第3話 コンビニコーヒー
「コーヒーLサイズ一つ」
「いつものですね」
レジを打ち込つつ、私はカップをコーヒーマシンにセットする。
「おっ、よく覚えてるねえ。さすが」
「いつもお疲れ様です」
平日の朝九時前。凍えるような朝に暖かな笑顔を振りまいて、彼は現れる。
作業着にジャンパー、頭にはヘアバンド。イケメンではないけど、人の良さそうな顔をしている。
買うのはコンビニコーヒーとおにぎり、唐揚げ。
毎朝来るということは、きっと現場がこの近くなのだろう。
常連さんでも声をかけられるのを嫌がる人もいるけど、この人は特別愛想がいい。
「重そうだねえ、手伝おうか?」
「今日も朝早くて偉いな」
「風が冷てえなあ」
向こうも私を認識して、他愛ない言葉をかけてくる。
一応女子大生なので、セクハラかナンパまがいのちょっかいをかけてくる客もいるのだが、彼はそういうのとは違う。ただただ温かくて、会えばなんだか心がほっこりする。
「菊池さん、俺先行ってますわ」
作業着の髭面のおじさんが「彼」に声をかけた。
「うす」
菊池さんていうんだ。
この日初めて、彼の名前を知った。
年はいくつなのかな。見た感じ三十くらい?
いつまでこの近くの現場に来るんだろう。
そんな折、コーヒーマシンが故障した。
「これ、交換になるから、マシン到着まではコーヒー販売休止で」
「わかりました。コーヒー目的のお客さん、来店少なくなりそうですね」
「お向かいのコンビニに取られちゃうかもね……。戻ってきてくれるといいけど」
店長とそんな会話をして、私はレジにおさまった。
菊池さんも、お向かいのコンビニに鞍替えしてしまうだろうか。
そうなったら寂しい。
それから間も無く、菊池さんが現れた。私はカウンターを出て、思わず彼に声をかける。
「おはようございます」
「あら、お出迎えとは珍しい。おはようさん。どうしたの?」
「あの、今マシン故障中で、コーヒー数日販売休止になりそうなんです。……いつも注文されてるので。お知らせです」
「あー、そうなの。わざわざありがと」
そのまま踵を返して外へ出ていくと思った。
しかし彼は缶コーヒーを手に取り、レジへやってくる。
「唐揚げも、いつものやつで」
「え、缶コーヒーでいいんですか?」
すると彼は俯きがちに、小銭入れに手を入れながら答えた。
「コーヒーは、ついでなんだよね」
「え」
「唐揚げも、コーヒーも、準備するのに時間かかるでしょ。その間、君と話せるから」
上目がちにこちらを見た彼の頬は、ほんのり赤くなっている。
「また来るよ」
そそくさと出ていく菊池さんを見て。
私は、体の芯が熱を帯びるのを感じた。
【短編集】1,000字でキュン 春日あざみ@電子書籍発売中 @ichikaYU_98
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