あき

 どうやら俺はコタツでうたた寝していたらしくてね、汗びっしょりだった。ぼやけていた視界がはっきりしてくるとコタツに射すオレンジ色の光が目に入ってきて、もう夕方なんだと気づいた。街の喧騒とかも聞こえてきて、『ああ、やっとリアルに帰ってきた』って思った。夢の中って時間の流れが遅いよね。

 まあ、言っちゃえばちょっと気味の悪い睡眠だったからさ、二度寝しようとしたわけだよ。それで自分の部屋に戻ったんだけど、何かが変なんだ。さっきコタツにオレンジ色の光が射してたって言ったでしょ?なんで太陽の光って言わなかったかというとね、その元凶の太陽がさ、やけにのっぺりしていたんだ。もはや窓に張り付いていた。それにあの劇場でもそうだったんだけど、嗅覚が無いことをようやく認識した。俺の部屋はアロマを炊いているからね、匂いがしないというのはあり得ない。それにしても、他の感覚は大体あるのに、ある感覚だけ無いってのは夢特有かもしれないね。

 気づいたとして何をしたらいいか分からなかったし、部屋をふらふらしていたら突然床が抜けるような感覚に陥った。

 要は、。やっとね。何言ってるか分からないと思うけど、例の二重の夢ってやつだった。正直こわかったよ。部屋のカーテンを開けていなかったらと思うと、今でも鳥肌が立つ。そうそう、アロマの匂いはちゃんとしたよ。気分も落ち着いたし今自分がいる世界がリアルだってことも確認できて救われた気分だったね。

 いやあ、二重の夢ってなかなか人と共有できないからさ、こうして同じ経験をした人と話せてすごい嬉しいよ。長い話になっちゃったけど、聞いてくれてありがとう」

 

 男は一つ息をついてようやくその口を閉じ、前を向いた。たそがれているというわけでもなく、ぼーっとしているわけでもなく、学生が真面目に講義を受けている時のような面持ちだった。


「それ、どこからどこまでが本当ですか」私は震えた声で尋ねた。

 男はこちらに向き直り、先ほどよりもやや低いトーンで冗談めかしてこう返した。

「やだなぁ、全部真実だよ。君も見たんだろ?二重の夢。だから話したのに」

「そっちじゃないです。というか、それは、口実ですよね」

 男はこちらを見て微動だにしない。目が合いそうになって私は顔を逸らした。


 男が私の隣に座ってから三十分ほど経っただろうか、地平線付近の太陽が雲間から辺りを照らし始め、地面をオレンジ色の部分と陰とで分割していた。数メートル前は鮮やかなのに対し、私と男が座っているベンチの付近は濃い陰に覆われていた。公園にはその二人しかいなかった。

 気温は下がり、冷気で鼻は利かない。さっきの野球部は活動を終えたのか、周囲には遠くで轟く工事の音しか聞こえなかった。


「……すみません、このあと用事あるので」


 私はベンチから立ち上がった。コート下の汗は乾くどころか、今やあちこちから汗が噴き出している。しかしもはやそれどころではなかった。私は大股で歩道に向かって一直線に歩き出した。


「ちょっと待てよ」


 立ち止まることはなかった。ちらりと男の方を見やるとその表情がうかがえたが、変化という変化は確認できなかった。

 こんな気味の悪い話を最初から最後まで聞くんじゃなかったと、今更思う。座ってきた時点で去るべきだった。あの男は狙って私に声をかけたのか?それとも全て偶然なのか?今となってはもう遅い。油性ペンで『あき』と記名された通学鞄をぎゅっと握りしめ、私は歩き続けた。

 男は追ってこなかった。

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さっきみた夢 西住 晴日 @NISHIZUMI_0325

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