派遣契約、満了です



「しゃ、しゃしん」

「なるほど、写真撮られてたんですね」

 尾崎が震えながら頷く。

 蓮花は、橋本の尻のポケットからスマホを取り出し、顔認証で解除した。

「やめ、やめろ……」

 アルバムをタップすると、中には怯える女性たちの、半裸の写真がたっぷり。少し指でフリックするだけで、吐き気がした。

「はー。クズ野郎」

 尾崎が言うには、橋本は酔わせた女性の半裸写真を無断で撮り、時々SNSに載せるぞと脅して際どい写真や、金銭をせびっていたらしい。

 蓮花のことも、どうにかして飲みに誘い、あわよくばを狙っているだろうとのことだった。だから尾崎は、歓迎会を断るように助言したのだと言う。

「こんなクズだから、呪い殺したいのか――宇野」


 ぞわり、ぞわぞわ。

 ぞわぞわり。


 ギャハハ、と笑って橋本に同調していたはずの、同僚の宇野が、冷酷な目で橋本を見ている。

 

「どけ。殺す」

「……」

「そいつのせいで、妹は……」


 宇野の妹は、精神を病んで田舎に引っ越した、とシオンが調べていた。付き合っていた男に裏切られた、と言っているらしいと。そしてその宇野が、橋本に張り付いている。つまりは、復讐ではと見当がついた。

 

「宇野。まだ間に合う。それ以上は戻れなくなる」

「ギャハハ! だからなんだっつんだよ! そんなやつ!」


 狂った宇野が、唾液をまき散らして叫ぶ。

 残業時間でフロアに人がいないのが救いだ。


「反省どころか! コレクションだっつって! 見せびらかすんだよ! この俺に……妹の写真を!」

 

 橋本が、目を見開いて首を振る。妹だとは知らなかった、ということか。本当にクズだな、と蓮花は息を吐く。

 

「……救いたいんだ」

「こんなゴミをか!」

「違うよ、あんたのことだよ、宇野」

 

 自殺した社員も、自殺未遂した社員も、橋本が見せびらかした写真をネタに、尾崎をゆすっていた。その尾崎の恐怖が、このオフィスに巣くっていたを起こし、呪いを振りまき、弱い順に侵されていった――宇野は、そのに、自ら堕ちようとしている。

 

「吞まれるな」

「うるせえ! 地獄に落とすんだ! そんなやつ!」


 蓮花は、左の手のひらを上に、手を前に突き出して言う。


「……蓮華れんげ


 ぬろろろろ、と手のひらから生えるのは――白く煌めく刃を持つ日本刀だ。

 全員がそれを見て、息を呑んでいる。


「そいつが地獄を見たら、満足?」

 宇野が、その刃に魅せられたようにぼうっとしつつ、頷いた。

「わかった」


 ちゃき、と鍔を鳴らして、蓮花は刀を正眼に構える。

 尋常でなく動揺し始めたのは、縛られたままの橋本だ。


「は、は? まさ、え、切る? おれ、切る?」

「うん。切る」

「はええええ……」


 じょわわわ、と失禁されてしまった。

 

 蓮花は、それを踏まないように踏み込むと、手に持っていた橋本のスマホを空中へ放り投げ、

「しっ」

 一刀両断した。――まっぷたつになり、バチバチと音が鳴った後、床にガシャンと落ちた。

 

「……そいつの心は、切った。もうヒトには戻れない。どうだ?」


 宇野は、涙を流して、呆然と立っている。蓮花は、少しずつ近づいていく。左手で蓮華を持ち、右手を差し出す。


「あ……俺は、戻れる?」

「戻れる」


 いつの間にか尾崎も、泣きながら宇野に手を差し伸べている。

 ――宇野が、それぞれの手で、ふたりの手を握り返した。


「……さあ、離れて」


 蓮花は、二人を背に、身体の向きを変える。


 ぬわん、と宇野から離れた、影。

 

 宿主候補を奪われたが、黒いドロドロの姿で、空中で揺れている――ぬおおお、ぬおおお、と鳴いて。


「すごいなあ、これほどの恐怖と嘆き。この会社、人を大事にしないんだね」

 ――あの人事部長の対応を見ると、当然か。

 


 蓮花は、刀を八相に構えて。


「……滅」


 唱えながら、鮮やかに蓮華を一閃。

 ――安心しなよ、社長にちゃんと伝えとくから、と思いながら。


 ぬおおおおん……


 一声、頼んだよ、と言われた気がした。




 ◇ ◇ ◇



 後日、シオンが

「社長から、ふんだくっといたよ」

 と笑いながら教えてくれた。

「あやかしとか半信半疑だったらしいけど、橋本を見て以来、毎日神棚に祈ってるんだって。笑える」

「そんなことより、人事改革、ですよね」

「それも、たっぷり脅しといた。渡辺部長だっけ? 飛ばされたらしいよ」

「へえ」


 宇野は、田舎で妹と暮らしながら、一からやり直しますとスッキリした顔で退職していった。尾崎は派遣契約満了で退社し、また一から職探しします、と笑って、なぜか強引にラ○ンを交換させられた。

 そして二神はなぜか。

「シオンさん……! 蓮花さんが好きな本を、教えてくださいませんか?」

 

 ねこしょカフェの常連になった。

 

 セクハラに毅然と対処した蓮花の姿に、惚れたのだとか。

 なんとかデートだけでも! としぶとくついて来られて、尾行をまいているうちに、それを上回る尾行技術を身につけて来られて――ねこしょカフェが、バレた。

 

「尾行訓練もそうだけど、本から攻めるとか、ほんとバカみたいだね」

「ふぐう!」

「どうせ自分から女性口説いたことないんでしょ。寄ってきたやつ適当に相手してただけで」

「はああ!」

「そういうの、恋愛って言わないんだよ」

「ぐごごごご」


 奥のテーブルに突っ伏す、見た目はイケメン、中身は残念、を冷たく見下ろすのは、モーニングを食べに来た蓮花だ。


「あ、蓮花。コレ、やっつけといたよ」

「ありがとうございます?」

「また新規オファー来てるけど」

「伺います。暇なので」


 二神は、それを聞いてがばりと起き上がった。


「暇なら、僕と!」

「絶対嫌です……シオンさん、コレまだ生きてる」

「くそ、攻撃が弱かったか」

「なんで倒す前提!?」

 

 

 ――退魔OL、次のオフィスへ参上いたします。

 

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退魔OL参上! ~派遣先で無双します~ 卯崎瑛珠@初書籍発売中 @Ei_ju

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