第17話 護衛依頼1
「ねぇ晴香。あの御嬢様の依頼受ける気なの?」
日の傾いたオフィス街を家路へ足を向けると、ラキこと仁藤綺羅から通話が届いた。
どちらかというとマニッシュな彼女はよく自分の名前を似合わないと恥ずかしがっていたが、アバターにも前後を入れ替えて使うくらいには気に入っているのを私は知っている。
私のアリアというアバター名は、なかなか決められなかったときにオペラ好きの両親が聴いていたアリアが耳に入り安直に決めたものだった。
新島晴香という本名から名付ける発想は、私には無かったな。
「受けるつもりだよ。初めて仲良くなった向こうの人だから、できるだけのことはしたいな」
オーディナリーライフを始めて間もないころ、単身ギルトの依頼をこなしている途中で魔物に襲われていたレオーナを助けて、それ以来友人として付き合っていた。
その彼女からある依頼を受けて返事を保留にしている。
依頼というのは彼女と、その付き合っている男性の護衛だった。
本当なら友人の頼みなら喜んで受けたいところだったけど、彼女とその男性の家は、商家のライバル関係にあり俗にいう道ならぬ恋だった。
ようは、公に護衛を頼むことのできない恋の逃避行を個人的に手伝うよう頼まれてしまった。
「あんたが大学までずっと薙刀やってきて、強いのは知ってるけど一人で受けるは危ないって、せめて私を連れて行くかグランシャリオの誰かに相談した方が良いって」
心配そうな声音がナノマシンを介して私の頭に響く。
「綺羅の伝手で入れたクランなのに、まだ入ったばっかりで厄介事は持ち込めないよ。それに相手の男性の方も護衛を雇うって聞いたから、一人じゃないよ安心して」
綺羅とは高校と大学が一緒で、親友と思っているし彼女もそう思ってくれていると信じられるくらいには付き合いが深い。
このゲームに誘われて一緒に狭き門のβテストに通ったことを、『持ってるねぇ』と言い合って笑った。
「晴香は、そういうところ義理堅いのよね……そこまで言うなら口出さないけど気を付けなよ?」
「うん、分かったよ。ありがとう」
通話が切れる。
クランマスターの人が綺羅と知り合いだったとこで、グランシャリオというクランに入ることになった。
私とラキ、あと一人テナクスという人が新たに加入してメンバーが七人になるのを機に立ち上げるクランなので、北斗七星からグランシャリオと名付けたらしい。
多分だけど綺羅はマスターのフォルという人に好意を寄せていると思う、もしかしたらこのゲームを始めたきっかけも彼が理由なのかもしれない。
そんなクランに逃避行の護衛というリスキーな依頼で、迷惑をかける訳にはいかない。
最悪、商家の両家と揉めて実害がでるようなら、私がクランを抜ければ加入したてだし大した迷惑にもならないだろう。
私は暮れる夕日のなか、夜に追われるように足を速めた。
「アリア、こんなことあなたにしか頼めなかったから、引き受けてくれて助かりました。ありがとう」
夜もまだ明けていない早朝と呼ぶにも早い時間に、レオーナが頭を下げてきた。
レオーナ・バステルは商家の令嬢で、初見はしっかりとした芯のある女性という印象だったけど、友人として付き合ってきたなかでもそれが変わることは無かった。
背中まである緩くウェーブのかかった明るめの栗色の髪を一本にまとめ、ズボンを履き動きやすい軽装に外套を羽織っていた。
今日は逃避行の決行当日。
ウィンダム王都は城壁に囲われた都市部の他にも、正門にあたる南側の門外には宿場町が発達していた。
主に交易にくる人々によって発展した町だったけど、国外からの人の出入りも多く人目を忍ぶには適した場所ということだった。
交易の町の朝は早いみたいで、この時間帯でも人々は活動している。
そんな町の宿屋にある酒場で、レオーナたちと待ち合わせをしていた。
「お礼を受けるにはまだ早いよ。無事に送り届けれたら聞いてあげる」
「あなたのそういう生真面目なところ好きですよ」
希少な花でも見るように微笑むレオーナに、気恥ずかしくなる。
森で助けてからの付き合いだけど、彼女は私のことを珍しい生き物かのように振る舞うことがあった。
実際、今まで彼女の周りには居ないタイプらしく、それも手伝ってか何かと声をかけてきた。
私の方もこの世界での初めての友人で、異世界の常識や考え方、食べ物やファッションなんかの文化に触れる機会を多く作ってくれた人物なので感謝をしている。
「レオーナ!」
呼ぶ声の主をみると、堀の深い顔つきをした男性が親しげに彼女に近づき、レオーナも嬉しそうに迎えに行き抱き合った。
「ルイス! やっとこの日が来たのね!」
嬉しそうな彼女をみれば、どれだけこの駆け落ちを心待ちにしていたか分かる。
「アリア、紹介するわ。彼がルイスよ」
「初めましてアリアです。今回の護衛を務めさせてもらいます」
「君がアリアか! 彼女がよく君のことを話すものだから少し嫉妬していたよ」
そういってルイスは、ウィンクをした。
「ルイス! 何を言うのよ。恥ずかしいじゃない」
「あはは。すまない。僕がルイス・ターレブだ。今回はよろしく頼むよ」
明るく少しノリが軽いが、悪い人物ではなさそうだ。
ルイス・ターレブは、パーマのかかった濃い栗色の髪をミディアムにセットしていて、出自の良さを思わせる服装をしている。
良家のお坊ちゃんを丸出しにしていて、駆け落ちにしてはちぐはぐな印象だった。
大丈夫かな? 少し不安になる。
「はい。ルイスさんも護衛を雇ったとお聞きしているのですが」
「勿論だとも! 今は手配した馬車を確認しに行っているからもうすぐ……ウェスこっちだ!」
宿屋の入口から、今入ってきた人物に声をかけた。
「若旦那。駆け落ちなんですから目立ってどうするんですか」
大きな声で名前を呼ばれて、周りの目を気にしつつ困り顔でこっちに男が近づいてくる。
「すまない……」
指摘されたルイスは、目に見えてしょんぼりしてしまった。
「まったく、俺はウェスです。そちらがレオーナさんと護衛の人ですか?」
溜息を付きながら聞くと、ルイスは一転笑顔になる。
「ああ、そうだ。紹介しようレオーナと護衛のアリアさんだ」
「レオーナです。よろしくお願い致しますわ」
「アリアです。よろしく」
ウェスと呼ばれた青年は、茶髪のニルケルで犬系に見えた。
第一印象は、気の良い大学生のような感じで悪く言えば軽そうだった。
「それでウェス、馬車はどうだい?」
「それが準備に時間がかかるそうで、終わったらここに知らせにくるはずです」
「レオーナ、ルイスさん。待てる時間はあるのですか? ご実家の方々が今この時も
探している可能性はないですか?」
私は、逃避行のわりに悠長と思える計画性が気掛かりだった。
大まかな計画は事前に聞いていた。
最終目的地の商業国家マルモルまでは、陸路で行くにはあまりにも遠回りをすることになるので船に乗る必要があった。
私の役目はウインディアの国境にあたる港町までの護衛で、馬車でも十日以上掛かる。
本当ならマルモルまで行きたかったが、このβテストではマルモル地域は実装されていなかった。
システム上、私は国境を超えることはできないのでレオーナには『教会の冒険者』の規則でマルモルには渡れないと説明し国境の港町までの護衛依頼を受けた。
「朝食に姿が見えないと探しだすと思う。今はまだ大丈夫だと思うけど……」
「僕の方は大丈夫さ。今日は夜まで家に戻らない予定になっている」
レオーナが時間を気にして外をみているが、ルイスは少し自慢気で子どもぽい印象だ。
「なるほど、これから夜明けまでが勝負の時にこの遅れは厳しいですね……私も行って交渉しましょうか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。多分もうすぐ知らせにきてくれるはずだから一杯飲ん
で落ち着こう」
私が交渉を持ちかけると、ウェスが妙に焦りだし店の奥に行ってしまう。
「あの人は信用できる方なのですか?」
怪しい行動に私はルイスを見て声を落とす。
「ウェスは酒場で知り合った友達だけどいい奴だよ。商隊の護衛を専門にやっている
らしくてターレブ家である僕のことも知っていたんだ」
ある意味失礼に取れる私の質問にも、特に気にした様子もなく応じた。
この人は素直すぎる。
余程いい環境で育ったのだろうか。
「いつ頃お知り合いになったんですか?」
「ん――、一カ月くらい前かなぁ」
「そうですか……」
一カ月前に知り合った人間に命を預けられるほど信用している訳を知りたかったけど、これ以上はプライベートに踏み込むことになるので控えることにした。
「何の話ですか?」
ウェスが木のジョッキを四杯持って、テーブルに近づいてくる。
「ああ、彼じょ……」
「ルイスさん、女性のことを易々と口外するのはよくありませんよ?」
素直すぎる彼が、余計なことを喋らないように釘を刺す。
「そ、そうだね。ハハハ」
訳の分かっていない様子のウィルさんだったが、私の圧力に押されて空笑いをす
る。
「え――気になるなぁ。まあいいか! さあ飲もう」
エールの入ったジョッキを置いた。
「護衛の仕事があるので遠慮しておきます。それに朝から飲んで大丈夫なのですか?」
「私もお酒は飲めないので結構ですわ」
「そんなぁ。せっかく持ってきたのに一杯くらいじゃ酔わないでしょ」
ウェスの言うことは間違っていなかった。
エールの一杯くらいではこの体は酔わない。
今回は、彼のことをいまいち信用できなかったので辞退した。
因みにレオーナがアルコールを飲まないのは本当で、これまでの付き合いのなかでもお酒を飲むシチュエーションはあったが私しか飲まなかった。
なぜ飲まないか聞いたことがあるが、恥ずかしがって教えてもらえなかった。
「まあまあ、女性に無理強いするのは良くない。ここは僕らが責任をもって飲もうじゃないか」
そう言ってルイスはジョッキを空け始めた。
「若旦那がそう言うなら、しょうがないですね」
残念そうな顔をしたが、レオーナに持ってきたエールを手に取り、なんでも無かったようにジョッキを呷っている。
その後、自分の分のエールを飲み干したウェスは、馬車の確認をすると言って出ていき五分も立たないうちに戻って来て、出発の準備が整ったと報告してきた。
東の空に薄っすら光が射し、日が昇ってきている。
私は漠然とした不安のなか馬車に乗る。
レオーナは、この身にかえても守らないと……やり直しは効かないのだから。
仲間であるはずのウェスが少し怪しいけど、心細いなんてそんなことはいっていられない!
アリアのウインディア出発の前日に、ラキはログアウト直前の彼女から護衛の日程を打ち明けられ、グランシャリオのメンバーに相談するか悩んでいた。
時間も遅かったので、定宿にしている銀の羽亭にはヨーコとラグしか残っていない。
クランに入りたてでメンバーの人となりを把握していなかったが、心配だったラキは面倒見の良さそうなヨーコに相談することにした。
「え!? 明日の朝から? それは急な話ね……」
ヨーコは訪ねてきた新しい仲間を、自室に招き入れていた。
「多分、私のことを気遣っての行動だと思うんです。アリアは義理堅いところがあって、私の伝手で入ったクランに迷惑掛けたくなかったから単独で依頼を受けたんだと思います」
「そうだったのね。でも確かに心配だわね」
少し考えたヨーコだったが、すぐに顔を上げる。
「ラグに相談しましょう。彼だったらお相手のことも調べてくれると思うわ」
「ラグさんってあのニルケルの人ですよね? 第一印象が人と距離とってる感じしたんですけど大丈夫ですかね?」
「確かに今はそう見えるかもしれないけど、ちゃんと話せばいい子よ」
「いい子って」
ヨーコの子ども扱いに、ラキは乾いた笑いを浮かべた。
「大丈夫よ。彼は仲間を見放さないし守る人だわ」
妙に確信めいた言いようにラキは、彼女たちの絆のようなものを感じた。
「分かりました。じゃあ彼に相談してみます。ヨーコさんから取り次いでもらっていいですか?」
「ええ。もちろんいいわよ。あと『さん』と敬語は要らないから」
一瞬目を丸めたラキだったが、二人で笑顔になる。
「分かったわ。ヨーコ」
ラグの部屋を訪ねると、彼は刀の手入れをしていた。
「遅くに悪いわね。ちょっと相談があるのだけど……」
ヨーコは後ろに控えていたラキを見やる。
「構わないよ。どうせ刀の手入れが終わったら寝るだけだ」
深夜の訪問者に、扉を開けて招き入れる。
部屋には必要最小限の調度品しかなく、装飾品の類は無かった。
宿屋とはいえ、もう数カ月も同じ部屋を利用していれば、それなりに物は増えてくるハズだが彼の部屋にはそれが少なかった。
「殺風景な部屋だろ? こいつが結構金食い虫でさ、余計な物買えないんだよな」
物珍しそうに部屋を見ていたラキに、刀を指しながら苦笑いしている。
不愛想に見えた彼から声を掛けられ、ラキは少し驚く。
「暁日刀だっけ? 日本刀のパクリと言われてる」
「そこはオマージュと言って欲しいね」
ラキの物言いにラグがへそを曲げる。
「ちょっと。相談しに来たのに怒らせてどうするのよ」
「あ。ごめん」
ヨーコの困り顔をみて、ラキは慌ててラグに向かって手を合わせて謝った。
「……まぁいいけど。で、何の用なの?」
「ラキと一緒に、ウチに入ったアリアって子いたじゃない?」
「ああ、回復役の人だっけ?」
「その子のことでね。ラキがあなたに相談があるんだって」
「実は、アリアが受けた依頼のことで――」
ラキは、ことの詳細をラグに語って聞かせた。
「――なるほど。その依頼について怪しいところが無いか調べたいと」
「うん。アリアは大丈夫と言っていたけど、商家の跡取り同士の駆け落ちなんて何か
あるとしか思えなくて……」
心配そうにするラキを、彼はじっと見る。
「彼女とは親しいのか?」
「ええ。付き合いはもう七年以上になるから、あの子が何を考えているのかも大体分かるよ」
「そんなに長い付き合いだったのね。だから、彼女が一人だけで依頼を受けたのはグランシャリオに迷惑を掛けたくないっていう思いだったのが分かった訳ね」
ヨーコが、ラキから聞いていた話を口にする。
「彼女はどこの門から出発するか言ってなかったんだよな?」
「依頼に関することだからって教えてくれなかった」
「そうか……見つけ出して後をつけるのも難しいか」
「うん。今日の内に出発地点に移動して落ちたみたい」
ラグとラキのやり取りに、ヨーコが顔を曇らす。
「厳しそうね」
「分かった。レオーナ・バルテスとルイス・ターレブだな、当たってみるよ」
「本当!? ありがとう」
「お願いね。ラグ」
ラキを見ながら了承するラグに、訪ねてきた二人は胸を撫でおろした。
「ただ、今日の明日だから希望に添える情報が集められるかは厳しいな」
「駄目で元々なことは分かってる。私も一緒に調べるからお願い」
「気持ちは分かるけど、それは遠慮しておく。報告を待っててくれ」
彼女の同行の申し出に、バツが悪そうな顔になる。
「ちょっと待ってよ。それなりに戦えるし足手まといにはならないわ!」
「あのなぁ。戦ってどうするんだよ、話し合いをしに行くんだぞ」
「じゃあ、その話し合いだったら問題ないじゃない」
「大ありなの、女がのこのこ行けば揉め事が起こる。そんな酒場にしかない情報も場
合によっては取りに行くからな」
「それって……」
年頃の健全な女性の反応をみせるラキに、ラグは苦笑する。
「あんたも、そういう懸念があるから彼女のことが心配なんだろ?」
「ここはラグに任せましょう」
「……分かった。ただ、私は『アンタ』じゃない。ラキよ」
「そうだったな。じゃあラキとヨーコには何かあった時のために、何とかクランのみ
んなと連絡を取ってほしい。アリアさんを説得できればいいんだろうけど」
ラグが、ラキをみるが彼女は首を振った。
「確証のある情報が無い限り、あの子はやめないわね」
「人の依頼に難癖付けるのも、マナー違反だしねえ」
ヨーコが悩まし気に溜息をつく。
「フォルとは明日なら連絡付けられると思う。他の人は分からないわ」
「私はリアルで連絡取っている人はいないわね」
ラキとフォルはリアルで互いに在籍している会社がグループ企業という関係で、仕事を一緒にした仲だった。
それに対してヨーコは、トランスジェンダーが社会的に認知されているとはいえ気を遣わせることを嫌い、リアルでメンバーと連絡を取ることはなかった。
オーディナリーライフのコミュニケーション用外部アプリが開発されるのはまだ先だった。
この時期は、多くのプレイヤーがゲーム外で連絡をとることをしなかった。
というのも、二十一世紀末になるとネットでの匿名性は薄れていた。
一般的なアプリはナノコードによる紐づけがなされ、何かあれば身元がすぐに分かるようになっている。
結果、ゲーム内で知り合ったばかりの素性も知れない人と、身元が分かってしまうかもしれないリアルでのやり取りは控えられていた。
もちろん、ナノコードを必要としないアプリや情報もあったが、信頼性はなくゴシップとされ、犯罪に巻き込まれることもあるダークフェブが多かったのでまともな人は使わなかった。
「フォルにだけでも連絡が付くのはありがたいな。ここで俺からの報告が届くまで待機してほしい。情報が得られなくても、日が昇る頃には戻るようにする」
ラグは刀の手入れをやめて、組立始める。
「くれぐれも、当てもないのに夜の街に聞き込みに行くような真似はするなよ? ミイラ取りがミイラになったら目も当てられない」
「ぐっ、分かってるわよ……」
ラグに釘をさされ、ラキは頭の片隅にあった思いがバレてそっぽを向く。
「ふふ、私も一緒に待つから、ラグは心配しないで頑張ってちょうだい」
「じゃあ、はい」
ラグは、右の掌をラキの前に差し出す。
「『はい』って何よ?」
「酒場に行くって言っただろ。俺の手持ちも少ないからな」
「なっ! あんたが飲みたいだけじゃないでしょうね……」
いきなりの金の無心にラキがジト眼になる。
「信じられないなら、この話は無しだな」
ラグが意地の悪い顔になる。
「私も出すわ」
「え!? ヨーコ?」
突然のヨーコの申し出にラキが驚いている。
「情報もタダじゃないってことでしょ。ラグは、自分のお金を出すつもりだったのよ? それが足りなさそうだから、照れ隠しにあんな言い方しただけよ」
「あ……。あんた友達少ないでしょ」
ラグの分かりにくい、言い回しについ本音が口から洩れる。
「『アンタ』じゃなく、ラグな。ラキは、口が悪いって言われてるだろ」
名前の意趣返しをして、シンプルに痛いところを突かれたので言い返す。
「む。何故それを」
「ほら、言い争っている時間あるの? お金持ってくるから待ってなさい」
二人の言い合いを、少し笑って聞いていたヨーコだったが行動を始めた。
「私も取ってくる」
二人が金をとりに行っている間に、ラグは装備を済ませる。
(明日は十八時から入らないと……長い一日になりそうだな)
「今の手持ちは、このくらいね」
「私も、これくらいしかない」
二人の金を受け取って懐にしまう。
「是非、有意義に使いなさい」
にこやかに笑うヨーコから、冷気の様な悪寒を感じる。
「あ、ああ。もちろんだ。余ったら返すし」
ラグは背中に変な汗が流れるのを感じた。
「ヨーコ。ごめんね。あなたにもお金出させるなんて」
「いいのよ。クランの仲間が困っているなら助けになりたいもの」
ラキが申し訳なさそうにしていると、ヨーコは優しい顔になる。
「じゃあ、行ってくる」
「お願いね。ラグ」
「気を付けて」
銀の羽亭の前で、ラキとヨーコが見送っている。
時は夜半前、歓楽街の光が瞬くなかにラグの姿が消えていった。
オーセンティック・ワールド 菅原正二 @terikake
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