識のうちに、ルースは妻の手を握っていた。

「……ルース様?」

「…………いや、なんでもない」


3か月限りの夫婦なのだから、自分はベルリアに触れてはいけない。ルースは、そう理解していた。


自分が居なくなった後、ベルリアに何一つ不利益がないように。ベルリアが幸せに生きられるように。そう願って、ルースは様々な手配を進めていった。




   ***






月日が流れ、とうとう3か月目の夕暮れが来た。まもなく晩鐘の鳴る18時――タイムリミットまで、あとわずかだ。


庭園の東屋で寄り添いながら、2人はその時間を待った。


「ベルリアのおかげで、とても幸せな日々だった」

穏やかな声音でささやくルースを、ベルリアはじっと見つめている。


「ごめんなさい、私、ルース様に謝らないといけません……だって……」


「いいんだ、ベルリア。君が謝ることは何もない。俺のワガママにつきあってくれてありがとう」


これでお別れか。そう思うと、やはり寂しい。ルースは、最期にひとつだけ伝えてしまおうと思った。


「……俺のほうこそ、謝りたい。出会ったその日に、君にひどいことを言ってしまった――『俺が君を愛することはない。俺にかまうな』……どの口が言ったんだ、と笑いたくなるくらいだが」


ベルリアの頬を撫で、ルースは笑った。

「俺は君を愛している。できれば、永遠に君と居たいと願うほどに」


「永遠に……?」


ベルリアは、申し訳なさそうな顔でうつむいてしまう。

「永遠なんて、無理ですよルース様。……ごめんなさい」



かーん。かーん。という晩鐘の音が、鳴り響いた。タイムリミットだ――




もっと長い時間があれば、彼女と愛し合えたかもしれないのに。もっと深く、分かり合えたかもしれないのに。そんな無念さを振り払い、ルースは笑った。




「君に会えてよかった。――ありがとう」






かーん……、余韻の糸を引き、最後の鐘が鳴り終わる。










しかし、別れのときはいつまでも訪れなかった。




「…………? なぜ、俺はまだ生きてるんだ?」


ルースが戸惑っていると、申し訳なさそうな顔でベルリアが話しかけてきた。


「あの。ルース様。伝えそびれていてごめんなさい」

「……え?」


「実は私、ルース殿下に余命3か月の呪いを重ね掛けしてみたんです」




――?


よく、分からない。



「グウェン呪国の古文書によると、『余命3か月の呪い』は加算式の呪いらしいです。つまり、2回かけると6か月。3回かけると9か月の余命になります」

「…………俺には、何回かけたんだ?」

「200回ほど。単純計算で余命50年くらいですね」


ぽかーんとして、ルースはベルリアの話を聞いていた。

「……本当に?」


「えぇ。本当です」




ルースの顔に、大きな笑みが咲いた。


「君は女神か!? こんなの、呪いじゃあない。……上位聖職者だって、こんな奇跡みたいなこと出来ないぞ!?」


一方のベルリアは、少し複雑そうな顔になった。

「いいえ、ルース様。これはれっきとした呪いです。余命3か月の呪いは相手の寿命をリセットして3か月の余命を与え、代わりにわたしの余命を3か月減らします」


「君の余命を……?」

ルースの美貌が、恐怖に歪む。

「俺に50年くれたということは、君が50年も早死にするということか?」

「はい」


「それはダメだ! 今すぐ帳消しにしてくれ!」

「嫌です……」

何故だ! と怒鳴るルースの顔を、ベルリアは頬を染めて見つめた。


「だって…………あなたと同じくらいの余命にそろえたかったんですもの」


――よく分からない。


「私の血筋……グウェン王家は、呪脈の影響でとても長生きなんです。平均寿命は120年。祖父も大叔母ももっと長生きでしたし、たぶん私も100年以上余裕で生きると思います。……でも私、そんなに要りません。あなたと同じくらいでいいです」


黙り込んだルースに、ベルリアは説明を加えた。

「ざっくり同じくらいの余命に揃えてみたんですが。……どうでしょう」


ルースは、表情が失せてぽかんとしている。ベルリアは不安そうに彼を見つめた。

「私の命が有限なので、あなたを永遠に生かしてあげることはできないんです、ごめんなさい。あの……それじゃダメでしたか? ルース様」


「ベルリア!!」

ベルリアはビックリして身をすくませた。いきなりルースに抱き上げられたからだ。


「えっ、あの……ルース様!?」

「ずっと一緒だ」


高く抱き上げ、ルースが彼女を見上げてくる。ルースがあまりに幸せそうだから、ベルリアにも笑みが咲いていた。


「どうか末永く、俺と生きよう。愛するベルリア!」

「よろこんで。……愛しい、ルース様」

夕暮れの庭園で、2人は強く抱き合った。



これは、魔王に呪われた第三王子と、隣国の第四姫の物語。ルースとベルリアは永くともに生き、人生最後の日まで仲良く過ごしたという。



。。。。。。。。。。。。。。。。。

【コミカライズ】「君を愛することはない」と突き放してきた夫に余命3ヶ月の呪いをかけてやったら、夢のような溺愛が待っていた件 〜完〜



最後までお読みいただきありがとうございました。最新長編のこちらも、未読の方はぜひ♪

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【コミカライズ】「君を愛することはない」と突き放してきた夫に余命3ヶ月の呪いをかけてやったら、夢のような溺愛が待っていた件 越智屋ノマ@ネトコン入賞2024 @ocha

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