Dragon a gate〜はじまりの石
@asahina624
第1話 龍紋瑪瑙
「あぁ…こんな死に方ってないよ。」
急降下する景色のなかで呟く。いくら石オタクの俺でも採掘作業中に崖から足を滑らせて死亡だなんて報われなさすぎるだろう。
今しがた奇跡のような出逢いを果たしたばかりなのに、幸運とやらはそう長く続かないらしい。
まだ、自分が生きていることを確認したくて手のひらでその手触りを確かめてみる。
冷んやりして、吸いつくようなこの感じが堪らなく愛おしい。こんな上玉にはそうそうお目にかかれないのに。家に持ち帰り、綺麗に磨き上げてコレクションボックスに収めることが叶わないとは。
遡ること24時間前、俺は高校からの帰り足に父さんの研究室に呼び出されていた。K大の地質学研究所と言えば、その界隈では知る人ぞ知る名門だろう。父さんはここで教授として教鞭をとっている。
相変わらず雑然とした部屋には、資料や文献が所狭しとひしめきあっていて図書館にでもいるような気分だ。
「
助教授の三船さんが、そう言いながらコーヒーカップを差し出す。
「どうもっす。その大橋教授に呼び出されたんですけど、どっか行きました?」
人を呼び出した当人が見当たらない。
「あ〜さっき明日からの調査の準備しに、一回帰るって言ってたよ。ほんと毎度急で困っちゃうよね。磨人君からも言ってあげてよ。」
なるほど、呼び出された理由は行き当たりばったり調査の同行か。いつもの事ながらその行動力と探究心だけは尊敬に値する。が、その都度、全国連れ回されるこちらの身にもなって欲しい。
「今回はどこって言ってました?」
「I県だって。F湖キャンプ場近くで珍しい地層があるって聞きつけちゃったみたいで。ご愁傷様、これから出たら着くの明日の昼だね。」
三船さんは白衣を脱ぎながら、気の毒そうに時計を見つめる。
「ま、週末なのがせめてもの救いですね。土日は俺もすることもないんで。」
「ティーンエイジャーが何言ってんの?彼女でも作って遊びに行きなさいよ。じじいみたいな事言ってないで。」
「ははは……よく同級生にも言われます。」
確かにじじ臭ささは自分でも認識している。部活にも入らず恋愛もせず、石探しばかりしている自分を。
それでも、父さんの血をしっかり継いで根っからの石オタクだからどうしようもない。
はっきり言えば、合コンやらデートに行くくらいなら人里離れた山奥で、今だ出逢ったことがない石達を見つけだす方がよっぽどときめく。確かI県といえば、瑪瑙の産地だ……父さんが調査してる間、散策してみようかな。
川の地層ならばその周辺は採掘作業に持ってこいだろう。質のいい瑪瑙との出逢いに期待を膨らませずにはいられない。
「お、磨人。来たな。今回の調査は面白そうだぞ。君にもきっと収穫があるはずだ。」
聞き慣れた声に振り返ると、準備万端の父さんが立っていた。ぼさぼさ髪を後ろ頭で結んで、丸眼鏡の出立ちはいかにも教授といった風貌だ。
なりふり構わず、好きなことに目を輝かせるこの中年男性はきっと未来の自分の姿そのものなんだ。
三船さんの予想通り、高速を夜通し走り続けキャンプ場のコテージに着いたのは昼近くだった。
いつも感じることだけど山の中に来ると、息がしやすい気がする。空気が澄んでいるというか、少なくとも学校にいる時のような気分にはならない。
元々、勉強はできる方だったから高校は地元の進学校を選んだ。
気の合う友達は少なくていいし、毎日お祭り騒ぎのような陽キャや女子とも割と馴染んでいると思う。
でも、何故か自分の居場所はここではないような居心地の悪さがいつもある。
「管理棟でコテージの鍵を借りてくるよ、荷物を車から出して置いて。」
今回泊まるコテージは三角屋根のログハウス風でなかなか快適そうだ。車から荷物を下ろしていると、隣のコテージが何やら騒がしい。
「ぎゃはははは。まじでやべー、魚丸焦げだよ。これは食えないっしょ。」
コテージのデッキにはBBQスペースがあったから、そこでランチ中の大学生か?
ちらと目をやるといかにも派手そうな男女グループが見える。茶髪に真夏のような薄着の女の子がこちらに気付いて、ぺこりとお辞儀をしてくれた。
慌ててこちらも会釈を返す。
「磨人、軽く食事して出よう。」
いつの間にか戻ってきた父さんがコテージの鍵を開けると、木のいい香りがふわりと漂う。
途中買ってきた惣菜パンを平らげていると、机の上に地図が無造作に広げられる。
「このキャンプ場から2kmくらい先に沢があるんだけど、その当たりは瑪瑙が多いって管理人さんが言ってたよ。」
インスタントコーヒーを片手に地図をとんとん人差し指で叩く父さんを、嬉々として見上げる。
「明日の調査だけ手伝ってくれればいいから、今日の午後はお互い自由行動にしよう。」
Dragon a gate〜はじまりの石 @asahina624
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