おしやさまは極楽のはすいけのふちに立って、この一部始終をじっと見ていらっしゃいましたが、やがてかんが血の池の底へ石のように沈んでしまいますと、悲しそうなお顔をなさりながら、またぶらぶらお歩きになり始めました。自分ばかりごくからぬけ出そうとする、犍陀多のな心が、そうしてその心相当なばつをうけて、元の地獄へ落ちてしまったのが、お釈迦様のお目から見ると、あさましくおぼされたのでございましょう。

 しかし極楽の蓮池の蓮は、少しもそんなことにはとんじゃくいたしません。その玉のような白い花は、お釈迦様のおみあしのまわりに、ゆらゆらうてなを動かして、そのまん中にある金色のずいからは、なんとも言えないよいにおいが、たえなくあたりへあふれております。極楽ももうひるに近くなったのでございましょう。

(大正七年四月十六日)

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蜘蛛の糸 芥川龍之介/カクヨム近代文学館 @Kotenbu_official

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