第48幕 ゆびきりげんまん 5
「どうしたのアリシア?さっきから元気ないみたいだけど…」
イシュメルに帰るバスの中、シンクローズを出発した時からアリシアの様子がおかしいことが気になってしょうがないジニーがアリシアに尋ねた。
「…実は、さっきシンクローズのバス停にウィルが居たの…」
「さっき"危ない!"っていきなり叫んだの、ピエロさんにだったの?」
「そう…、車に轢かれそうになってたからびっくりしちゃって…。ウィルは無事でそのまま街の方に走って行っちゃったんだけど…」
「言ってくれればバス降りたのに…」
「だって…、ジニーがウィルの話するなって言うから」
「ぁ、そっか。…ごめん」
もう高速道路に入ったバスを降りることは出来ない。
「ピエロさんが心配?」
「うん…。すごい慌てた様子だったから…」
浮かない表情のアリシアの横顔。
その表情は今まで一緒にいた日々の中では見たことが無い、1人の女性としての別の顔に見えた。
「世界中を旅してたサーカス団のピエロなんだろ?心配すること無いんじゃないか?」
「そぅ…だといいんだけど…」
サーカス団のこともピエロさんのことも、アリシアから聞いた話だけで、詳しいことは分からないけど…。
でもアリシアの不安そうな気持ちを少しでも軽くしてあげるために、俺が言ってあげられること…。
「アリシアは…、本当にピエロさんのことが好きなんだな…」
「うん。ずっと傍に居たいって決めた人だから」
「そっか」
"ウィルの話はしないで"なんて言っちゃったけど、もしその言葉を言わなければ、アリシアの色んな表情が見られたかも知れないのに…。
「俺も…アリシアのことが好きだよ…」
「ぇ…」
不意に言われた言葉に驚き、ジニーの顔を見た。
そのジニーの顔は真剣で、迷いの無い目をしていた。
「幼なじみとしてじゃなく…、1人の女の子として。ずっと一緒居たいと思ってるよ」
「困るよぉ…、急にそんなこと言われても…」
ジニーの真剣な表情にドキッとして視線を反らす。
でも…、ジニーからの告白の言葉に、嫌な気持ちは一切無かった。
「だからアリシア、約束して。ピエロさんと幸せになるって」
そう言ってジニーは左手をアリシアの前に付きだし、小指を立てる。
「ゆびきりげんまん、しよう」
…アリシアがこれからもずっと笑顔を絶さないで居てくれたら…、それだけで良い。
「…うん」
アリシアは右手の小指を立て、ジニーの左手の小指に絡める。
「アリシアはこれからもその笑顔のままでピエロさんと幸せになるって。もし次帰ってきた時、泣きそうな顔してたら、俺はピエロさんをぶん殴りに行く」
「じゃぁ私も!ジニーはこれからもアニスちゃんと仲良く学校に行く。泣かせちゃダメだよ?」
と言ってにこっと笑うアリシア。
昨日のアニスちゃんの様子を見ただけで、ジニーのことが本当に好きなんだなぁ、って伝わって来たから。
「ぇ…、それは…ちょっと…」
アニスちゃんのことになると歯切れが悪くなるジニー。
「あ?そりゃないぜジニー…そこは嘘でも"わかった"って言うところだぞぉ?」
ジト目でアリシアに睨まれた…。
「ぁ…うん…」
「ゆ~びきった!」
「ちょっ!」
ぱっと小指を離して誇らしげな笑みを浮かべる。
「ありがとジニー、元気出たよ」
「…そっか、良かった」
日が傾き始める遠くの空の雲の隙間から、天使の梯子が地上に降り注ぐ帰り道。
お互いの想いを打ち明けた2人の心は清々しく、窓から眺める空もより一層綺麗に見えた。
イシュメルの街にサーカス団が来たあの日と同じ空だった。
•••••••••••••••
「アリシア!街の入り口に"RIZWALD"って書かれた馬車が来たぞ!」
「ほんとに?!見に行こうジニー!」
ジニーが見た馬車を探しに家を飛び出すアリシア。
予告も無しに突然やってくる移動式のサーカス団、"リズワルド楽団"。
世界中を飛び回るサーカス団の噂は新聞や雑誌にも取り上げられていた。
…継ぎ接ぎだらけのお手玉を赤い鼻のピエロさんに返すんだから…
イシュメルに訪れる日を今か今かと待っていたアリシアは港の宿屋前で馬車から荷下ろしをしているサーカス団を見つけた。
新聞に掲載された写真にはピエロ衣装に身を包んだオレンジ髪の青年とピエロより少し背高い赤い髪の青年が背中合わせでパフォーマンスをする姿が写っていた。
「アリシアのいうピエロ、居そう?」
「まだ、分かんない…」
アリシアとジニーは建物の影からサーカス団の様子を見ている。
身体が太めな黒髪のおじちゃん?が2両目の馬車から荷物を下ろす姿をじーっと眺める。
1両目の馬車から赤い髪の女の人が焦げ茶色のトランクを持って降りてくる。
その女の人の後ろに続いて降りてきたオレンジ髪の髪の男性。
「ぁ…あの人だ…」
その男性を見た瞬間、とくん、と胸が熱くなるのを感じた。
…やっと…会えた……ピエロさん…。
「行こうアリシア」
ジニーは建物の影から出て歩き出す。
「ぁ…待って…」
ジニーの袖を掴んで呼び止めた。
「え?なんで?お手玉返すんだろ?」
いつもの物怖じしないで突き進む、元気なアリシアじゃない。
「ぁ…置いて…きちゃった…お家に…」
お手玉を家に忘れたのもあるけど、足がすくんでサーカス団の人たちに会いに行く勇気が出ない…。
「もう…なんだよ…、じゃぁ帰ろ。
今日来たばかりなんだから、明日も居るだろ?」
その時見たいアリシアの緊張したような表情は、今まで見たいことの無いもので…。
ピエロさんに会いたがっていたのは、ずっと昔から知っている。
アリシアの喜ぶ顔が見たいのとは裏腹に、ピエロさんにやきもちを妬いた俺は、なんとかアリシアをピエロさんから遠ざけたい気持ちが芽生えた。
「うん…、また明日ね…」
「ん」
アリシアはしょんぼりした様子でジニーの別れ、家に戻る。
お家のキッチンではお母さんが夕食を作っている所だった。
「お母さん!サーカス団が今、この街に来てるよ!」
「あら、そうなの?本当に予告なしに来るのねぇ。赤鼻のピエロさんは居たの?」
「居た…けど…、お話出来なかった…」
しょんぼりとうつ向いて話すアリシアに、シエスタは野菜を切る手を止め、アリシアに目線を合わせる。
「ふふ…、緊張しちゃったの?」
お母さんが優しく微笑む。
「……うん…」
「明日、お母さんのお仕事が終わったら一緒にサーカス団観に行きましょうか」
「うん…行きたい」
あんなに"赤鼻のピエロさん"に会いたがっていたのに、恥ずかしくなっちゃったんだね…、可愛い子。
「ご飯にしましょうか。お父さん2階に居るから呼んできてくれる?」
「うん!」
次の日の夕方、お母さんの出張ヘアカットのお仕事の付き添いが終わり、サーカス団の姿を探しに港に向かった。
けれど、港でパフォーマンスをしていたのは、赤い髪のお兄さんとお姉さんで、ピエロさんの姿は見つけられなかった。
「ピエロさんじゃなかった…」
「今週はこの街で公演をしてくれるって言っていたから、明日はきっとピエロさんに会えるわよ」
「うん!明日も来ようねお母さん!」
_____________
アリシアとジニーを乗せたバスはイシュメルのバス停に到着。
2人は手を繋いでバスを降り、家を目指し飲食店街を歩く。
「ティンカーベルのアップルパイも美味しいけど、私はウィルの作るアップルパイの方が好きだなぁ」
喫茶店"ティンカーベル"の前を通り掛かり、思い出話しをするアリシア。
「好きな人が作るアップルパイだからだろ?それ」
アリシアの惚気話しに若干押され気味になりながらも、しっかりアリシアの話を嫌がらずに聞いているジニー。
路地を曲がると、アニスがジニーの家の玄関の前に座り込んで居る。
「げ…、アニス待ってるじゃん…」
アニスの姿に気付いたジニーは足を止めた。
「どうしたのジニー?」
「ぁ、俺…遠回りして帰ろうか…な」
ジニーの目線の先を見るとアニスちゃんが居た。
…ぁ…デートして来たことバレちゃうからね…。
「いいよ、行こう」
アリシアはジニーの手を強く握り直し、アニスに向かい歩き出す。
「おい…」
ジニーは気まずい表情をして、アリシアに手を引かれるがまま歩き出す。
足音に気が付き、アニスが顔を上げる。
「あぁ!ジニー!今日1日どこ行ってたのぉ!」
アニスが2人に駆け寄る。
「いや…あの…」
「ごめんね、アニスちゃん。今日1日ジニーを借りちゃった!」
アリシアはにこっと笑顔を見せてアニスに話す。
「え?ぁ…うん…アリシアちゃん…」
「ジニーはこれからもアニスちゃんと仲良くしたいんだって!絶対泣かせないって言ってたよ?」
「ほんとにぃ!ジニー」
アニスが目をキラキラさせ食い付いた。
「そんなこと―」
下を向いてもじもじしているジニー。
「こいつ無口で意地っ張りだけど、とっても優しくて約束は守る人だから、アニスちゃんのこと大切してくれるはずだよ!ジニーを宜しくねアニスちゃん!」
「………はい!」
アニスは満面の笑みでアリシアの言葉に返事をした。
それはかつて、カリーナさんにウィルのことをお願いさせた時に言われた言葉。
カリーナさんならこういう言い方をしたのかもしれないね。
ジニーと繋いでいた手をぱっと離す。
「じゃぁね!」
アリシアは笑顔でジニーとアニスに手を振って、自分の家の方に歩いて行く。
「アリシアちゃんって…カッコいいね」
「そう…だな。年上のお姉さんみたいだ…」
家に入って行くアリシアの背中を眺めていたアニスとジニーの心は温かさで満たされていた。
…そのあと、母ちゃんにも学校の先生にも
こっぴどく怒られたんだけどね…。
______________
「ただいまぁ」
「おかえりアリシア、ジニーとのデートは楽しかったかぁ?」
お父さんが出迎えてくれた。
「うん!バスに乗って水族館に行って来たよ!」
「おぉ、新しく出来た水族館かぁ。ジニーも案外考えてるんだな」
「うん!すごく綺麗だったよ!」
娘が笑顔で無事帰って来てくれただけで、お父さんは何よりも嬉しいよ。
「アリシアにプレゼントがあるんだ」
「なになに?」
お父さんはさっきから身体の後ろに手を隠している。
お父さんの差し出した手には小さな紙袋。
その紙袋を見た瞬間、それが何なのかは直ぐに分かった。
「スマートフォン…」
「おお、よく分かったな。これからは気軽に連絡を取れた方が良いと思ってな」
「うん!ありがとうお父さん!」
AIPhone3Gの書かれた長方形の箱の中には黒色のスマートフォンが入っていた。
シエルお姉ちゃんが持っているものと同じ機種、同じ色、それだけで嬉しかった。
「もう通話出来るようになっているから、お屋敷の人たちに電話してみたらどうだ?」
「うん!」
アリシアは2階の自分の部屋に戻り、キャリーバッグから小さな手帳を取り出した。
その手帳にはウィル、シエルお姉ちゃん、リオンさん、お屋敷の電話番号が書かれている。
「シエルお姉ちゃんに掛けようかなぁ」
シエルお姉ちゃんと同じスマートフォンであることが嬉しくて、私はスマートフォンにシエルお姉ちゃんの携帯番号を入力して電話を掛けた。
第3部 ゆびきりげんまん 終
第4章 終 第5章 へ 続く
3つ星ピエロ 第4章 悠山 優 @keiponi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます