第16話 グランシャリオ
夜半前になり、いつの間にか降っていた雨の音が響くほどに、クランハウスは静まり返っていた。
今はリビングに全員が集まり、話す側と聞く側に分かれる形で席に座っている。
ここまでラグ、フォル、ハンゾウ、ヨーコがそれぞれ知らない部分を補完しながらジュライとタキトスとの因縁についてグランシャリオのメンバーに向けて語りあっていた。
「このあとリベレーターは解散したけど、残った四人で活動していたところに、テナクスとラキとアリアが入って来て七人でグランシャリオになったんだ」
「…………」
フォルの補足が入ったところで、グランシャリオのメンバーはそれぞれが考え込みだれも言葉を発しなかった。
その雨音しか聞こえない沈黙を破り、ラグが下を向き言葉を絞り出す。
「グランシャリオを、ジュライと俺の因縁に巻き込んでしまったのは悪かったと思ってる。タキトスがああ言っていた以上、闇クランであるアルコルがグランシャリオに絡んでくる可能性はあると思う。だからみんなにも考えて欲しいんだ。グランシャリオをどうしていくか……クランを抜けるのもしょうがないと思っている」
特に最後の部分にアリア、アリエッタ、ラキ、テナクス、ブンタがそれぞれ激しく反応をみせる。
「「「「「抜けない!」」」」」
「そうやって、またラグは突っ走るんだから」
また始まった。というように困った顔をみせるアリア。
「どうせ、お姉ちゃんは抜けないだろうし」
そんな姉とラグを見て諦めるアリエッタ。
「見くびり過ぎ」
腕を組み不機嫌になるラキ。
「抜けたところで、あの連中が手を引くとは思えないしね」
肩をすくめるテナクス。
「ヨーコさんを置いて逃げるなんてもってのほかだ!」
憤慨するブンタ。
五人の覚悟を聞いたラグ、フォル、ハンゾウ、ヨーコはそれぞれ安堵したように強張っていた表情を崩した。
弛緩していた空気が緩んだところで、ブンタが思いついたように声を上げる。
「ゼソって奴は、その時にジュライに斬らせてもよかったんじゃないか? 運営が絡んでるならお咎めなしになってたってことだろ?」
「それは無いな。お咎めなしだったのはあくまでアンナさん殺しの実行犯を斬ったところまでだからだ。丸腰のゼソを斬ったとなれば取引は成立しない、ログを確認されてジュライはアカウント剥奪されていてもおかしくないと思う。もうちょっと考えてからものを喋りな」
テナクスが少し呆れ顔になる。
「それでも、ゼソがのうのうとしているとしたら納得いかねーじゃないか」
「それはアルコルのやり方を肯定しているのと、同じになってしまうのよ?」
「騙したマテオを人質にとるような連中だ。弱者救済とか呆れるぜ、そのへんの悪党と変わりないぞ」
正義感からくるブンタの感情だったが、その乱暴な考えにヨーコの顔が曇り、ハンゾウが語気を荒げた。
「い、いえ。そういう訳ではないんですけど……」
思い人に悲しそうな顔をされ、盾役の先輩からも苦言を呈され尻つぼみになるブンタ。
そんなブンタにラグが声をかける。
「ブンタの言い分も理解できる。だから、タキトスの言っていたことは的外れでもないんだ。その時はアンナさんの仇より、ゼソを生かして被害にあうだろうセラナティアの人より、身内であるジュライのアカウント剥奪を恐れて復讐を止めたんだ。それは完全な俺のエゴでしかない。それがジュライを苦しめ、今回の騒ぎの原因になってみんなにも迷惑をかけてしまった」
「ラグ……」
胸の内を吐露する彼に、ジュライの無念とラグの思いも分かるヨーコが呻く。
再び固い表情になるラグに、アリアが向き合う。
「復讐を止めたことを後悔しているの? その時に戻れるとしたら復讐を遂げさせる?」
「それは……」
「ラグは止めるよ。仲間を見放さない。私を見つけて守ってくれたように」
「…………」
目を見て真正面からぶつかってくるアリアに、ラグは二の句を継げなかった。
「別におかしいことでもないじゃない? 実行犯は倒せたんだし、まだ起こってもいないことの、誰かも知れない人より身内を優先させるのは当然でしょ」
ドライな意見のラキが続く。
ブンタの心情も理解できなくないフォルは、ドナドと語り合ったアルコルによるラウマの低迷をメンバーに聞かせた。
「坑道の件をドナド氏に報告した時のことなんだけど――――」
「……なるほどね。弱者の救済を謳ってはいるが、事後の影響までは見えていない連中ということか」
迷惑そうな顔をするテナクス。
「…………」
「どうしたの?」
黙って考え込んでいるラグにアリアが気付く。
「頭の切れるタキトスならラウマの町がどうなるかも気付いていたと思う。そのうえで目的のためなら手段は選ばなかったということだろ」
「今回のソレが、アルコルのお披露目とジュライとラグの決闘だったってことか」
確信めいたラグの言葉にテナクスが納得する。
「そう! そのタキトスだよ。ラグたちの話きいて思ったけどタキトスって初めから怪しくなかった?」
「それは思った。実際にあいつが話しているところ聞いても尊大というか自分勝手というか、いけ好かないヤツという印象しかないわ」
アリエッタが騒ぎ出すと、ラキも便乗する。
「ジュライにしても、タキトスにそそのかされてリベレーターを抜けてアルコルになったんじゃないの?」
テナクスも同意見らしく話に乗ってくる。
テナクスのこの考えは、リベレーターだった四人にも頭の片隅にはあった。
「ラグは最初からタキトスのことを、怪しんでいたみたいだよね?」
「…………」
語られたリベレーター発足当時の、ラグの話を思い出しアリアが彼の顔を覗き込むが宙の一点を見詰め黙っていた。
「ラグ?」
心ここにあらずで、思考にふけっているラグをヨーコが心配する。
「……第一印象は最悪だったけど、パーティーとしての活動自体は悪いものじゃなかった。ただ、最後まで何を考えているのか分からなかった。そこに引っかかって反りが合わなかったのかもな」
「そうだな。あいつはリベレーターを組む話以外は自分から何か言いだすことも無かったからなぁ。俺もサシで絡んだ覚えがないぞ」
「……普段自分から発信することは無いけど、目的のためなら手段を選ばない人間が、自分から言いだして固定パーティーを組むということは……最初から?」
ラグとハンゾウの証言を、肘を立てた右親指に顎を乗せながら反芻していたフォルが驚愕の答えにたどり着く。
「俺はそう思っている」
フォルを見据え、ラグが頷く。
「え……でも、アンナの事は? あれまでタキトスに仕組まれたことだっていうの?」
「彼女の件については偶然だと思うけど利用したのは間違いないと思う、最初からジュライを俺たちから引き離すのを狙っていた気がする。あいつのジュライへの執着は最初から気になっていたんだ」
信じられないというヨーコを、気遣いながらラグは結論付けた。
「もし、ラグの推測があたっていたらタキトスはとんでもないサイコ野郎じゃない」
「あぁ、ぶっ飛んでるな」
「ずっと仲間のふりをして、パーティーの分断を狙ってたなんて信じられない奴だな」
ラキ、ブンタ、テナクスは一様にタキトスのことを嫌悪している。
「ちょっと怖いな」
「もし、本当にそうなら世の中にはそんな人もいるんだね。私は初めて出会ったよ」
不安そうにするアリエッタに、アリアが寄り添って肩を抱いて擦っている。
話が一段落したところで、フォルが話を切り出す。
「グランシャリオとしてアルコルにどう対応していくか、これからのことを考えよう」
「アルコルが闇クラン認定されたことで、王都のように検問がある町なら通常出入りはできないはずだけど、何事にも抜け道はあるから注意は必要だと思う」
闇ギルドに関する情報を、テナクスが思い出している。
「一人、少人数で行動するときは所持金と貴重品に注意が必要だね。もし捕まった場合は自害推奨だけど、難しい場合だったら躊躇なくログアウトしてアプリで連絡とるしかないだろうね」
「町なかでもってことを除けば、いつも通りの対応と変わらないね?」
グランシャリオの方針として、何者かに捕まってしまった場合の対応は決めてあった。
ソロ活動中は、ロストして困るような貴重品を持ち歩かないこと。
もし何者かに捕まった場合は、自殺して教会に死に戻り仲間と連絡をとる。
それができない場合は、不快な思いをするくらいならログアウトして現実で連絡を取り合うことを優先させる。
これらの対応を改めて口にするフォルにラキが小首を傾げる。
「そう、結局のところ今までと変わらないということさ。ただ、気を引き締める必要があるってことだけ」
ハンゾウが、メンバーが無意識的に避けていた話題に踏み込む。
「あとは、アルコルをこちらから探す努力をするか? これについてもみんなの意見を聞かないとな」
あたりが一瞬静まるが、テナクスは考えていたのかすんなりと言葉が出てくる。
「アルコルの情報を求めて、他の闇クランに関わるのは無しだと思う。本来関わるべき相手じゃないし、関係を疑われたらグランシャリオが危なくなるんじゃない?」
「テナクスの言う通りだな、正直関わりたくもない連中だしな」
感心したようにハンゾウが頷く。
「そうだね。アルコルの情報は冒険者ギルドに頼る他は無さそうだね」
フォルも同じ考えのようで、メンバーを見回しながら確認をとる。
「…………」
「ラグ、一人で闇クランに首を突っ込む気じゃないだろうな?」
一人黙ってフォルと目を合わさなかったラグをみて、テナクスの顔が曇る。
「まさか。他に情報をとる方法がないか考えていただけだよ」
「ラグは前科ありすぎて、そういうところ信用できないんだよね」
滅相もないという顔のラグに、ラキが突っ込むと全員が頷いている。
「……この件については単独行動しない。約束する」
一同のシンクロする頷きに少し笑ったラグだったが、一転険しい表情をつくる。
「だけど有益な情報があったら動く、ジュライは俺が止める」
その鬼気迫る宣言に、フォルとハンゾウ以外のメンバーが息をのんだ。
「いずれにしても、もどかしいけど相手の動きを待つしかないね」
ラグの覚悟を察していたフォルに驚きは無かったが、対応が受け身になることに顔
を曇らす。
「ヨーコはどうするの? アルコルは暴力の権化みたいなやつらだ。身も蓋もないことを言ってしまえばこれはゲームだから無理して嫌な思いをするより、この件が片付くまで一時休止も選択肢になるんじゃないかな?」
過去のヨーコの話を聞き、暴力に過敏なことを知ったフォルがヨーコの身を案じた。
他のメンバーも同じことを思っていたらしく、心配そうにヨーコの様子を伺う。
「私は……私はジュライにもう一度会いたいわ。アンナはぶっきらぼうだけどやさしい彼が好きだと言っていたの、彼女とのことを語り合えるのはジュライしかいないのに、このままじゃアンナも悲しむと思うわ」
ヨーコは昔のことを思い出しながら、自分に言い聞かせるように決意をみせる。
気丈に振る舞う彼女の様子に一同がホッとし、ブンタが感極まった様子で椅子から立ち上がりヨーコの隣まで来て目線を合わせるように跪く。
「分かりました! ジュライは俺が首に縄付けてでも引っ張ってきます!」
「ブンタは突っ走らないでよ? 単純お馬鹿なんだから知らない人に、アルコルの情報があるって言われてもホイホイついて行っちゃ駄目よ?」
「行くか! 俺は小学生かよ!?」
回りが見えなくなったブンタにあり得る事態を、アリエッタが少しからかうように突っ込む。彼は年下のアリエッタから子供を諭すように言われ憤慨していた。
「そうねぇ。ブンタのそういうところ、ちょっと心配ねぇ」
「えぇ。ヨーコさんまでヒドイっすよぉ」
隣まで来たブンタに驚いていたヨーコだったが、アリエッタのからかいに便乗するように右のてのひらを自分の頬に当てながらさも困ったような雰囲気を出すと、周りからも笑いが起きブンタは泣きそうな顔になった。
「ふふ、でも本当に無茶をしては駄目よ?」
情けない顔になった彼をみて、少し笑ったヨーコだったが一転心から心配するように頬に当てていた手を、今度はブンタの左頬に当てて目を合わせた。
「……はい」
突然の出来事にブンタはただ顔を赤くしていたが、ヨーコの真剣な様子に気付きしっかりとした口調で返したのだった。
日を跨ぎそうだったので、お開きになりそうな雰囲気のなかラグが口を開く。
「こういうことを言うのもこれで最後にするから、みんな怒らないで聞いて欲しいんだけど、フォルの言葉を借りるならコレはあくまでもゲームだ、アルコルと関わるということは現実にも特に精神面で悪影響を与えるのは間違いない。止めるなら早い方がいいとも思うんだ」
神妙な顔をするラグに向かって、フォルが自分にも言い聞かせるように言う。
「自分でもそうは言ったけどね。でも、それは多分無理だよ。僕たちはこのセラナティアにきて一年近い時間を過ごした。それが現実に影響しないわけないよ。良い事も悪い事も現実とセラナティア両方に影響し合って今に至っている。みんなもそうじゃない?」
「まったく、それは大きなお世話ってやつだよ。フォルの言うとおり、こっちでの生活はもう自分の一部になっているんだ今更、他人の都合で止めるなんて考えられないね」
「ま、そうね。もし止めることがあってもそれは自分で決めるわ」
フォルの問いかけにテナクスが肩をすくめ、ラキが胸を張っている。
「ラグは巻き込むのを心配して言ってくれているだろうけど、ここでクランを抜けない選択をしたのは私たちだよ。それを否定するようなことを言われるは悲しくなっちゃうな」
「あ、いや。否定するつもりは……」
「お姉ちゃんにやり込められるくらいなら、言わなければいいのに」
曇った顔のアリアにラグがしどろもどろになり、アリエッタは少し呆れている。
「アンナの居たこの世界から離れることは、今のところ考えられないわね……何かあっても、あなたたちとなら乗り越えていけると思うわ」
指にはめている、アンナの持っていた魔輪を擦りながらヨーコは皆の顔を見た。
「ヨーコさんには手出しさせません!」
頷く一同と、ブンタは気炎を上げる。
「さっきから静かだけど、なんか言うことないのかい?」
フォルが腕を組んで、全員を俯瞰して見ているかのようなハンゾウに話を振った。
「若いっていいねぇ。青春だねぇ」
彼は顎髭を擦りなら、しみじみとする。
「「「オッサンかよ!」」」
「「「あ、オッサンだった」」」
一同のツッコミが炸裂して笑いが起きる。
「分かった。ごめん。みんなの気持ちを蔑ろにするつもりは無かった。また独りよがりだってアイツにも怒られそうだな」
観念したかのようなラグが、少し自嘲めいた顔になった。
「ラグ……」
そんなジュライとのやり取りを思い出しているラグをみて、アリアが心配そうな表情になる。
「はい! おしまい! 今日はここまで! また明日からよろしく!」
しんみりしそうな雰囲気なりかけたので、フォルが手を叩き解散を促した。
彼の号令でグランシャリオの面々は、それぞれ別れの挨拶をして部屋に帰っていく。
降っていた雨はやみ、月明りがクランハウスを照らしていた。
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