さっきみた夢

西住 晴日


「夢ってのはさ、その内容は自己申告でしか分からないうえに、あまりに変な夢だと人に理解すらしてもらえない。まったく、困ったもんだよ」

「……何ですか?いきなり」


 隣にドスンと座った男は、白い息を吐き出しながらそう切り出した。

 学校終わりになんとなく立ち寄った公園。何をするでもなくベンチに座って読みかけの小説を読んでいたら、この男が突然隣に座って話しかけてきた。見た感じの年齢は三十代だろうか、冬なのに薄手の半袖と短パンを着ているのを除けばよくいるサラリーマン風の男だった。

 私は地面に置いていた通学鞄を膝に置き、いつでも逃げられる体勢をとった。


「少女、君の最近の夢はなんだい?」男は尋ねた。

「最近ですか。さっき授業中に変な夢を見ました」

「ちょうどいい。ついでにそれ二重だったりしてないか」

「ああ、かもしれないです。多分そうです。すごいですね、当てるなんて。じゃあ私はこれで」


 この不審者の気分を害さないように努めながら私は立ちあがろうとした。だが、どうやら手遅れだったようだ。男は指を鳴らし、目を見開いて言った。


「ピッタリだよ!君なら分かってくれるはずだ。ちょっと長い話なんだが、聞いてくれるか?」


 正直、断る方が怖かった。私は座り直した。


「……どのぐらいですか」

「はは、そんな警戒しなくても、十分だけだよ」


 この季節によく似合う、乾いた笑いをもって男は答えた。

 のっぺりとした雲が全天を覆っていて、うつむいていると夜と錯覚するほどの薄暗い昼下がり。厚手のコートの下はじっとりと汗がにじんでいた。あたりには先日の雨で湿ったどす黒いサクラの樹皮の匂いが充満し、向かって左の野球場からは威勢の良い野球部の叫び声が聞こえる。このベンチ以外はすべてリアルだった。これからの十分もしくはそれ以上の時間がどれぐらい長いのかは、想像もつかなかった。悪夢を見ることが確定している睡眠に向かうようだった。

 男の目の奥に光は確認できなかった。それは雲が太陽を隠しているからではなく、おそらく先天的に。

 男は語り出した。

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