再現性のある恋ですか?
人生
death愛=別離+月+日
毎日、世界のどこかで人が死んでいるという。
出生率の低下、少子高齢化などなど、いろいろ言われているようだが、しかしどうにも身の回りの人間の数に変化は見られない。
……まあ、それも当然なのだけど。
どこかで採算が取れているのかもしれないな、とは思う。
たとえば――これも、一つの採算。
悲鳴が上がる。離別と再会はやはり、ほとんど同時に訪れた。
――可能性としては誰にでも起こりうる、一つの死。
生まれてきたことを、後悔する瞬間。
今日は「彼女」の誕生日で、本来であればこんな気持ちになるべきではないのに。
――
僕と彼女の出会いのきっかけがなんだったのか、今となってはもうはっきりとは思い出せない。
いかんせん、バリエーションが多すぎるのだ。
中でも強烈に印象に残っている出会いのシチュエーションを挙げるなら、これだろう。
彼女はひと気のない住宅街を歩いていた。
その前に、突然飛び出してきた人物がいた。
そいつは全裸だった。
変質者である。
それが僕だった。
彼女は突然現れた人物を前に驚き、ぶつかりそうになったことを思わず謝り、それから改めて僕の姿を見て、
「あの、すみません。ちょっと急いでるんで、後にしてもらっていいですか? それと、風邪ひきますよ」
そして、彼女は去っていった。
「…………」
僕は静かに服を着る。幸い、この辺りに人通りはなく、僕の醜態は誰に知られることもなく――
……我ながらどうかしてると思うのだが、どうかしてるのは彼女も同様である。
遭遇した瞬間こそ声を上げた彼女だが、後日、改めて顔を合わせて、僕があのときの変質者だと気づいた彼女の第一声。というか質問は、今でもはっきり憶えている。
「なんで脱いでたん? まだ四月だよ? ……四月バカやってやつ?」
君に嫌われるためだといっても、信じてはもらえなかっただろう。
どう足掻いても避けられないことが一つある。
どんなかたちでも出会ってしまえば、僕は彼女に惹かれずにいられない。
それはもう磁石のように、あるいは地球の周りを巡る衛星のように。一度つかまってしまえば、その引力からは逃れられない。
……しかし不思議なのが、第一印象「変質者」相手に、彼女が親しくなろうという気を起こしたこと。
いやでもまさか、あの初対面で、僕と彼女が結ばれるラブストーリーに発展するはずもない……と、誰もが思うだろう。実は、ここから入れる保険があるらしんですよ奥さん。
それから数年後、僕は彼女の育ての親と会い、結婚することが決まった――
そして、終わりがやってくる。
――
……気が付くと僕は、自宅アパートの布団のうえにいる。
隣に彼女の姿はなく、もちろん台所に立っている、なんてこともない。
その日は、大学の始業式。僕と彼女が遭遇する日であった。
毎度毎度、ぜんぶ夢だったのではないかと考える。
悪い夢なのだ。彼女と出会い、幸せな時を過ごす、悪い夢。
……タイムリープとか、タイムスリップとか、なんかそんな感じのやつなのだろう。
やがてやってくる「終わり」を受け入れらない僕に起こった、一つの奇跡。あるいは災難。気付けば全てを一からやり直すことになっている。
時間を超える、振り出しに戻るということはきっと、あの結末は間違いなのだろう。間違った運命なのだ。
――そう思い、何度なく繰り返し、僕は異なる結末を目指してきた。
たとえば出会いのワンシーン。彼女に嫌われようと、服を脱いでみたり、裸になってみたり、生まれたままの姿になってみたり……変質者になってみた。思い切った決断はしかし、僕が恥ずかしい思いをするだけで終わった。
問題なのは出会いではない。それからの、積み重ね。関係を重ねていく月日にあったのだと気づいても、どうしようもない。彼女との日々を繰り返すほどに、離れがたくなっていく。無力感と諦念は積もるけど、同じだけの愛情もまた積み重なる。
出会わないという努力を重ねても――いやむしろ、僕が「決められたレール」を外れるほどに、彼女の死期は早まるのだ。
たとえばそれは、出会いの日の朝。僕が外出しなければ、彼女は出先で事故に遭う。彼女を想って、僕と離れるよう差し向けても、やはりそこで命運が尽きる。
まるで僕が彼女を呪っているかのように思えてならない。
これが運命というやつなのか。出会うことが間違いなのか。それともその終わりがもう、決められたことなのか。ならばなぜ、僕は同じ時間を繰り返しているのか。何度となく自問した。
どんなに過程が変わっても、終わりの時は決まっている。
彼女はその誕生日に、死を迎えるのだ。
あるとき、僕は自身の体験を彼女に打ち明けてみた。
「え、何それキモい」
とんでもないショックな反応だったが、言われてみればその通り。時間にして何十年も、僕は彼女一人のためだけに生きてきたのだから。キモチワルイにもほどがある。
「でもまあ、それってつまり、再現性がある、ってことだよね。私の死は確定してる。もう運命」
「…………」
「運命の赤い糸でがんじがらめって感じだ」
「……うん?」
「『運命』っていうのが実在するっていう証明。私たちは運命の赤い糸で結ばれていたっていうことだ」
「…………」
「いや黙んないでよ、恥ずかしい」
……そんなもの、とうてい認められないんだけど。
――時が戻る――
――人は皆、幸福になるために生まれてくる、という人がいる。
「じゃあ、何をしても、ある日必ず死ぬとして――その人は、なんのために生まれてきたと思う?」
何も成し遂げられないまま――
「幸せになったから、死んだんじゃない? その理屈だと」
「いや――たとえば、夢があったとして」
「どんな?」
「……世界征服するとか。まあ、内容はなんでもいいんだ。その夢を叶えられないまま、死ぬんだよ? だとしたら、その人はなんのために生まれてきたのかなって」
「そんなこと考えるくらいなら、もっと有意義に時間使おうよ。どうすれば楽にお金を稼げるか、とか」
まったくもって彼女はドライである。
しかし。
「夢なんて、ただの人生の指針、目標だよ。それを叶えるために頑張る、それが幸せになる。人生の意味とか、どうでもいいよ。生きてさえいれば――」
……生きてさえいれば。
「――生きてさえいれば、いろいろ、楽しいこともあるし、幸せだって感じる。それで、じゅうぶん。意味なんて、終わる時に考えればいいというか、自然と分かるんじゃない? それで、『ああ幸せだったな』って思えたらハッピーエンド。でも……人間はいつ死ぬか分からないから、私は毎日楽しくなるように、頑張って生きるの」
そう、彼女は生き急いでいた。幼くして両親を失ったこと、それが彼女の人生にそういう方針を与えていた。僕との出会いも、大事な日に遅刻しないようにと急いでいたこと、それがきっかけだった。
「最悪な死に方は、交通事故かな」
「……どうして?」
「だって、車でぶつかるにしても、ぶつけられるにしても、どこかを目指してた途中、何かをしようとしてた途中ってことでしょ? せめてその何かを終えてから、死にたいよね。あと、私の場合、だいたい信号無視して死にそうだし。それって超めいわく。そんな不名誉な死は嫌だなぁ」
「…………」
「ね、何か悩みでもあるの? 自殺とか考えるレベルの?」
「……そんなことは、考えたことなかったな」
僕は、必死だったから。彼女を救うことだけを、考えていたから。
「悩みがあるんなら、話してよ。それを解決するために一緒に悩む――それも、今の私の幸せだから」
「何それ、逆プロポーズ?」
「逆って何? ……まあ、なんでもいいけどさ」
「じゃあ、いっこ聞きたいんだけど――なんで、僕があの時の変質者だって分かったのに、こう、付き合おうって気になったの? 出会って半年も経ってないのにお泊りとか」
「え、何それ。私のこと尻軽とか言いたいの?」
「そういう訳ではないけども」
生き急いでいるのだと、この会話の流れで彼女から聞かされた。何度目とも知れない過去の話。
「初めて家族以外の、男の人の裸を見ちゃったから……責任とってもらおうと思って――とかいうのはどう?」
「いやいや」
「単純にさ――私のこと、すごく気にしてるんだなって、思ったから。私の幸せを願ってる、そういう人を幸せにしてあげたいよね」
「何それ」
「さっきの話に戻るけどさ――もし、私が明日死ぬとしても、それが君と会ったことがきっかけだとしても――出会ったこと、好きになったこと、それを私は後悔しないと思う」
「――――」
そんな彼女だから、僕は。
「たとえば時が戻って、前と違う選択が出来ても――私はたぶん、君のことをまた好きになると思う。君が私の事を好きでいる限り。……そう、私は自分のことを好いてくれる人間が好きなのです」
「……じゃあ、手詰まりだ」
「そう、君を好きになる運命だったのです」
だから――私は幸せなのだと。
いつ死んでもいいなんて、彼女が思っても、僕は認められなくて――
「もういいなって思ったら、つまり飽きたら、やめにしていいよ」
「とんでもない言い草だね……」
「あんまり独り占めするのもどうかと思うからね、お父さんを」
「…………」
「もし、私が生きた意味があるとしたら――それは、『この子』のため」
だから、私がいなくなっても、この子が生きてさえいれば――そう彼女が言い残したのは、初めてだった。
まるで自分が明日死ぬのが分かっているかのように、彼女は言ったのだ。
何が変わったのだろう。僕は無自覚に、これまでとは違う選択をしていたのか。
それとも積み重ねた月日が何かを――たとえばそれは蝶の羽ばたきのような、そうした奇跡を生んだのか。
――そして、僕らはその日を迎える。
産声が上がる。
何度目とも知れない彼女の死、そして君の誕生。
僕はそれをずっと、受け入れられなかった。
だけど――あぁ、別に飽きたとか諦めたとか、そういう理由からじゃない。
たぶんもっと、ポジティブな動機だよ。
こうして、話して聞かせられるくらいには。
再現性のある恋ですか? 人生 @hitoiki
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