ロビー


「これはさっきみた夢だ。

 俺は赤と黄色で、高級そうな絨毯を踏んでいた。靴を履いていてもその材質の感じが伝わってきた。触覚は夢の中でも生きているんだ。しばらくするとどこからかクラシック音楽が流れてきて、それで自分の居場所を把握したよ。どこかの劇場だった。でもその音は目の前の分厚い木製のドアから漏れ出ていたらしく、つまり、ちょうど俺たちは締め出される形でロビーにいたんだ。

 うん?そう、隣には少女がいた。気づいたら、というか、元からいたものをやっと認識した、というか。それで身長は同じぐらいで、制服を着てた。でも赤ちゃんを前に抱えてる。青のハーネスだった。少女は端正な顔つきをしていて、今風に言えばスポーティかな。すると突然、『あき、あき、これ、よーく覚えておいて』って声が聞こえた。誰の声かと思ったら自分の声だったよ。自分の意思とは関係ないビデオを見ているという感じは普通の夢とあまり変わらないかもしれない。

 少女は神妙な顔で俺が掲げた何かを見ていた。たぶん、何かしらの紙だったかな。そういう感触がした。


 そうしていると、いきなり場面が切り替わった。でもまったく違和感は無いし、驚くこともない。編集で別々の映像をフェードでつなぎ合わせるみたいに自然だった。

 少女はトイレに行くみたいだった。俺の向かい側にある壁に入口が二つあって、中から光が漏れていた。少女はその前に佇んでこっちを見ていた。俺はそれを見送り、元いた場所に戻ったんだ。さっきの木製の扉が開いていたけど、入ったら何もなかった。当然、クラシック音楽を演奏している人たちもいないし、席も無い。絨毯が広がっているだけで他には何もなかったよ。誰もいない放課後の学校みたいだった。君もその感覚は知ってるんじゃないかな。

 そこで俺は怖くなったんだ。その何も無い劇場にじゃなく、少女をそのままトイレに行かせたことにね。

 小走りで劇場の外に出ると、もうそこはロビーじゃなくなっていて、廊下になっていた。幅は広く天井は見えないけど、どこかからの光源で全体は明るかった。絨毯は相変わらずだ。廊下には色んな人がいたよ。長椅子に座ってひたすらスマホをいじっている人、変な踊りを踊っている人、歌を歌っている人、そして緑色の制帽とキャビンアテンダントみたいな服装に身を包み笑顔を崩さない人。リアルだったら絶対通報するだろうけど、俺は特に不気味だと感じることもなかったから、その人たちの間をぬって進んだ。

 そうしたらさっきのトイレが見えてきた。光が中から漏れている入口にあきがいたように思うんだけど、本当にいたか覚えていないんだ。それでも群衆の中で見知った友人を見つけた時のような安心感だけを覚えて、少女の名前を呼んだ、いや、呼ぼうとした。

 そこで目が覚めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る