エピローグ
あれから一週間。
桜田は病院に連れていかれ、病室で警察から事情聴取を受けるという日々を過ごし、そして間もなく退院を迎えようとしていた。
どうやら骨が折れていたらしく、しばらくは包帯やらギプスやらでミイラ男間違いないだろう。
殴り返した件は、正当防衛という事で処理してくれたらしい。あまりにも話が出来過ぎていると疑ったが、流石に子どもを守って犯罪者扱いだったらたまったもんじゃない。
桜田はその厚意を甘んじて受けることにした。
そして迎えた退院の日。
「いや~本当に無事でよかった」
「なんで病室にいるんすか」
退院間近の病室には、何故か鬼畜メガネこと里見が訪れていた。
「改めてお礼と、謝罪を言おうと思ってね」
そういうと里見は今までのヘラヘラとした笑顔をやめ、真剣な表情で頭を下げる。
「ただのアルバイトである君を巻き込んでしまって、申し訳ない」
「別に、自分で首を突っ込んだだけですよ」
里見の謝罪を、桜田は軽く受け流す。
元はと言えば自分から首を突っ込んだ今回の事件。最終的に決めたのは自分なのだから、今さら誰かの責任にしようなどと考えていない。
桜田がそう考えていると、その考えを察した里見は罰が悪そうな顔で頬を掻く。
「……君は凄いな」
「はい?」
まさかこのタイミングで褒められると思っていなかった桜田は、思わず変な声を出してしまう。
「今回の一件、実は真相があるんだ」
「真相?」
桜田の問いに、里見は首を縦に揺らす。
「そう。これは黒井さんと一緒に考えていたんだ。峯山君と桜田君。二人の心の壁を取っ払うには、ここをぶつけるしかないってね」
「ちょ、ちょっと待ってください」
衝撃のカミングアウトが始まりそうな様子に、桜田は思わず口を挟む。
そして恐る恐る尋ねる。
「初めから、関わらせる気満々だったって事ですか……?」
「実はそうなんだ」
開いた口が塞がらないとはこのこと。
桜田の様子を眺めながら、里見は続けて口を開く。
「名前を教えなかったのも、自分から興味を持って尋ねさせるため。僕や黒井さんが桜田君に事情を教えたのも、どう接していくのか悩んでほしかったから」
「な、な、な」
続けて告げられる事実に頭がパンクしそうになる。
だが里見があまりにも冷静に話すお陰で、かえってこちらも冷静になってきた。
桜田は動揺を隠せない様子で、里見にごく当然の質問を行う。
「何故、そんなことを?」
「正直言って、初めの感情を押し殺しながら働いている姿は見るに堪えなかったよ。いつ爆発するのか冷や冷やしながら見てた」
「それを心配して?」
「もちろんそれもある」
里見は一拍置いて、口を開く。
「君は、
「ッ!」
ここでまさかその名前が出てくるとは思わなかった桜田は、一瞬息をのむ。
しかし里見の真剣な眼差しを見て、思考しながらゆっくりと口を開く。
「もちろん許されないことをしたと思います。でも、どこかで……」
「似ている。そう思ったかい?」
ドキッ
心中をズバリ当てられた桜田は、驚いた様子で里見の表情を見る。
やっぱりそうか。
里見はそんな様子で首を縦に振ると、続けて言葉を紡ぐ。
「あれは君の、数ある未来の一つだ。否、かもしれなかった、かな」
「未来……」
桜田はその言葉に、我ながら納得がいくと思った。
確かに、否定することは難しい。
彼の言葉にはいくつか共感する部分もあった。子供の考えていることが分からない、など。
それでも。
「でも、流石にあんな酷いことはしませんッ!」
「それは君が峯山君と関わって、変わったという可能性もある」
「それは……」
里見の言葉に、桜田は喉を詰まらせる。
流石に意地悪し過ぎたかと思い、少し軽い口調で語りかける。
「もしかしたら、っていう話さ。別に、元の君が悪かったっていう話じゃない」
「じゃあ何ですか?」
「峰山荘司。彼も元から悪人だったわけじゃない。子供を真剣に愛そうとした結果、階段を踏み外してしまった」
桜田の脳裏に、最後の男の姿が浮かび上がる。
涙を流して謝罪を呟く。もしかしたら、あれが本来の姿なのかもしれない。
真相は、誰も知ることが出来ない。
「誰にでも、ああなってしまう可能性があるという事を忘れないで欲しい。特に君は、誰かに似て危うかったから矯正させてもらったってわけさ」
「なるほど、ん……? 誰か?」
桜田が、里見の発言に対して深く尋ねようとしたその時。
「桜田さーん!」
「あ、やべッ!」
窓の外から、自分を呼ぶ声がする。
そういえば自分と同じく、今日退院するとツトムも言われていた。そして先に退院するから、見送ってほしいとも。
これをすっぽかしたらまた怒られる。それは面倒だ。
「里見さん! 後で詳しく!」
そう言って桜田は慌てた様子で病室を後にする。
残された里見は、窓の外からツトムの様子を見守る。
本当に、明るくなった。その原因は、桜田だろう。
里見は笑顔を浮かべる。自分の見立ては間違ってなかった。他の人でもなく、そして一人でもなく。あの二人だったからこそ乗り越えられた。
それがまるで、我がことのように嬉しい。
そんなことを考えていると、病室の扉を開けて一人の男が入ってくる。
「お疲れ様です、里見さん」
「おお、お疲れ様です。黒井さん」
相も変わらず、黒いスーツに身を包んだ黒井が里見に話しかける。
タイミングだな。
そう心の中で笑いながら、里見は窓際で風にあたりながら返事をする。
髪が風に揺れ、少しくすぐったい。
「二人だけの時は敬語使わないでくださいよ。今でも少し鳥肌なんですよね、それ」
「なんだそりゃ」
黒井の突っ込みに、里見は思わず笑う。
「あの二人、上手くいきましたね」
「あぁ。結果オーライだが、本当に良かった」
里見は今でも思う。
もしも最後、死傷者を出していたら。ここまでハッピーエンドにはならなかったのではないか。
そう思うと、震えが止まらない。
だからこそ、里見は桜田に告げたのだ。
君は凄いな、と。
「桜田君を見てると、昔を思い出しますね。あの少し危うくて、泥臭く悩み続ける姿。まるで誰かみたいだ」
「……そればっかりは何も言い返せないね」
黒井の少し揶揄する口調に対し、里見は何も言い返せないでいた。
桜田を見ていると、まるで自分の写し鏡を見ている様だった。
子供が嫌いで、少し意地っ張り。そして生意気で、負けず嫌い。
危うくも一生懸命なその姿を見て、どうにかしたいと思うのはまちがっていない、はずだ。
そこまで考え、言われっぱなしも
「まぁ誰かさんも、峯山君とそっくりだけどね。僕が特に面白かったのが、桜田君が『無口君』ってあだ名をつけてきた時だね。いや~あれは傑作だ」
「……確かに、似てますね」
里見の嫌らしい煽りに対して、黒井は無表情で肯定する。
いや、無表情ではあるが身体はぴくぴくと痙攣している。
我慢しているのが分かりやすい。
「僕のつけた『真っ黒君』といい勝負じゃないか?」
「アハハ、ソウデスネー」
里見の笑顔に対し、怒りを滲ませながら強張った笑顔で答える黒井。
そして互いに、フッと気の抜けた笑顔を浮かべて窓の外を眺める。
そこには、峰山ツトムと桜田が遅いか遅くないか論争で揉めている光景が見えた。
ギャースギャースと喚き散らす二人は、どっちが大人で子供なのか分かった試しではない。
時代は廻るな。
里見は頬杖をつきながら、その平和な光景を眺める。
「悩んだ末に掴み取った経験は、いつか二人を大きく成長させる」
子供と大人。好きか嫌いか。この悩みは、人間として生きていく上で必ずぶつかる壁のようなものだ。これからきっと何度も悩み続けるだろう。
それは子供と大人に限った話ではない。友人や異性関係、人間と接する上で切っても切り離せない悩みのはずだ。
そして、そのたびに壁を乗り越えていくことが出来る。
乗り越え方は一種類じゃない。一人が難しかったら二人で、より多くの人数で。乗り越えなくたっていい。壁を壊すも、避けて通るも自分次第だ。
「桜田君。君は子供が嫌いと言ったね」
大いに悩み、大いに矛盾しろ。
「でも君は子供を助けた。それも命懸けで」
道を間違えたら、振り返って戻ればいい。
「さて、答えは決まったかな?」
大事なのは、悩んだ末に自分が何を選ぶのか。
【子供嫌いの桜田君 完】
子供嫌いの桜田君【完結済】 裕福な貴族 @Yu-huku_Kizoku
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