ごちそうさま
星雷はやと
ごちそうさま
三連休で賑わう、ショッピングモールのフードコート。
周囲の人々に紛れるように、一人の男がある一角を目指して歩く。彼が向かう先には、柱の影に隠れたテーブル席がある。そこには、長い黒髪が美しい女性が一人座っていた。
女性は背後から近づく男には気付いていない。彼女の意識は広げられた本に向かっているのだ。男はその様子に笑みを浮かべ、女性の隣に置かれた鞄へと手を伸ばした。
男はスリである。
狙いは女性が所持している分厚い財布である。男は鞄の中で、分厚い物を掴むと笑みを深くした。
しかし、彼は鞄から手を引き抜くことが出来なかった。それどころか金縛りにあったかのように、指一つ動かすことが出来なくなったのだ。
男の胸中には、驚きと焦りが駆け巡る。長くこの場に留まれば女性や周囲の人間に己の反抗が気づかれる確率が高くなる。加えて、この状況は異常だと本能が警鐘を鳴らすのだ。
唯一動く視線を鞄へと向ければ、塗りつぶしたかのような黒い闇の中の目があった。血を連想するかの様な赤色の瞳が、無数に男を見上げていた。通常の状態であれば、男は悲鳴を上げただろう。だが、空気が少し震えただけで声にはならなかった。
「ごちそうさま」
黒髪の女性は、一回り大きくなった鞄を満足気に撫でた。
ごちそうさま 星雷はやと @hosirai-hayato
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