白梅の蕾

西しまこ

第1話

 梅の蕾の膨らみが、冬の澄んだ青い空を背景にしていくつもいくつも、今にも咲き出そうと笑っているかのように見えた。小さなまるい粒が枝にいっぱいついて、嬉しそうにしていた。

 夜に梅を鑑賞するなら紅梅がいい、なぜなら紅色が闇に融けて梅は夜に同化し、梅の香そのものが楽しめるからだ、という古文を読んだことがあるが、昼間の梅は白梅がいい。青い空に白い花が美しく映える。


 今にも咲きそうな白梅を見て、わたしは嬉しくなった。

 梅は寒い冬に咲くけれど、春を予感させて気持ちを明るくさせる。

 わたしは桜も好きだけれど、梅の方が好きかもしれない。

 梅が咲き木蓮が咲きレンギョウが咲き、桜が咲く。

 梅の花は、こころが浮き立つような春を運んでくる花のような気がするからだ。


 歩みを止め、しばらく梅の花を眺める。

 幼稚園から子どもが帰って来るまでの、短い自由。

 ずっと、子どもと一体化していたから、最初、子どもを預けてひとりになったとき、ひとりで歩く自由に感動した。すごい! 自分のペースで歩ける!

 なんだかどこまでも行けそうな気がした。

 目線が下ではなく、上にも持って行ける。

 だから、青空に浮かんだ白い蕾を見つけることが出来た。その、今にも花開きそうな、瞬間を。


 白くてまるい、笑っているかのようないくつもの粒は、幼稚園で遊んでいる子どもたちのようにも見えた。輝かしい、花開こうとしている、光そのもの。

 いくつものいくつもの、白い輝き。希望。春を呼ぶもの。

 なぜだろう。

 いま、とてつもなく幸せだ。

 もう少ししたら、子どもを迎えに行く。手を繋いで、ゆっくり歩く。それはほんの一瞬の幸福なのかもしれない。小さな手を握る幸せ。


 きっと今日も公園に行くのだろう。そうして、あの子が満足するまで公園で遊ぶのだろう。わたしは夕飯の準備の心配をしながら、子どもと公園にいるのだろう。

 帰宅してからも慌ただしく過ぎてゆく。まとわりつく子どもの相手をしながら、家事をする。食事はいつも落ち着かない。そうしてお風呂に入れて、寝かしつけまであっという間に過ぎてゆく。その余裕のなさを悲しく思うこともあるけれど、もしかしたらこれは幸福な余裕のなさなのかもしれない。

 瞬間だ。

 子どもの人生の中で、わたしが何かをしてあげられる時間なんて、瞬間でしかない。

 すぐに手を繋がなくなるだろう。ひとりで公園に行くのだろう。

 そうして、あっという間にどこへでも行くようになるのだ。

 でも、今は。

 あの笑顔も小さな手も、みんなみんな、抱きしめてあげたい。






☆☆☆カクヨム応募作品☆☆☆

「金色の鳩」だけでも読んでくださると嬉しいです!


「金の鳩」初恋のお話です。女の子視点。

https://kakuyomu.jp/works/16817330651418101263

「銀色の鳩 ――金色の鳩②」初恋のお話です。男の子視点。

https://kakuyomu.jp/works/16817330651542989552


ショートショート

https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima/collections/16817330650143716000

たくさんあるので、星が多いもの。

「お父さん」https://kakuyomu.jp/works/16817330652043368906

「手袋」https://kakuyomu.jp/works/16817330652490294985

「小春日和」https://kakuyomu.jp/works/16817330652430061330

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