4 ―回帰

 目が覚めると、アヴニールの蓋が開いていた。

「おはようございます。よく眠れましたか?」

 横から女性が、微笑みながら覗いた。

「まぁ確かに、眠るのに近い感覚でしたね。」

 体を起こしながら、女性に反応する。長い眠りのせいか、はたまた凍っていたせいか、体の動きが鈍く感じる。

「この後アフターケアがありますので、そちらの車いすに移っていただけますか?」

「分かりました。」

 アヴニールから出て、車いすに腰を掛ける。女性は移動する中で、軽いカウンセリングをしてくれた。

 アフターケアは、風呂のことだった。冷凍していた体を温めることで、この鈍さが改善されるのだろう。



 風呂を終えた後は、今の時代に関する講習があった。今が何年で、寝ている間に何があったのか、それらの重要な事柄だけをかいつまんで、簡単に説明された。講習の後は、生活必需品や資金、政府の管理するアパートの鍵を貰い、この施設を去る。

 僕は、一旦アパートに荷物を置いてから、町を見て回ることにした。



 見慣れた町は、八十年の時を経て、まったく知らない町に変化していた。行き交う車も全て自動運転で、高層ビルが増えている。

「あ。このビルは、まだ建ってるんだ。」

 大通りを歩いていると、一つだけ見慣れたものを見つけた。古びたビル。僕が、自殺を止められた場所だ。

 停止線を乗り越え、ビルの中に入る。床も壁もひび割れてしまい、隙間から新たな生命が芽吹いている。

 崩れかかった階段を確かめながら登り、屋上に出る。

 最後に見た景色から、建っている物は片っ端から高層ビルに変わっていて、無情にも時の流れを痛感する。なんだか、自分だけ時代に置いて行かれたようだ。

 空に視線を移せば、狭い、青い空に白い雲が流れている。地上と違って、空は自然の姿を維持しているように見えた。その時、ふと彼女の顔が浮かんだ。あぁ、あの時もこんな天気だったな。

「あいつ、どうしてんだろうなぁ」

 冷凍保存前に唯一、関わっていた人、いや関わってきた人か。 出会いは最悪だったけど、彼女にはいろいろと楽しませてもらったと思う。

「あの時は止められたけど、今やあいつもあっち側かな?」

 フェンスに身を預けながら、誰に聞かせるわけでもなく呟く。 なんだか悲しくなって、涙が滲んできた。 永いこと眠っていたせいか、随分と感傷的になってしまっているようだ。

「馬鹿だなぁ、政府も僕も」

 いや、もしかしたら、僕は気付かないうちに、彼女の事が好きになっていたのかもしれない。大切な人を失うことは、とても悲しいことだ。彼女も、こんな気分だったのだろうか。 そうだったら良いなと、僕はどこか期待する。

 フェンスに足をかけて乗り越え、もう一度景色を眺める。涙で霞んだ景色は、さっき見たものとは違うように感じられた。

「知り合いのいない世界が、生きやすい訳無いのに。」

 世界の打ち出した策略は、失敗に終わると言えるだろう。この先、僕と同じような人間が多数現れ、世界は混沌とするだろう。涙を袖で拭い、深呼吸をする。もう、心残りは無い。覚悟なんて、とうの昔に決めていたんだ。こちらとしては、数十年の月日を経た悲願の達成と言えるだろう。


 フェンスを越えて、風を切る。空は遠ざかり、僕の動きに涙は置いて行かれる。また君と会ったら、なんて言おうか。空を見下ろしながら、そんなこと想像し、刹那―――

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未来 in the ice. 霜桜 雪奈 @Nix-0420

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