真夏の夜のオレ

小烏 つむぎ

真夏の夜のオレ

 夏休みが始まってすぐ、とかじゃないよ。この頃ってまだヤル気があってさ。けっこう真面目に午前中、なんならエアコンの利いた部屋で午後からも宿題とかやってるわけさ。


 もっと夏休みに馴れた頃。ひと通りプールとかで友達とも遊んでさ、かき氷も食べてさ。映画とかも見終えてさ。工作か読書感想文か、そういう大きなヤツをひとつくらい片付けるか、片付く目途がついてさ。そろそろ真面目に宿題をやるのも面倒だなぁってなる、そんな頃だよ。


 花火大会も終わって、今年はいつから田舎のじいちゃんちに帰省する? って親がしゃべり出した頃でもあるよな。


 その頃になるとね、なんとなく生きてるのが苦しくならない?

オレだけかな。


 母ちゃんはスイカの食べ過ぎだっていうんだけど。スイカを食い過ぎて人は生きる気力を失うか? 違うだろ。


 父ちゃんは夏バテだろうって言う。夏バテなんだろうか。オレ来年から中学生だぜ。バリバリ元気な盛りだろう?


 友達との約束も何だか億劫で、父ちゃんも母ちゃんも仕事でいないのをいいことに、ついなんにもしないでソファーでごろごろしちゃう。オンラインのゲームも何でだろう。楽しく思えなくてやる気にならなくて、ラインの通知も既読スルーだ。


 友達には「遊んでたツケが来て、田舎に行くまでに宿題やんなきゃ母ちゃんが怖えんだ」って言ってるけどさ。本当は違う。


 理由なんかないんだ。とにかく寂しくて、やる気が出なくって。でも焦ってて。どうしてだかいろんな色がさ、くすんで見えるんだ。


 特に夜。辛いんだ。なかなか寝付けなくて、ずっと起きてて月が動いていくのを見ていたこともある。そのせいで昼間に眠くって、うつらうつらしちゃうんだよね。


 なあ、他にもこんなヤツいる?

オレだけ?


 そうこうしているうちに、「お盆」になってじいちゃんちに行く日になるんだ。


 父ちゃんが運転する車に荷物を詰め込んで、高速で三時間。実はじいちゃんちは田舎って言うほど田舎じゃない。少し行かないと田んぼもないし、山には近いが川はない。まあ俗にいう郊外ってやつだよな。


 近くの県道には車がひっきりなしに通ってるし、並走するように線路があって1時間に一本電車が通ってる。この踏切のひとつがじいちゃんちの近くにあって、夜もけっこううるさいんだ。でもこのうるささは気が楽。

 

 「どうした? 寝られんのか?」って聞かれても、踏切がうるさくて寝られないって言えるだろう。


 お盆の行事ごとが終わったら、恒例の庭でテントだ。あ、その前に従姉妹らとバーベキュー大会な。じいちゃんと父ちゃんが張り切ってU字溝を改造したものに炭を熾すんだ。二年生の時からオレも手伝ってる。火を熾すのは面白いんだぜ。


 今回はばあちゃんと百均に買い物に行って、火吹き竹のカッコいいのを買ってもらった。金属でできたストローで、望遠鏡みたいに伸びたり縮んだりするんだ。こういう道具ってテンション上がるよな。


 みんなで食べるバーベキューはおいしいさ。でもバーベキューそのものより、だんだん暗くなる中どんどん赤みを増していく炭を見ているのがいい。なんだか気持ちが穏やかになって来る。缶ビールを持ったじいちゃんの隣で黙って揺らめく熾火を見ていると、ぺちゃんこになっていた心に少しだけ空気が入ってきたみたいな感じになる。


 この感じ、わかるかな?


 その夜はバーベキュー臭いまま、庭の隅っこに立てたテントに古い布団を敷いて、外に蚊取り線香をぶら下げて父ちゃんと二人でごろ寝だ。前はじいちゃんも一緒だったけど、去年腰を痛めてから家で寝るようになった。


 何かしゃべるときもあるけど、今回はテントの隙間から街灯に負けそうな星空を眺めているだけだった。横になっていた父ちゃんがお酒臭い息で、オレの名前を呼んで「北極星は見えるか」と聞いた。


 「見えん」

「見えんか」


 それからしばらくして父ちゃんの寝息が聞こえだした。県道を暴走していくバイクの音がうるさい。踏切が規則正しくカネを鳴らし、しばらくして電車がこれまた規則正しい音をたてて通り過ぎた。


 気がつくと家の灯かりが廊下と勝手口を残して消えていた。


 いまオレ一人じゃん。一人っきりじゃん。


そう思って胸がぎゅっとなった時、父ちゃんのイビキがした。息が引っかかる様な変なイビキで、それがなんだか可笑しくて思わず笑い声が出た。


 翌朝母ちゃんにたたき起こされたオレの心には半分くらい空気が入っていて、あともう少し深呼吸したら心が膨らみそうだなと思った。


 次の日はじいちゃんに市民農園に連れて行かれて、暑い中大汗をかいて区画内の草取りをした。それからキュウリやらトマトやらを山のように収穫して、隣で畑をしているオバチャンにスイカをもらった。じいちゃんがスパッと切ってくれたスイカは、キレイな真っ赤で甘くて瑞々しくてメッチャ美味しかった。その夜は疲れはてて夢も見ないでぐっすり眠ったよ。


 また心にちょっとだけ空気が入ったような気がした。


 週末、家に帰ったら残りの宿題をやろうと思えた。

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