終
「あいつの取り巻き超めんどくさいんだよね」
非公開の鍵アカウントで愚痴をこぼせば、すぐに「ほんまそれな」や「お月様だからさw」と空中に浮いた私宛の返信が見えた。
絵文両刀だとか言うけど、あんなクソみたいなバランスのイラストに金払おうとは思わない。文章だって、何言ってんだか意味不明の独自用語ばかりのファンタジーだし。
どうしてあんなのが慕われんだか、無駄にちやほやされてる。たぶんあれ、金ヅルにしようとしてるだけだな。私も褒めてやったら本買って行ったし、キャラを好きだとか言ってた。
ウエメセの感想が届いたときは猫乃さんと笑ったけど、あれは……考えなくても、どういうことかすぐにわかった。
猫乃さんがタイムラインに浮上してこないのは、お月様に殺されたんだろうか。
私の本をイベントで買って行くことはわかっていたから、仕込んでおいたアレが役にたったのかな。親しくしていたフォロワーが浮上してこないのも、きっと同じ理由。
「召喚できるくらいの画力はあったんだぁ」
面白くて仕方ない。手が左右逆だったり、目の焦点が合っていなかったり、背景と体が一体化していたりするようなイラストを描くような人だったけど、召喚に必要なものは作れたんだ。面白すぎるっしょ!
猫乃さんには悪いけど、この世には知らなくて良いこともけっこうあるんだ。知っておいたほうが良いこともあるけれど、知らないほうが良いこともある。知らぬが仏って言葉もあるように。彼女が知っていたら、私の友達は減らずに済んだかなぁ……。あー、でも、私利私欲で神を使うのは難しいか。
私は古ぼけた本の表紙を撫でる。古本屋でたまたま見つけた本。内容が意味不明だからってことでワゴンセールで10円で売られていた。状態もそれほど良くないし、紙が劣化してボロボロになってるから、売物として存在することがおかしいくらいのものだ。
私は一目見た時から胸が高鳴って、表紙に何と書いてあるかもわからないし、裏表紙に貼られた古本屋の値札も剥がせないくらいのボロボロにけば立った本だけど、禁忌に触れてしまうような高揚感があって、つい手に取ってしまっていた。
中身は何語かもわからないくらいに滲んでしまっているってのに、どうして買ってしまったんだろうって気落ちしていたのに、とあるページだけ、内容が頭にはっきり理解できた。
永遠の真理を求める魔術師達が求めた神、奇異なる喜びをもたらす神、虚空より恵みを降らすもの、智慧を植え付けるもの、真実を見る瑠璃の瞳……。
気付けば、私はそのページに載っていた召喚術を試す準備をしていた。絵具を作ろうと思って買っていたラピスラズリがこんなところで役に立つとは思わなかったし、召喚したいと思った途端に雨が降り始めたことも天啓だと思った。
上手くいかなかったら、それをネタに新しい話を書けば良い。
そういう気持ちで、召喚術を執り行った。
――そして、私は神と出会った。
雷鳴が咲いている。パッ、と開いて消えていくのは、とても美しくて恐ろしい。一瞬だけ見える輝きが、儚くて良いと思うんだけど、怖がる人が多いんだ。雨は強くなっているようだった。
「こんばんは」
「縺代>縺。様!」
「……発音できるんやね、名前。ま……良いか」
空色の髪に紺碧の瞳の神は、私に向かって優しく微笑む。
美しい人形のような姿の彼は、私に智慧を与えてくれた。色々な知識を授けてくれた。
彼の為に祭壇を作り、祈りも欠かさず行っている。人間が感謝を表すにはこれぐらいしかできない。私は代価を支払えるほど高尚な人間ではない。時間を支払うのも難しいぐらいだった。
代価は時間だと告げられた時に、一度断ったからか気に入られてしまった。私のような低俗な人間を気に入ってくださるなんて、恐れ多い。神の恩恵を得て今の私がある。
商業作家としてデビューも決まったし、イラストレーターとしての仕事の打ち合わせも始まっている。
だから私は彼を信仰する。彼の言うようにすれば、何もかもが上手くいく。その紺碧色の瞳が、真実を見通してくれる。
「ラピスラズリの石言葉知ってる?」
彼は祭壇に供えた鉱石を摘まみながら尋ねた。部屋の照明で星々が輝く。彼の瞳の中の星もまたたいて見えた。
「はい。ラピスラズリの石言葉は、真実です」
「それ以外にもあるけれど、知ってる?」
「はい。崇高、幸運、健康などあります。ですが、私は縺代>縺。様の瞳の色と同じですので、真実が一番似合っていると思います」
「それは誤り。だけれど、色の見え方はその人の目によって変わる。俺の瞳は紺碧色であって、瑠璃色ではない。しかしながら、瑠璃はラピスラズリの和名であり、ラピスラズリの色は紺碧色と例えられることも多い。堂々巡りになってしまう」
彼はラピスラズリを自分の目の高さに持ち、私をじぃっと見つめる。冷たい視線が私の内部を貫き、全てを見通していく感覚がする。正直恐ろしい。私の心まで読まれているならば、不敬に当たってしまう。これからどんな罰がくだされるか考えれば結果は明らかになってしまう。
何をするでもなく、彼はラピスラズリを祭壇へ戻し、こちらを向いた。
「永遠の真理を知るには、代価が必要となる。それでも、あなたは知りたい?」
ああ、これは、ご褒美だ。彼から私へとびっきりのご褒美をくれる決まり文句だ。
私は彼の足元に跪き、首を下げる。屈服の意思を表す。崇拝していることを示す。
「教えてください。私はいかなる代価もお支払いいたします」
「では、代価を頂こう。永遠の真理を知るに必要な代価は――」
体が急に浮かび上がる。見えない糸のようなものが体に絡みついている感覚がした。自重で糸が食い込み、皮膚を少しずつ切っていく。ちらりちらりと垂れていく血は、そこに確かに糸があることを証明するように、四方八方へと赤い線を描いていく。刺すような感覚が増してきた。
何処かでカラスが鳴いた。紺碧色の瞳の中の星がまたたく。ぞわぞわする悪寒が全身を駆け抜けていき、意識が朦朧となってきた。それと同時に懐かしい香りを感じる。
「神の意志を理解するのは人間には不可能なこと。俺が今あなたをどうしたいかなんてあなたにはわからないし、知る必要も無い。この世には生き続ける人間もいれば死ぬ人間もいる。何故健康を取り戻す人間と取り戻さない人間がいるのか。こうして生きているだけで奇跡だと言えるのに、どうして関心が無いのか。一秒一秒呼吸を続けられるだけで奇跡のひとつである。俺が人間に向けている関心は、あなたが自分の皮膚に常在する微生物に向ける関心と同じものだと言える。それぐらいに、どうでも良い。……無駄話をしてしまったが、あなたに教えてあげよう。崇高なる意志を尊重し、永遠の真理を知るために、瞳を授けよう」
カラスが再び鳴いた。私の体はドサッ、と床に落ちた。既に縺代>縺。様の姿は無かった。
私は祭壇の前に座り、祈りを捧げる。頭の中が純化されていっているような気がする。
雷鳴が咲く。大きな衝撃と共に部屋の照明が消えた。一時的な停電だと思う。
濃くなりまさる闇の中に紺碧の瞳が浮かんでいた。何処を見ても目がある。どっちを向いても目玉がぎょろりとこちらを見やる。
目を閉じても目が浮かんでいる。闇の中に浮かんでいる。紺碧色の瞳がぎょろぎょろ動いている。
頭の中に次から次へと映像が流れていく。何が見えているのかもわからない。目が多い、目玉が浮かんでいて、瞳が閉ざされていても、何かが見え続けていて、ネタに、ネタにできるのでは? ああでもだめだ。何処を見ているかもわからない。これは一種の精神的な麻痺だと考え、ああああ、目が、頭から離れない。やつが見ている。お月様が見ている、嘲笑っている。窓の外で笑っているのが見える! ここは5階だってのにわざわざ笑いに来やがって!
全身の神経という神経が真実を見ている。あれは間違いない。本人だ。
殺せ! 殺せ!
皮膚の細胞一つでさえも、急かしてくる。微生物達が躍っている。
カッターナイフを手に取り、窓へ向かって歩く。歩みを進める度に足元の黒い水溜まりが弾け、虫が飛び立つ。私も飛び立つ!
お月様の首を裂いて見えた景色は、美しい真っ赤な夕焼け!
ああああ、見えた! 見えた! あれが――……。
ぐちゃりっ!
終
真実を見る瑠璃の瞳 末千屋 コイメ @kozuku
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