第2話

「ベルリア。今日はいい天気だから、外で一緒にお茶でもしよう! 王都の人気店の菓子を用意させてみたんだ!」


……『愛さない』発言は、いったいどこへ行ったのかしら。

余命3か月の呪いを掛けた数日後。仔犬のようにキラキラした目のルース殿下に誘われ、私はすっかり戸惑っていた。


殿下は「余命3か月」を大喜びで受け入れて、毎日楽しく暮らしている。


「君のおかげで、空気が美味いよ。今までは、呼吸するだけでも肺が痛くてたまらなかったんだ」

「……そ、そうですか。お役に立てたようで……」


テーブル越しに向き合う殿下の幸せいっぱいな様子とは対照的に、私は罪悪感でいっぱいだ。……ちょっと怖がらせたら、すぐ解呪してあげようと思ってたのに。


(このままじゃあ、本当に殿下を3か月で殺してしまうわ……)


マズい。それは流石にマズい。ちょっとイタズラして憂さ晴らししようとしただけなのに。このままでは王子暗殺、ひいては国際問題にまで発展しかねない。


「あの……、殿下? 一応言っておきますけど。余命3か月の呪いは、ただの脅しじゃありませんからね? このままだと本当に、あなたはあと84日で死んじゃうんですよ?」


「知ってるよ、84日後の18時だろ? それで十分だと言ったじゃないか。最期の一日まで、健康を謳歌するよ。というわけで、ベルリア。明日は、一緒に遠乗りに出よう。俺、馬の乗り方を覚えたんだ!」


うっ。18歳とは思えないほど無邪気なキラキラスマイルで、殿下は私を誘ってきた。可愛すぎて、母性をくすぐられそうだ……


彼の澄み切った青い瞳は、私のことを「恩人」としか見ていないようで。


(でも、私になつかれても困るわ。殿下ったら、他に誘う人はいないのかしら……)

と質問しようとしたけれど、尋ねる前に気づいた。


(そっか。殿下は『魔王の呪い』のせいで、幼いころからずっとこの離宮に籠りきりだったんだものね……)


だから友人もいないし、『呪われ王子』なんて体裁が悪いから、片田舎の離宮に押し込められていた。そう思うと、ちょっと不憫だ。今のルース殿下は、遊び相手を探している小さな子供みたいだ。妻として私を求めている訳じゃなくて、余命3か月を面白おかしく過ごす『友達』がほしいみたいだった。


「美味しいだろ、ベルリア。明日は、遠乗りの帰りにカフェーに行ってみよう。ぜひ君にも、この国の美食を堪能してほしい」


ニコニコ笑顔。……人懐っこすぎるわ、殿下。


(せめて、もっとマシな呪いを掛けてあげられたら良かったんだけど……)


蕁麻疹が出る呪いとか、髪が薄くなる呪いとか、それくらいライトな呪いだったら安全で良かったんだけれど。あいにく、私の使える呪いは『余命3か月の呪い』しかない。グウェン呪国の人間は、スキルとして1種類の呪いの使用能力を持って生まれる。修行すれば呪いのバリエーションを増やすことも出来るのだけれど、王家生まれの私は過酷な修行なんて受ける必要がなかったから……


うつむいて考え込んでいた私に、ルース殿下が話しかけてきた。


「君が罪悪感を覚えることはない。俺は、本当にこれでいいと思ってるんだから」


どきりとして顔を上げると、殿下の穏やかな青瞳に出会った。

「たぶん君は、俺に嫌がらせしようと思って恐ろしい呪いを掛けたつもりだったんだろ? 俺が困るどころか喜んでしまったから、君は戸惑っている……違うか?」


「それは……」


図星だ。

出会ったときには「こいつ呪い殺してやろうか」と思ってしまう程度にはイラついていたけれど。こんなに素直な笑顔を見せられてしまうと、さすがに……


「意外と優しいんだな、君は」

殿下は、おもしろそうに笑っていた。


「ルース殿下こそ……意外と、かわいい笑い方をするんですね。感じの悪い人だと思ってたから、意地悪しようと思ってたのに……」


殿下は笑いながら、「痛くて苦しかったんだよ」とつぶやいていた。


「3か月後に俺が死んでも、君に嫌疑がかからないように取り計らうよ。ベルリアは、俺の恩人だからな。故郷のグウェン呪国に戻ってもいいし、この離宮で悠々と暮らしてもいい。君の望む生き方ができるよう、俺も協力する」


この人、自分の死後のことまで考えちゃって……

晴れやかな顔で、私が『未亡人』になったあとの生活のことまであれこれ提案してくるルース殿下を見ていると、とても切ない気持ちになってきた。




   *




その夜、私は一つの決心をした。


一人で屋敷の外に出て、月明りの下に立つ。自分の指を噛み切って、ひとしずくの血を大地に垂らした。余命3か月の呪いを発動する呪文を、唱える。




「咲き誇る花に、三月ばかりの命を与えよ」




来る日も、来る日も。私は指を噛み切って、狂ったように、しつこく呪文を唱えていた。

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