第7話 出てこない原因は
ドアは開かない。
きのっぴが話しかけても返答なし。
「トウ君、少し話しかけてもらってもいい?」
「え?なんて?」
「分かんないけど、演劇の話とか・・・。」
「・・・。」
俺が話しかけたところで返答があるとは思えなかったが、ひとまず声をかけなければ始まらない。
「えっと、司君、初めまして、今度みんなに演劇を教えることになった津山統治です。」
何も反応がない。
「司君、統治先生はね、東京で自分の劇団を持ってたんだよ。凄いよね。きっと司君も楽しんで演劇できると思うんだよね。」
きのっぴは無理に明るく務めているのが分かる。けれど司君は何も答えない。
「ごめんなさい。せっかく来てもらったのに。」
そばにいた司君の母親が申し訳なさそうに謝る。
「いいんです。担任ですし、なにより心配なので。」
「すいません。ちょっとお茶でも入れますんでリビングにいらしてください。」
と母親は俺たちをリビングに誘導してくれてお茶を出してくれた―――――。
「あの、いじめ、はないんですよね。」
母親は言いづらそうに尋ねてくる。
「だと思います。特にクラスでは何も問題なかったように見えました。友達と楽しそうに遊んでいる姿も何度も見ていますし、放課後に司君の机や下駄箱なんかを見たんですが何かされているような形跡は見られなかったです。他の先生に聞いても”おかしな様子はなかった”と言っているので。」
「そうですか・・・。」
「なのでクラスで問題がないのであれば演劇かなって思うんです。」
「あんなに楽しそうにやってたんですけどね。家に帰ってきてからも先生からもらった台本をずっと読んでて。」
「そうなんですね。でもそれはよく分かります。他の子よりやる気があるっていうか、人一倍努力してましたからね。なので未経験の私が顧問なのが忍びなくて。」
「・・・あの。」
二人の会話に割り込む。きのっぴがこちらを向く。
「司君の将来の夢って聞かせてもらってもいいですか?」
「え?ああ、色々なりたいって言ってたんですが、ここ最近だと俳優さんになりたいって言ってましたね。」
と母親が答える。その答えに少し自分の中でモヤッとするものがあった。
もしかすると・・・という気持ちが少し芽生えた。
「あの、少し俺だけ司君の所に行ってみてもいいですか?ちょっと確認してみたい事があって。あ、余計な事は言わないようにしますんで。」
母親ときのっぴは少し驚いた顔を見せたが、俺だけ司君の所に行くのを許してくれた。
部屋の前に立ち、ノックする。
「・・・。」
返答はない。
「司君、今ここには俺と司君しかいないんだ。少しだけでいいから話をしてくれるかな。ここの会話は俺と司君だけにしておくから。」
中の音に耳を澄ましても何も聞こえない。
「じゃあなんで俺だけここに一人で来たかを話すね・・・それはさ、司君と俺が少し似てるんじゃないかなって思ったからなんだ。」
さっきのきのっぴと母親の話を聞いてなんとなく東京にいた時の自分を思い出した。
「司君はさ、演劇好きなんだよね。将来俳優さんになりたいって言ってるのお母さんから聞いた。俺もさ、俳優になりたくてなりたくてしょうがなくってさ、親と喧嘩同然で出て行っちゃったんだよね。それで夢いっぱいで東京に行ったんだけど山あり谷ありでさ、いや、谷の方が多かったかな・・・最終的には仲間と喧嘩しちゃって劇団解散して、のこのこと福島に帰ってきちゃったんだ・・・今考えるともう少しやりようがあったのかもしれないけど、もう遅いよね。」
予想でしかないかもしれないが、司君が来なくなった原因は演劇の仲間たちなんじゃないかと思った。自分の場合は張り切って、熱くなって、そして自分の熱さを相手に求めた。その結果うまくいかなくなって仲間が離れていった。
そして司君の場合も同じように熱くなって、夢中になって、相手にもその熱さを求めた。けれどそんな人間ばかりじゃない。なんとなく始めた者や、少しやってみたかった者もいる、そして引っ張ってってくれるはずだった先生があまり引っ張ってくれない。自分と周りの温度の差にどうしていいか分からず、どこで感情の折り合いをつけていいか分からず、そしていつの間にか閉じこもるようになってしまった。
俺は司君が不登校になってしまった原因はこれだと予想した。
「それで、もしさ、司君が今悩んでたりしてたら少しだけでも教えてくれないかな。失敗ばっかりしてるおじさんだけど、何か力になれれば嬉しいなと思ってるんだ。」
こんなんじゃ出てきてくれないかもしれない。でも今の俺に出来るのはこれくらいしかない。
ガタっ。
「・・・。」
何か物音が聞こえた。
そしてゆっくりとこちらに近づいてくる気配がある。
カチャ・・・。
そっとドアが開き、中から司君が出てきた。下を向いて気まずそうにしている。
「あ・・・ありがとう。」
初めましての前に「ありがとう」という言葉が出てしまった。
きっとそれは司君自身が自分から心を少しでも開こうとしたことに感動したのだと思う。
自分もこんな風に歩み寄る一歩が出来たら・・・。
頭の片隅でこんな事を考えてしまった。
「あの、ちょっと話してもいい?」
「・・・。」
司君はゆっくりとうなずく。その表情は自分ではもうどうにもできないで苦しんでいるように見えた。
「大丈夫。ゆっくり話そうね。」
なるべく優しく、傷をつけないようにそっと司君の頭をなでる。
そして司君の呼吸に合わせるように、ゆっくりと部屋の中へと入った。
いつか見た夢をもう一度掘り返すことは無駄なのかと、俺は自分に問う。 ポンタ @yaginuma0126
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