多重人格の僕
橘 祐希
多重人格の僕
小学3年生のある日の夜、僕はテレビを見ていた。
はっきりとは覚えていないが、
僕はこれを見て思ったんだ。
僕も多重人格になりたい、と。
今思えば失礼な話だ。
次の日、僕はさっそく
「僕って多重人格なんだ」
そう言うと秋野は驚いた表情で僕を見た。秋野は僕の初恋の相手である。
「多重人格ってあれだよね? 2人以上いるっていう」
「そう。僕には
秋野は、ふーん。と言って小さく微笑んだ。
「響ちゃんと話してみたい」
秋野に言われ、僕は慌てて適当なことを言った。
「頭を叩いてみて。そうしたら響と入れ替わるんだ」
すると僕の頭をポンっと叩いた。もちろん、僕は多重人格ではない。
僕はまた適当な嘘をつくことにした。
「はじめまして、響です」
「はじめまして、秋野です」
響としての僕と秋野は謎の挨拶から会話を始めた。
「響ちゃんは何歳なの?同い年?」
「悠真と同じだから秋野ちゃんとも一緒だね」
「てゆうか、声は佐々木と一緒なのね」
僕はドキッとした。
「体はそのままだからね」
僕はテレビで見ただけで多重人格には詳しくなかった。だから、ひたすら適当な嘘をつき続けることにしたんだ。そして、響としての僕と秋野はすぐに仲良くなった。
僕は秋野と話すことに夢中になっていると、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。
「あ、もうチャイム鳴っちゃった」
秋野はそう言い、僕の頭を叩いた。
僕はさっき適当に作った設定を忘れて困惑していると、あれ?ともう一度秋野は僕の頭を叩いた。
「響ちゃん?佐々木?今どっち?」
僕はこの言葉で思い出し、慌てて答えた。
「佐々木悠真のほう。響とはどうだった?」
「楽しかった!私、響ちゃんの友達になれたんだ!また響ちゃんと話したいな」
「そ、そうなんだ」
「席に着け。授業始めるぞ」
先生が教室に入ってきたところで僕は席に着いた。
授業を聞きながら僕は考え事をしていた。
それは響のことだ。
秋野は悠真としての僕ではなく、響としての僕を気に入っている。
でも、響なんて女の子はいなくて、ずっと悠真としての僕が話している。
もちろん、僕はこうしたくて始めたことだ。
そして今のところ上手くいっている。また話したいとまで言われた。
なんでだろう。なぜかモヤモヤする。
僕は秋野のことが好きだ。でも秋野は僕のことには興味がなく、響と話したいと言っている。
そんなことを考えていたら5時間目、6時間目はすぐに終わった。
帰りの会が終わり、僕はランドセルに教科書をつめていると秋野が僕の席にやってきた。
「佐々木、今日一緒に帰ろう」
「うん!いいよ!」
僕は初めて誘われ、思わず声を弾ませた。
そうして2人で靴箱へ向かい、下校を始めた。
「疲れた〜。私、プールは本当に苦手」
「わかる。僕も息継ぎが上手くできなくてすぐに苦しくなっちゃう」
「佐々木は私と比べたら非常に泳げる方じゃん。私なんていつも恥ずかしいよ」
「中島とか山田とかは水泳習ってるから超速い。泳ぎ始めたらすぐ見えなくなるもん」
「あの2人は特にすごいと思う。私も水泳習おうかな」
僕は楽しく秋野と話していた。すると秋野は笑顔になり僕の方を向いた。
「ねぇ、また響ちゃんと話したい。お願い」
誘われてから今まで嬉しさのあまり忘れていた。やっぱり秋野は僕と話したいのではなく、響と話したいんだ。
でも、授業中に僕は名案を思いついていた。
「いいよ」
言い終わると同時に、秋野は僕の頭を叩いた。
「響ちゃん?」
秋野は僕の顔を覗くように聞いてきた。かわいい。
「うん!」
そのあと、秋野の家の近くまで響としての僕は秋野と女子トークを続けた。正直、響として秋野と接することも少し楽しくなっていた。
でも、僕はひとつ絶対に聞きたいことがあった。これは響としてじゃなきゃ聞けないこと。
僕は緊張しながら勇気を出して聞いてみた。
「秋野ちゃんってさ…好きな人いるの?私、秋野ちゃんともっと仲良くなりたいからさ!」
「え! んーっと、どうだろう」
秋野は気まずそうな顔になった。
「好きな人はいるよ。でも…誰にも言ったことはないかな」
好きな人はいる。僕はこの言葉に焦燥感に駆られた。
僕が黙っていると秋野が聞いてきた。
「佐々木はいるのかな?」
まさかこのタイミングで僕のことを聞かれるとは思わなかったので焦った。動揺した。
「えっと……悠真はいないと思うよ」
「そうなんだ……」
数秒間の沈黙が流れ、話は終わってしまった。
秋野に好きな人がいると知ってしまった僕はどうしても気になってしまった。
「でさ!秋野ちゃんは?」
「いや・・・ごめん。やっぱり響ちゃんでも言えない……」
「なんでよ!友達でしょ?」
「響ちゃんは大切なお友達。でもまだ好きな人は言えない」
「教えてよ!」
「ダメだってば!これは言えないの!」
秋野は顔を赤くして走って行ってしまった。
僕は秋野を追いかけたがすぐに秋野の家の前に着いてしまった。
「私の家ここだから、ばいばい」
バタンッと扉が閉められ、僕はその場で立ち尽くした。
確実に嫌われてしまった。
調子に乗りすぎたのだ。秋野は響としての僕と友達であっても、見た目は僕そのままだ。それなのに僕は響という偽物の存在を利用して聞き出そうとしてしまった。
いや、本当は響なんて女の子はいないと気づいているかもしれない。もう秋野に本当のことを言おう。
僕は泣きそうになりながら家に帰った。
なにが『名案を思いついた』だ。ただの愚案じゃないか。
次の日、僕は教室の後ろ扉を開けてすぐ秋野の元へ歩いた。秋野の席は扉からすぐのところだった。
秋野は僕が来たことにすぐ気づき、目が合った。心なしか、秋野は悲しそうな顔をしていた。
僕は昨日、本当のことを言うと決めたんだ。秋野にどう思われてもいい。響なんていないと言うんだ。
僕は覚悟を決め、言いかけたその時、
「ごめん!」
秋野は僕に謝った。
「本当にごめん!私、響ちゃんを怒らせたかもしれない」
予期せぬ事態に僕は咄嗟に返事をした。
「い、いや、大丈夫だと思うよ。響が怒ることなんてないし」
「そう、なの?でも……」
「うん! 響は楽しそうだったよ」
そう言い、秋野の顔を見るとすっかり笑顔になっていた。
「そうなんだ! よかった〜。昨日の夜、ずっと後悔してたんだ。響ちゃんに悪いことしちゃったなって。怒らせちゃったと思ったから」
「多重人格のことは秋野にしか言ってないから、響は話せて嬉しいって言ってたよ。」
「あれ?佐々木は響ちゃんと話せるの?」
「あ、いや、えーっと、少しだけね」
「いいなー。私も響ちゃんと一緒になりたい」
なんだか僕は嬉しい気分になった。
このまま響はいると嘘をつき続けてもいいのかもしれないとも思った。響は僕と秋野を繋げてくれる恋のキューピッドだ。
「これからも私たちはお友達だね!」
この『私たち』には悠真という本当の僕が入っていたのかは今となってはわからない。
秋野は次の年に転校してしまったからだ。
響という多重人格の僕を知っているのは、秋野だけである。
転校して以来、秋野とは一度も会っていない。だから今となっては墓場まで持っていく話となってしまった。この話を家族や友人に話したらどう思われるか、想像もしたくない。
でももし、いつか大人になった秋野に会えたら言いたい。
「久しぶり。秋野ちゃん」
多重人格の僕 橘 祐希 @yukitachi123
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