異世界ミステリー:ドラゴン放火事件
人生
ドラゴン放火事件
大通りの喧騒は、都市の片隅にある裏通り、通称『裏町』にまで響いていた。
「……なんだ、この騒音は。うるさくて眠れないじゃないか」
「やっとお目覚めか、アラン。もう昼だぞ。今週の食事当番は君だろう」
「……執筆がいい感じなんだ。稼ぎが得られば食事もより豪勢になる。そう思えば、」
「知るかボケ。それより事件だ、依頼が来るぞ」
寝ぼけ眼をこする自称作家に、私は貴重品のコーヒーを淹れてやる。
「事件か。人が死ぬのを喜ぶなんて、とんだ探偵もいたものだ……」
「お前はそうして稼いだ私の金で養われてるんだぞ。そしてコーヒーが飲める」
「……まぁ、そうだな。人が死ねばコーヒーが飲める。徹夜が出来て、僕の仕事も捗るというものだ。いいぞ、もっと死ね」
ははは、と乾いた笑いをあげながら、アランは私からカップを受け取ると、壁際のデスクに腰かけた。
「で、どんな事件なんだ。そして外はなんでこうも騒がしい。王様でも死んだか? 一般人がコーヒー一杯なら、王族の死はどうなる?」
「外が騒がしいのは、ドラゴンが村を焼いたからだ」
この
それが数日前の出来事。この話が首都の市井にまで伝わったのはごく最近で、私が小耳に挟んだのもつい先日。そしていち早く情報を掴んでいた首都の議会は昨日、ある決定を下したのだ。
「また奇怪な話だな……。さすが異世界、ドラゴンによる放火と来たか……」
呟きながら、アランは壁に貼られた地図に目を向ける。ここに事務所を構えて、初めて稼いだ金で買ったものだ。この異世界の地図である。
「ドラゴンといえば、この辺境の地域かな?」
アランは杖を手にすると、地図を指し示す。私たちの住む央国首都から左、隣国との国境沿いだ。そこにはドラゴンが棲んでいる。
「そうだ。そのドラゴンが辺境の田舎に火を放ったという。それをきっかけに、央国はドラゴンの討伐を決意、軍を動かすらしい。外の騒ぎは、それに対する『ドラゴン教』による抗議デモだな。ドラゴンを守り神と崇める宗教団体だ」
ドラゴンは自身の棲み処周辺を定期的に飛行している。縄張りを見回っているのだろう。その影響か、人の手が及んでいないにもかかわらず、問題の辺境にはモンスターがほとんど現れないという。それゆえに、『守り神』だ。
「事実、国境沿いは最近キナ臭いというのに、ドラゴンの棲み処周辺は比較的平和という話だ。どちらの国も、ドラゴン恐さにあの一帯には手を出せないという訳だな」
「そのドラゴンが、平和な村に火を放った、と。……教団とやらはそれにどう反応してるのかな」
「表向きの主張は、〝戦争の気配にドラゴン様がお怒りになっている〟――そういう方向で、反戦抗議デモも兼ねてるな。ただまあ、個々人はといえば――村の人間が何かやらかしたから、その罰だっていう意見もちらほら」
「そこは守り神なんだから、村はより大きな災いを鎮めるための犠牲になった、とか考えないものかね」
「そういう向きもあったぞ。ちなみに、災いとはなんだ?」
「……そうだな、パッと浮かぶのは〝疫病〟かな。伝染病を外の世界にまで広げないため、ドラゴン様が焼き滅ぼしたのかも」
「恐ろしい神様だな」
「神様っていうのはそういうものだよ。ましてやドラゴンなんて得体のしれないもの、よくも信仰できるもんだね」
そう言ってから、アランはふと思い立ったというように、
「ドラゴンはなぜ村を焼いたと思う? つまり、なぜ人を攻撃したのか」
「それを私が訊いてるんだろう」
「そも、ドラゴンはヒトとケモノ、どっちの側だろうか」
「どういうことだ? ……ドラゴンには他のモンスターとは異なって知能があり、人語を解するという。そうでなければここまでの信仰は生まれないだろう」
「ケモノが人を攻撃するのは、自分が攻撃されたから……縄張りに侵入されたとか、エサを狙ってとか、まあ概ねそういった動物的な本能だ」
「……その点、ヒトは動物よりもっと欲深いな。食糧だけでなく、毛皮など、材料目的として動物を襲う。領地を開拓するため、というのも考えられる。単に趣味で狩猟する人間も……まあ、異世界といえど同じ人間、この世界にもそういう連中はいるだろう」
「さて、そう考えると――ドラゴンは、どういった動機で村を焼いたのか」
ドラゴンはどういった考えで、行動するのか。ケモノのように本能からか、ヒトのように私欲のためか。
「……自分の縄張り、主な寝床を荒らされた?」
「どうだろうね。話によれば、ドラゴンは自分のお膝元に人里の存在を許してるそうじゃないか。神様とまで崇められるということは、ドラゴンに会いに行く人間もいるはず。それに、ドラゴンは人の世には不干渉、これまでも積極的に人間に危害を加えた歴史はないと本で読んだ。……よっぽどのことでもなければ、村を焼くなんて暴挙に出るとは思えないな」
「じゃあ、なんだ……お前はドラゴンの仕業でないと? しかし事実、火災当日にドラゴンの目撃情報がある。でなければドラゴンが村を焼いたという話は出回らないだろう。調査隊が襲撃されたという話も聞いた」
「君の仕入れてきた話を疑うつもりはないけど、目撃情報といえば、ドラゴンは定期的に縄張りを巡回するらしいじゃないか。それがたまたまその日だった、といえる。そして調査隊だが……」
カップ片手に地図を見上げながら、アランはにやにやしている。何か、思いついたのだろう。というかもう、こいつには答えが見えているのか。
「もったいぶらずに教えろよ」
「最初からドラゴンが犯人と決めつけてかかっていたなら、ドラゴンを目にした調査隊はどうすると思う?」
「……人間側が先に攻撃したから、反撃されたと?」
「そういう可能性も、無きにしも非ず、かな」
「……では、村の火災はどう考える? まさか自然発生……事故だったと? ちなみに、村人は全員死亡したそうだ」
「そうか……ならばやはり、その村には〝災い〟があったんだろう。エリック、人間というやつは欲深く、罪深い生き物なんだよ」
おかわりを、そう言ってアランは空になったカップを差し出した。
熱いコーヒーを喉に流し込みながら、私はアランに訊ねる。
「村を焼いた犯人は、人間だと? ……しかし、なんのために」
なんのために、村一つを焼き払って、村人全員を殺す必要があったのか。
「証拠隠滅だよ」
「……なんのだ」
「さてね。……人の口に戸は立てられないものだからね。たとえばその村で人を殺したとして、それを誰かに目撃されたとする。田舎ならその目撃情報はすぐ村じゅうに広がる」
「……だから、全員殺したと?」
「今のはあくまで〝たとえ〟だよ。だけど、その規模を拡大してみれば、どうだろう。個人による殺人じゃない、集団による虐殺と置き換えてみれば」
隠滅は盛大に、村一つを焼き払うにはじゅうぶんな理由になる――
「しかし……集団だと? それは――」
「たとえば、国境沿いに駐留する――国軍」
「!」
「その村で、隣国の軍とのあいだに小競り合いでもあったか、はたまた……物資を狙った略奪行為等、表向きには出来ないトラブルでもあったか。こちらかあちらか、どちらの軍の仕業かは知れないが、どちらにしてもこれは大きな利益になる」
「……なんだと?」
「ドラゴンを始末する、大義名分をつくれる」
「討伐隊……!」
「そう。……あの地域は、ドラゴンの存在もあって国境が曖昧だったね。両国にとって、目障りな存在だったのは事実だろう。なんなら、『ドラゴン教』などという、国の教えに従わない危険分子の存在もある。ドラゴンを〝悪〟として滅してしまえば、おのずと教団からも人心は離れていくだろう」
もっと言えば、ドラゴンを殺す理由をつくるために、村一つを滅ぼした可能性すらある、とアランは続けた。
「これは……濡れ衣だ。冤罪じゃないか。ドラゴンに罪はない」
「罪はない、か。エリック、君はドラゴンをヒトと同じだと、そう捉えるわけか」
「……お前は違うのか?」
「さてね。会って話してみないことには、なんとも」
「……しかし、分からん。なぜ、そうまでしてドラゴンを殺そうとする? こちらが手を出さなければ、向こうは何もしない。人の世には不干渉らしいじゃないか。放っておけばいいものを……」
「ドラゴンを崇める人間がいるなら、それを敵視する……『アンチ・ドラゴン教』ともいえる思想、勢力があっても不思議じゃないだろう? なんたって、相手は……人間より強大な力を持った、
君も言っていただろう、とアランは指摘した。
――ドラゴンには他のモンスターとは異なって知能があり、人語を解するという。
「あれは、言葉の綾というやつで、」
「それは分かるよ。たとえば仏教徒だって、〝アキレス腱〟という言葉は使う。ギリシャ神話由来でも、知識として認知している。聖教徒だって男性の喉にあるふくらみについて訊ねれば、〝喉仏〟と答えるだろう。仏様を信じていなくてもね。異なる思想であっても受け入れているものだ。ドラゴンは強大な力を持つモンスター。かのドラゴン教だって、その事実自体は受け入れているはず。神様と呼んではいても、そう畏れ敬う時点で認めているようなものだ」
「……何が言いたい? お前の言い回しはもったいぶってて、よく分からん」
「つまり、モンスターとは人の理解が及ばない脅威であり、それを皆、潜在的に理解しているということ。知能があったって、広義のうえではモンスター。むしろ、知能があるからこそ、人はそれをより恐れるんだ。……たとえば、ドラゴンが敵国に味方したら?」
「…………」
「ドラゴンは定期的に巡回飛行するという。それってもう、自分たちの頭上を戦闘機が飛び回っているようなものじゃないか。〝慣れ〟というものはあるんだろうが……僕なら気が気でいられないな。戦闘機、いやさ航空機だってそうさ。操縦者の気まぐれ一つで、それは街を襲う脅威になる。イライラしたから、世間が嫌になったから、人を殺す……そうした犯罪は実在する。同様に、戦闘機のパイロットがそうした動機で、いつ地上を爆撃しないとも言い切れない」
ドラゴンがいつ人を襲っても、不思議じゃない。そう考える人間が一定数いる、と――
「だから、ドラゴンを殺す。しかし、それは個人では行えない。だから、国を動かした――まあ、そういう想像も出来る。なんなら、これが緊張状態にある両国の、戦争を始めるきっかけにつながるかもしれないな」
「……キナ臭い話になってきたな」
「国ぐるみの陰謀だ。これはもう一介の、それも出自不明の怪しい探偵風情が追及できる事件じゃない。……どうせ依頼も来てないんだろう?」
「……まだ、来てないだけだ」
「なんにしても、変な気は起こさないように。それに、ドラゴンが討伐隊なんかにやられるとも決まってない」
「しかし、攻撃すれば反撃される。それこそ怒りを買う恐れも……」
「……僕らこそ、この世界の事情には不干渉であるべきだ。それに、ドラゴンの冤罪を晴らしたところで――いや待てよ、物語のドラゴンといえば棲み処に財宝を蓄えていることで有名……」
「それに、ドラゴンのような人の理解の及ばない存在なら、私たちが元の世界に帰れる方法も知ってるかもしれないぞ」
「…………」
「…………」
さて、これは厄介な問題になってきた。
「……ドラゴンを救う手立てがあるとすれば、まずはドラゴンに味方する勢力に話をつけるべきかな」
「いや待て、こちらから話を持っていくとなると……依頼料がもらえない」
「では、やってくるのを待つとしよう」
「そ、それがいいな」
――数日後。
群を挙げてのドラゴン討伐隊は、返り討ちにあったという。
ドラゴンは人間ごときに対処できる存在ではなかったのだ。
私たちが恐れたような「ドラゴンの怒り」も……特になく、ドラゴンはやはり、人間には計れない存在なのだと思い知る。
討伐隊は「脅威に立ち向かいました」というかたちだけのものだったのか、第二第三の派兵は行われず、この件はむしろドラゴンの強大さを世に知らしめるエピソードの一つとして広まることとなった。
国としても、隣国を警戒しなければならない状況で、ドラゴン討伐に資源や軍費を割くわけにもいかなかったようだ。
そうしてこの一件は、市井の人々の話題からも遠ざかっていった。
あの日、あの村でいったい何が起こったのか――私たちには想像する他にない。
あるいは人間の理解の及ばないところで、ドラゴンの逆鱗に触れた……そんな可能性すらあるのだから。
すべては神のみぞ、いや――ドラゴンのみぞ知る、といったところか。
「『脅威! ドラゴン放火事件に隠された陰謀!』というタイトルで雑誌社に持ち込んでみたところ、予想以上の報酬がもらえたぞ! いやぁ、印刷技術の進んだ異世界で良かったよ実に! そういう訳だからエリック、コーヒーを淹れてもらおうか! 僕の金でね!」
「くっ……今に見てろ……名探偵としてこの異世界で名を馳せてやるんだからな!」
異世界ミステリー:ドラゴン放火事件 人生 @hitoiki
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