最終話 コッテリしてアッサリした料理 【後編】
俺は大皿にご飯を敷き詰めた。
その上にチーズ、キノコ、エビを乗せ、それらを覆い隠すようにベーコンを被せた。そして、その上からたっぷりのクリームソースを注ぐ。再びチーズを上に乗せると下準備は完成だ。
「い、稲児さん? それってこの前、みんなで食べた……」
「そう。ドリアさ」
「えええええええええ!? ま、待ってください! あれはコッテリした料理だったはずです!」
「……そうだな」
アミスはポロポロと涙を流した。
「うう……。コ、コッテリした料理じゃ、負けてしまいます。うう……」
「そのままなら負けてしまうな」
「な、ならなぜドリアを作るのですか? い、稲児さんは勝つ気がないのですか? ううう」
「勿論、勝つ気でいるさ」
「でもでもぉ! ううう」
「俺を信じてくれるんだろ?」
「そ、それは、そうですがぁ……。ううう」
タウザーは机を叩く。
「おい貴様! 料理人の分際でアミスさんを泣かせるとはどういう了見だ!?」
「やめてください! 私が勝手に泣いているだけなのですから!」
「安心してください。もうすぐこやつの敗北が決定するのですから」
しばらくすると、チーズの焼けた良い匂いが店内に充満した。
「ああ。これが最後の米料理になるのでしょうか……。うう……」
「そう悲観するな」
「あれ? 何を擦っているのですか?」
「フフフ。なんだと思う?」
「そ、その緑の根菜は……。も、もしかて、魔法薬に使うワンサンビでしょうか?」
「ご名答」
日本名はワサビだな。
「そ、そんなに擦ってどうするんです? 寿司でも作るのですか? それともお茶漬けに入れるのでしょうか?」
「まぁ、見てな」
「え!?」
俺はワサビをドリアの中に入れた。
「そんなに大量に入れるのですか!? めちゃくちゃです!! 折角のドリアが辛くて食べれなくなってしまいました!」
「ハハハ! ついに狂ったか店主! 戦いを放棄するとは愚かな!」
やれやれ。
「俺は正気さ。このワンサンビのベーコンドリアで勝負するんだ」
「何ィイ!?」
俺は小皿に小分けしたワサビドリアを2人の前に置いた。
「さぁ、食べてくれ」
「で、でも……。あんなに大量にワンサンビを入れるなんて……。白かったクリームソースが緑色に変色しています」
アミスはスプーンで掬う。
「では……。い、いただきます。フーフー。パクリ……」
同時にタウザーも口に入れた。
2人の声は共鳴する。
「「 んん!? 」」
さぁ、どうだ?
「美味しいです! この前食べたドリアと全然味が違います! 大量に入れたワンサンビの辛さがちっとも辛くありません。……なんというか、絶妙な辛さなんです。辛さが後から追ってくる。でも、全く嫌味がない。脂っこさを全て打ち消すような、爽やかな辛さなんです! ベーコンとソースの脂っこさを全て打ち消す抜群の辛さです!」
「そのとおり。ワンサンビは脂っこさを打ち消すんだ。ドリアには脂成分の多いクリームとベーコンを使っているからね。寿司に付けるワンサンビのように少量だけで役目を果たすわけではないんだ。なので、今回は脂に似合った量を入れた」
「これならコッテリとしていて、それでいてアッサリしています! 騎士団長の要求どおりの料理ですよ!」
彼はワナワナと震えていた。
「は、ははは……。ま、まさか……。こ、こんなに美味い料理が出てくるなんてな。い、意外だったよ」
「じゃあ! この勝負は稲児さんの勝ちですね!」
と俺たちが勝利を確信した時。
タウザーは不敵な笑みを浮かべる。
「ククク。勝負は僕の勝ちさ」
何!?
「ど、どういう意味ですか!? この料理なら、間違いなくコッテリとしていてアッサリしてますよ!?」
「それはあなたたちの味覚の話でしょう。でも、僕は違います」
ほぉ。
「この料理はコッテリしています! これじゃあ勝ちは譲れないな!」
やれやれ。
個人の好みの問題にすり替えたか。
「卑怯ですよ! 剣に誓った戦いなのに! 自分に嘘をつくのですか!?」
「僕は嘘などついていません。それとも僕の舌がおかしいとでもいうのですか? 僕は王都でも有名なグルメなんですよ?」
「そ、それでも、あなた個人の問題ならなんとでもいえるではありませんか!」
「ア、アミスさん。まさか、僕の味覚を疑っているのですか? ぼ、僕は真剣です! この剣に誓ったのです!」
「うう……」
やれやれ。
これじゃあ水掛け論だ。
「こんなこともあろうかと、この戦いを陰ながら見てもらっていたんだ。ガオン出て来てくれ」
「あいよ旦那」
俺は彼にワサビドリアを食べてもらった。
「おお! こりゃあコッテリとしていてアッサリしてるな! 美味いドリアだぜ!」
アミスは手を叩く。
「やった! これでガオンさんと私で2点です! 民主主義なら勝ちですね!」
「ふ、ふ、ふざけるなぁあ!! それは君たちが仲間だからだろう!! それに、獅子人に料理の旨さが判断できるもんか!」
「おいおい兄ちゃん。そりゃあないぜ。俺はあんたみたいに嘘はつかねぇんだからよ」
「黙れ! 穢らわしい獣人が! 民主主義というなら、味のわかる正当な人間を用意した前!」
場は静まり返った。
タウザーは勝利を確信する。
「ククク。僕以上に味のわかる人間なんていないのさ。この勝負は僕の勝ちだ」
「さ、最初からこうなることがわかっていたのですね?」
「アミスさん。これは戦略です。戦いは勝機があって望むもの。僕は負ける戦いは挑まない。どんな手段を使ってでも勝つことが大事なのです」
「…………」
「そんな悲しい顔はしないでください。こんなつまらない小料理屋で働くなんてあなたらしくない。あなたにはもっと華やかな世界が待っています」
「ここ以上に素敵な場所なんてありません」
「やれやれ。まぁいい。この勝負に勝ったのは僕なんだ。この店は潰れ、あなたは寄宿舎に入ることになる。そうなれば、フフフ。僕との仲も親密になりますよ。あなたには……。ククク。お、女の喜びを教えてあげます」
やれやれ。
「こうなりそうな予感はあったんだ」
「なんだと?」
「騎士団長は随分と自分の舌に自身がありそうだからな」
「ど、どういう意味だ?」
「君と同等。いや、それ以上の味覚に持ち主を連れてくればいいんだろ?」
「な、何!? 僕以上だと?」
入り口から女性の声が聞こえる。
「ほぉ。ここが噂の米食べ亭か。仕事が忙しくて中々、来れなかった」
「な……? なんだと!?」
「おお。タウザーも来ていたのか奇遇だな」
と、気軽に笑うのはリザナ女王だった。
アミスとタウザーは跪く。
「ど、どうしてあなたが、こんな場所にいるのですか!?」
「いやぁ、神獣の化身に強引に連れて来られたのさ」
「ヌハハハ! 女王を連れて来たのは我じゃ! 我がご主人の指示を受けての。女王をここへ連れて来たのじゃよ」
「まさか王城に神獣が現れるとは驚いたよ。しかも米田の従神というではないか。それで、昼食を食べる、ほんの少しの時間だけという約束でな。この店に連れて来てもらったのさ」
タウザーは滝のように汗を流す。
女王には勝負の話はしていない。
さぁ、彼女に判断してもらおうか。
「うむ! これは美味い! 寿司の時に用いたワンサンビを使っているのだな。クリームソースとよく合うな。米の旨味がより一層引き立つようだ」
女王はこう締め括った。
「これは寿司よりもコッテリとしていて、それでいてアッサリとしている。なんとも不思議な料理だな」
ふむ。
これで決定しただろう。
まさか、女王より自分の味覚が上だとは言わないだろうからな。
「どうだ。これなら納得したかい?」
「ぐぬぅ……」
タウザーはガクリと崩れ落ちた。
女王は神獣の姿に変わったグラの背中に乗っていた。
「うむ。とても美味かったぞ」
「次はゆっくり食べに来てください」
「うむ。こういうのも悪くないな。王城を抜け出して昼食だけこっそり食べに行くのはありかもしれん」
「ははは。その時は、またグラに運ばせますよ」
「うむ。ぜひ、そうしてくれ」
「はい。その時はとびきり美味い米の料理をご用意いたします」
「ふふふ。期待しておるぞ。では、私は帰る。神獣よ頼む」
「任せるのじゃ」
グラは、女王を乗せたまま王城へ向かって走って行った。
さてと。
「女王には内情は伝えていないんだ。これなら公平だよな?」
「ぐぅうう……」
アミスは俺に抱きついた。
「あは! 稲児さんが勝ったぁ!!」
「ははは。まぁ、なんとかなったな」
「まさか女王を動かすなんて流石は稲児さんです」
「来てくれなかったら危なかったな」
「本当ですよ。卑劣な罠にハマるところでしたね。ウフフ」
「だな。ハハハ」
タウザーは今にも泣きそうな顔をしていた。
プライドが高そうな男だからな。
この負けは相当応えただろう。
「勝負は終わったんだ。この店は今後も営業はする。だから、あんたも気軽に来てくれよ」
「……ぼ、僕が来てもいいのですか?」
「ああ。……勿論、客としてな」
「ううう……」
ガオンは彼の肩を叩く。
「旦那とは役者が違うな兄ちゃんよ。これじゃあ、女も振り向いてくれねぇんじゃねぇか?」
「うう……」
「んもう稲児さんったらぁ。私、心配しちゃいましたよぉ」
「ははは。俺のことを信じてるって言った癖に」
「だってぇ。普通のドリアかと思っちゃったんですもん。稲児さんも人が悪いですよぉ。もっと早くにワンサンビのことを教えてくれたら良かったのにぃ」
「ははは。戦いの行方がどうなるか、わからない方がドキドキするだろ?」
「それはそうですけど心臓に悪いですってぇ」
「それは俺のことを信用してないってことだな」
「んもう。意地悪ぅ♡」
「ははは」
「うふふ! でも、稲児さんが勝って、本当に嬉しいです♡」
タウザーはトボトボと店を出て行った。
え?
なんかめちゃくちゃ元気なかったな。
「おーーい! 次は客として来てくれよーー!」
彼は俺を一瞥してガクリと肩を落とす。
やれやれ。
次来た時は元気の出る料理をご馳走してやりたいな。
彼が出て行ったのを確認して、物陰から出て来たのはニャギエラである。
「か、帰ったかい?」
ああ、そういえば、タウザーは彼女を探していたんだったな。
「
彼女は盗賊ギルドを経営しているからな。
まぁ、色々と都合の悪いことがあるのだろう。
掘り下げるのはやめておこうか。
「それじゃあ、
「なんだ。見てたのか」
「当たり前よ。こんなに良い匂いさせてさ。見ない方がおかしいってんだよ」
「待たせてしまった代わりに今日はご馳走するよ」
「本当かい?」
「ああ。みんな食べるだろうと思って、ドリアはたくさん作っておいたからさ」
「流石は旦那だねぇ!」
外からはグラの声が響く。
「ご主人ーー! 女王を送って来たよぉおおお!」
よぉし。
「みんなでワンサンビドリアを食べようか」
「「「 賛成!! 」」」
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ご愛読ありがとうございました。
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次の作品でお会いしましょう。
異世界米料理〜転移した料理人は米の無い世界で、米の旨さを知らしめる〜 神伊 咲児 @hukudahappy
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