苦い実り
葦沢かもめ
苦い実り
僕は、いつものように早起きした。太陽が地平線の向こうに顔を出し始めたところだった。僕は道具を持ってコーヒー畑に向かった。ほんの数年前まで、コーヒーがカフェインを摂取するための飲み物だったなんて信じられない。今は、生きるために必要なライフラインである。
僕たち生存者のコミュニティは、必須の栄養素とビタミンを摂取できるように遺伝子操作された新しいタイプのコーヒーに頼っている。コーヒーは僕たちの貴重な栄養源であり、コーヒーなしではここまで生き延びることはできなかっただろう。
僕は物心ついたときからコーヒー農家を営んでいた。この畑の隅々まで、コーヒーの木の一本一本まで、僕の頭の中にインプットされている。
「ジャック、早起きだね」と、親友のマリアが声をかけてきた。マリアとは何年も前から一緒にこの農場で仕事をしている。僕の信頼できる相談相手だ。
「うん。眠れなかったんだ。新しいコーヒーのことを考えてた」
「それがどうしたの?」
「何かが足りないような気がして……そんな考えがどうしても頭から離れない。コーヒーが僕たちを飢えから救ってくれているのは知っている。でも、もっと何かがあるはずなんだ」
マリアは僕の目を見て、こう言った。
「ジャック、あなたはいつも改善する方法を探してる。でも、気を付けなきゃ。不必要なリスクは冒せないんだから」
その通りなのだが、新しいコーヒーには僕たちが思っている以上の何かがあるような気がしてならなかった。
その日が終わる頃には、何か行動を起こさなければと思った。そこで、新しい資源を探すために廃品回収に出かけることにした。
廃墟と化した街を歩く。アポカリプスで荒廃した世界を前にすると、僕たちの存在がいかに儚いものであるかを思い知らされる。しかし、僕は希望を信じていた。何か、僕たちを助けてくれるものがあるはずなのだ。
そして、ある角を曲がった時、それは目の前に現れた。コーヒー農園の跡地だった。農園に近付いてみると、私の心臓は高鳴った。希少な種を見つけたのだ。あのアポカリプスの影響も受けていないように見える。その時、僕はこの種をコミュニティに持ち帰り、僕たちが生き残るための鍵になるかどうかを確かめなければならないと思った。
コミュニティへ戻る途中、僕は興奮と恐怖を拭い去ることができなかった。この新しいコーヒーには、良くも悪くも全てを変える可能性がある。僕は、この新しい道をどう切り開くか、最善の決断をしなければならなかった。
コミュニティに戻った僕は、見つけた珍しい種を早くマリアに見せたくなった。
「マリア、これを見て」
僕はマリアの目の前で種を取り出した。
マリアは信じられないとばかりに目を見開いた。
「どこで見つけたの?」
「古いコーヒー農場で。珍しい種だ。僕たちが生き残るための鍵になるかもしれない」
マリアは真剣な表情になった。
「ジャック、私たちは後先考えずに新しいものに手を出すことはできない。安全でなかったらどうするの?」
彼女が正しいことは分かっていたが、この種に僕が探し求めていた答えがあるような気がしてならなかった。
「君の心配は分かるけれど、これは僕たちのチャンスだよ」
「分かった。じゃあ試しに一粒、育ててみよう。もし危険そうだと思ったら、すぐに中止する。それでOK?」
「もちろんだ」
こうして僕たちは、新しい種の存在を秘密にして実験を開始した。その結果は驚くべきものだった。新しいコーヒーは、必要な栄養素を全て含むだけでなく、病気を治したり、寿命を延ばしたりする可能性すらあったのだ。
僕たちは、新しいコーヒーの力が計り知れないものであることを理解した。
「僕たちは、このコーヒーの存在を明らかにすべきなんだろうか」
「みんなが受け入れてくれるかは分からない。下手をすれば、争いの火種になるかも。私たちが手に入れていい代物なのかな」
ここに座ってコーヒー畑を眺めていると、僕たちの秘密が肩に重くのしかかるような気がする。太陽が沈み、木々に暖かいオレンジ色の光を投げかけている。木の葉のそよぎや、コミュニティの人々のおしゃべりが聞こえてくる。穏やかな光景だが、僕たちが運命を握っているのかもしれないと思うと、楽しむことはできなかった。
マリアは、僕と同じように罪悪感に満ちた目で、僕に近づいてきた。僕たちは、あのコーヒーのことを決して口外しないと決めた。それは一生、僕たちを悩ませることになるだろう。僕たちは人類を救う可能性があったことを知っている。でも、それには大きな代償が必要であることも知っている。
僕たちは、静かに夕日を眺めた。僕は、彼女の顔に刻まれた後悔を見ていた。彼女も僕の顔に同じものを見ているのだろう。僕たちは選択をした。そして、それを背負って生きていかなければならない。罪悪感はある。だけど僕たちは、コミュニティと人類のために最善だと思うことをしたのだ。
太陽が地平線の下に沈む頃、僕はマリアに向き直った。
「僕たちは正しいことをしたんだ」
彼女を安心させるためというよりも、自分を納得させるために言った。
彼女はうなずいたが、その表情はまだ重苦しかった。
「そうだといいんだけど……」と、彼女はそっと言った。
僕たちは黙って座ったまま、夜がゆっくりと更けていくのを見つめていた。
苦い実り 葦沢かもめ @seagulloid
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます