【コミカライズ】「君を愛することはない」と突き放してきた夫に余命3ヶ月の呪いをかけてやったら、夢のような溺愛が待っていた件
越智屋ノマ@ネトコン入賞2024
第1話
「始めに言っておくが、俺が君を愛することはない。俺のことなど気にかけず、この離宮で好き勝手に暮らせばいい」
初夜の晩。寝室に訪れたルース殿下は、冷たい声でそう告げた。ルース殿下は、このカリエストラ王国の第三王子。燭台の灯に照らされて、緩やかに波打つ金髪が妖しい色香を放っている。年齢は、私より一つ年下の18歳。
「…………さようですか」
無理やりなことをされるのも怖いし、別居で済むならそれもいい。私は、冷ややかな顔でうなずいてみせた。
眉目秀麗であるだけに、ルース殿下の赤い瞳はひどく不自然に見える。化け物めいた赤瞳は、彼が『魔王の呪い』を受けて生まれたことを意味していた。
「両国の国益を鑑みてこの度の婚姻が為された訳だが。俺は正直、妻など欲しくもない。だから決して、俺にはかまうな。以上だ」
吐き捨てるように言い放ち、殿下は寝室から出ていった。魔王の呪いに侵された第三王子と、忌まわしい隣国の第四姫との政略結婚。それがルース殿下と、私の結婚だ。
*
独りぼっちで迎えた朝。
「ベルリア様。お召し替えの時間でございます」
侍女達がしずしずと入室し、私の身支度を始めた。着替えを手伝い、髪を梳く侍女達の態度は、よそよそしい。黒い髪、黒い瞳の私は、この国の人々にとって異物でしかないのだろう。
「……グウェン呪国の人間が、そんなに恐ろしいですか?」
ぽつりと私がつぶやくと、侍女達が「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。
「と、とんでもございません、ベルリア様……」
「異国のお姫様のお世話をさせていただくことなど、初めてなので……き、緊張してしまって……」
作り笑顔の侍女達を、私は静かな目で眺めていた。
この国の人々が、私の故郷である「グウェン呪国」を恐れているのは、よく知っている。得体の知れない呪いを使う、おそろしい国だと思っているのだ。数百年前に大陸全土に災いをもたらした魔王と、グウェン呪国を混同する者さえいるから、困ったものだ。祖国を蔑視されるのは、正直言っておもしろくない。
「……一言だけ説明しておきますが」
「は、はい、何でしょうかベルリア様」
「魔王とグウェン呪国は、まったくの別物ですから、そこだけは覚えておいて下さい。魔王が生きていた数百年前、さまざまな国が魔法や魔道具を発達させて魔王と戦いましたよね?」
「はい、その歴史は学んだことがあります……」
「あなたがたの国が魔道具による防衛戦を試みていた時代に、グウェン呪国は呪いを極めて魔王と戦う道を選んだのです。そして、最終的に魔王を倒した勇者パーティの一員には、グウェン呪国の呪術師が含まれていました。……つまり、グウェン呪国は魔王の仲間などでは決してありませんでした。理解できますか?」
青ざめた顔で、侍女達は何度もうなずいている。無表情なまま唐突に語り出した私のことを、怖がっているらしい。
……ところで、私には悪い癖がある。不満なことがあると、ちょっぴりイタズラしたい気分になってきてしまうのだ。
「うふふ……分かれば良いのですよ。もちろん私も呪いを使えますから、私の機嫌を損ねないように注意してくださいね? ……私の呪いは、けっこう強烈ですから」
「「ひぃ! 失礼いたしましたベルリア様!!」」
震え上がる侍女達を見て、私はクスクス笑っていた。……あぁ、おもしろい。
理不尽な扱いを受けたとき、仕返しにちょっぴり怖がらせてあげるのが、私のささやかな趣味だったりする。
***
ある日の夕暮れ、私は一人で離宮内の庭園を散策していた。東屋で脚を休めようと思ったそのとき、先客がいることに気づいた……ルース殿下だ。痛みに耐えるように、浅い呼吸を繰り返してうずくまっている。
「……? 殿下、どうなさいましたか」
私は彼に歩み寄った。
「具合が悪いのですか、殿下……?」
「――触れるな」
背をさすろうとした私の手を叩き落として、殿下は赤い瞳で私を睨んだ。
「誰が、俺をかまえと言った? 妃気取りか!? 俺に近寄るな!」
そこまで罵倒されるなんて、思わなかった……。ショックを受ける私を無視して、彼はしかめ面のまま立ち上がった。
「俺のことは放っておけ!」
にべもない。身を引きずるようにしながら、ルース殿下は立ち去っていった。
私は、独りぼっちでその場に立ち尽くしていた。
夕暮れは徐々に宵闇の色に染まっていく。風に運ばれて、教会の鐘の音が聞こえてきた……これは18時の晩鐘だ。
(あんな人。愛されなくても、別にいいわ)
私は、自分に言い聞かせた。そもそも、グウェン呪国の姫である私が、この国の人に好かれるはずがない。政略結婚で嫁がされただけだもの。私だって、あんな冷たい人を愛せるわけがない。
出会ったその日に、ルース殿下は言っていた。『俺が君を愛することはない。俺のことなど気にかけず、この離宮で好き勝手に生きればいい』と。
「それなら、殿下。私は好き勝手にさせていただきますね?」
私は自分の右手の人差し指を噛んだ。指先を噛み切り、赤い血の滴をぽとりと地面に落とす。
「咲き誇る花に、三月ばかりの命を与えよ」
地面に打たれた滴は黒い光を放ち、緻密な魔法陣を描き出していった。
「私は、あなたを呪います。……余命3ヶ月の呪いをプレゼントしますね」
完成した魔法陣が、次の瞬間弾けて消えた。呪いの完成だ。私は、唇に小さな笑みを浮かべていた。
「うふふ。束の間の安息をお楽しみ下さい……ルース殿下」
***
ベルリアが『余命3ヶ月の呪い』を発したそのとき。ルースは晩鐘の音を聞きながら、自室のベッドに横たわっていた。だが次の瞬間、自分の身体に異変を感じて戸惑った。いきなり、身体が軽くなったのだ。
「……!? 何が起きたんだ。これまで常にあった全身の痛みが……なくなったぞ」
全身の骨が軋まない。呼吸をしても、肺が痛くない。……こんなに健康なのは、幼少時以来だ。ルースは恐る恐るベッドから起きあがった。いつもなら痛みがひどくて数分かけてゆっくり起きなければならなかったが、今は一瞬で身を起こせた。
「……俺に、何が起きているんだ?」
おかしい。自分がこんなに健康なはずがない。生まれたときから、俺は魔王に呪われていた。10歳を過ぎる頃から痛みがひどくなり、18歳となった今では常に、死ぬほどの痛みに苦しめられていた。一生、この痛みと付き合っていくしかないと言われていたのに。俺は、どうしてしまったんだ――
ふと鏡に映った自分の顔を見て、彼はさらに驚いた。
「……瞳の色が!」
血ように真っ赤だった瞳が、スカイブルーに変色している。父や兄たちと同じ色だ。カリエストラ王家の色。……ルースの赤瞳は魔王の呪いによるものであり、おそらくはこのスカイブルーが本来の色なのだろう。
「なぜだ? この呪いは、殺される直前の魔王が遺した怨嗟だと聞いているが……。絶対解けないはずなのに、どうして……」
素直に喜ぶことは出来なかった。魔王の呪いは強力で、誰にも解けないのだと言われていたからだ。それがいきなり消えたのだから特別な理由があるに違いない……なにか、嫌な予感がする……
やがてルースは、ベルリアの存在に思い至った。
「まさか、あの女が……何かをしたのか?」
呪いに関することならば、グウェン呪国の姫であるベルリアを疑うのは必然だ。ルースは、夕方に庭園で出会ったベルリアのことを思い出した。痛みに苦しむルースを見つけ、彼女は心配そうに声をかけてきた。ルースは弱みを握られるのが恐ろしくて、彼女を拒絶したのだが……ベルリアはショックを受けていたようだった。漆黒の髪に縁どられた可憐な顔は、こわばって悲しげに凍り付いていた。
(俺の異変には、ベルリアが関与しているのかもしれない……)
居ても立ってもいられなくなり、ルースは早足でベルリアの元へ向かった。
***
ひとりで食事をとっていた私のもとに、ルース殿下が取り乱した様子で駆け込んできた。食事中にずかずか踏み込んでくるなんて、マナーの悪い人ね――と、私はつんとして食事を続けていた。
「……ベルリア」
初めて名前で呼びかけられたけれど、聞こえないふりで食事を続けた。だって、「俺にかまうな」と言われたもの。
「ベルリア、おい。聞いているんだろう!」
業を煮やして、殿下が私の食卓の前で声を張り上げた。無視もそろそろ限界かしら、と思って殿下を見上げた瞬間、
「……あら。殿下の瞳、とてもきれいですね」
と、思わず言ってしまった。赤かった彼の瞳が、高貴な青瞳に変わっていた。魔王の呪いが無効化されているためだろう。
呪いというのは、2種類以上を同時に重ね掛けすることができない。より優れた術者に呪いを掛けられると、弱い術者の呪いのほうは上書きされて無効化する。……つまり、魔王より私の方が術者として優れていたということだけれど。べつに、自慢するつもりはない。
「魔王の呪いが、突然消えたんだ! 君が関与しているんじゃないか!?」
「……あら、なぜ殿下はそんなに焦っているのですか? 魔王の呪いが消えたのだから、素直に喜んだらいかがです? 魔王の呪いはかなりの苦痛を伴うものだと聞いていますから、これまで殿下は毎日お苦しかったのではありませんか? 助けてあげた私に、感謝のお言葉くらいないのですか?」
「君は何かを企んでいるんだろうと思ってな。そうでなければ、君が俺を救う理由などない」
ルース殿下は、頭がよく回る方らしい。
もし「魔王の呪いが消えた!」と大喜びしているようならば、余命3か月の呪いを上書きしたことを明かして絶望させてあげようと思っていたのに。イタズラが失敗した気分になって、私はちょっとガッカリしてしまった。
「答えろ、ベルリア!」
「おっしゃるとおりです。私が殿下に新たな呪いを上書きしました」
別に、秘密にしておくつもりはない。素直に謝ってくれたら、呪いを解いてあげるつもりだし。
「新たな呪いだと?」
「えぇ。余命3か月の呪いというものです。……つまり今現在、殿下の余命は3ヶ月後の晩鐘が鳴る時点までとなっています」
「俺の余命が、3ヶ月?」
「えぇ。直前まで元気いっぱいに暮らせるのですが、時間が来た瞬間にコロリと逝きます。何の前触れもなく、一瞬で。……怖いでしょう?」
クスクスと、意地悪く笑って見せた。殿下が青ざめて怒り出す姿が目に浮かぶ。高貴な男性が泣いたり怒ったりする姿を眺めるのも、面白そうね……などと思っていたのだけれど。
「あと3ヶ月で、俺は死ねるのか?」
「……え?」
なぜか、殿下は目を輝かせていた。
「君の余命3ヶ月の呪いを受け入れる代わりに、あの激痛を伴う魔王の呪いは無効化されたということなんだな?」
「……えぇ、そうですが」
答えた瞬間、殿下の美貌に笑みがあふれた。とても嬉しそうで、喜びのあまり膝から崩れてテーブルにすがりついていた。
「で、殿下……? どうしたんですか……」
「ありがとう」
「えっ?」
ルース殿下は、いきなり私に抱きついてきた。
「で、殿下!?」
「心臓が拍を打つたび、呼吸をするたび、いつでも痛みに苛まれていた。……『魔王の呪い』は、現代では大陸中に数名しか該当者のいない、極めて稀な呪いなどだと聞いている。解く方法はなく、死ぬまで痛みに耐えなければいけない呪いなのだと……だから、絶望していたんだ」
目に涙さえ浮かべて、ルース殿下は私を見つめた。
「……そうか、俺は解放されたのか。ありがとう、ベルリア。健やかに生きられるなら、3ヶ月で十分だ。こんなに幸せだと思ったことは、今まで一度もない! 君のおかげだ……本当にありがとう」
「えっ」
どうしよう。……ちょっと怖がらせたあとで、余命3ヶ月の呪いを解除してあげるつもりだったのに。でも解除したら、また魔王の呪いが復活してしまう。……どうしよう。
なんだか、すごくややこしいことになってしまった。
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