友達からの年賀状をなくした

kayako

昨日、確かに、受け取った……はず?

 

 おかしい。

 どう考えてもおかしい。

 確かに昨日、明美あけみからの年賀状が来ていたはずなのに。

 どこを探しても、ないのだ。



 大学を卒業して10年。

 私がもらう年賀状は、年々少なくなりつつある。

 会社は虚礼廃止で年賀状のやりとりはほぼないし、社会人になって昔の知人とも疎遠になり、年を追うごとに年賀状を出す枚数も減り、貰う枚数はそれ以上に減っていった。


 それでも明美は毎年、ちゃんと年賀状をくれた。

 彼女は大学が同じ学科で知り合った、私にとっては数少ない友達と言える存在だ。

 誰にでも明るく親切なので、私と違って友達も多いけど、私にも毎年年賀状をくれた。

「今年こそ会いたいね!」と、簡単にではあるがちゃんとコメントも書かれて。

 ――その言葉が実現できたのは、卒業してから幾度もなかったけれど。




 そんな明美の年賀状は毎年、遅くとも10日までには必ず来ていた。今年も1月10日の昨日、ポストに入っていたのを受け取って、ほっとしたものだ。

 ――ところが。



 11日の今日。

 明美の年賀状を改めて確認しようと思ったら、どこにもない。

 今年来た年賀状を全部見たけど、ない。10枚ちょっとしかないのに。

 玄関、本棚、テーブル、机の引き出しは勿論、カバンの中や新聞の間も探してみたが、ない。

 ポストから自分の部屋に入るまでに落としたのかと思って、アパートの廊下や階段を探ってみたが、ない。

 去年までに来た年賀状の束を全部探ってもみたけど、ない。

 しまいにはゴミ箱まで隅から隅までかきだしてみたが――なかった。


 部屋中の本や書類を根こそぎ探ったけれど、明美の年賀状は見つからない。

 残されたものは、とっ散らかった部屋とその真ん中で茫然とたたずむ自分。大掃除したばかりなのに。



 落ち着け、落ち着け。自分に言い聞かせながら、よく思い出してみる。

 昨日届いたはずの明美の年賀状。確か、「遅れてゴメン。今年こそ会いたいね!」というお決まりのコメントと一緒に、紫の墨で描かれた可愛いウサギのイラストがあったはず。

 結構細かいところまで思い出せるのに、どうしてどこにもないんだろう?

 仕事で疲れ切って、ついどこかにやってしまったのか。それにしても、カバンも新聞もゴミ箱まで全部調べたのに、それでもないなんてことがありうるのか。



 いっそのこと、明美に直接メールしてみようか。それも考えたが――

 いや、駄目だ。そもそもどんなメールするんだ。「年賀状なくしたっぽい、ゴメン!!」とでも書くのか。

 明美にはここ数年、ろくにメールもしていない。久しぶりのメールがそれでは、縁を切られても仕方がない。

 今の私にとっては数少ない友達なんだ。年賀状のやりとりぐらいしかしてないけど。



 夜中まで探し回って、浴室や洗面所に台所、洗濯機の中まで見たが、それでも明美の年賀状は見つからない。

 そうしているうちに、私は――

 散らかったままの部屋の真ん中で、眠り込んでしまった。



 ******



 目覚めたのは朝。

 たまたま、仕事を休みにしておいて良かった。

 昨夜遅くまで探し物をしていたせいか、頭がぼーっとして仕方がない。

 外は曇り空で、風も強いのか窓がガタガタいっている。エアコンがろくに効かない一人暮らしのこの部屋は底冷えがして、朝はいつも憂鬱だ。いっそ雪が降ってくれれば、逆に暖かい感じになるかもしれないのに。



 そんな中、眠い目をこすりながら上着だけ羽織り、顔も洗わないまま外に出る。

 アパートの1階に降りて、ポストを確認して新聞をとった――



 すると。

 何故か年賀状が一枚、新聞の間から滑り落ちた。



「え?」

 思わず声を上げてしまう。

 何故ならその差出人は――新音しんね 明美あけみ

 彼女からの年賀状だったから。



 そんなバカな。私は一昨日確かに、明美からの年賀状を受け取ったはず――

 頭を振りながら名前を確認したが、確かに明美からだ。住所も間違いない。

 じゃあ……



 一昨日受け取ったはずの明美からの年賀状は、何?



 私はかじかんだ手でもう一度、年賀状を見直した。

 紅白で派手に彩られたウサギのイラストに、しっかりした字でコメントが書かれている。「今年こそ会いたいね!」と。

 でも……これ、本当に、明美の字かな?

 手の震えが止まらない。寒さのせいなのか。それとも――



 私は慌てて部屋へと駆け戻った。

 頭の中がハテナでいっぱいだ。今、彼女の年賀状があるということは――

 一昨日あったはずの明美の年賀状は、何だったの? 私、はっきりと絵柄もコメントも覚えているのに。紫の墨で描かれたウサギ、可愛かったのに。


 コメントを読み直してみる。

『遅れてゴメン。

 大学卒業して、もう何年になるだろう? 色々話もしたいし、会いたいよ~』



 ……大学?

 私、そもそも、大学、行ってたっけ?

 そんなはずない。私、大学に進学した覚えが、ない。

 私は高校卒業してすぐ、就職して……



 その瞬間。

 私はひとつの可能性に思い当たった。



 ――そう。一昨日受け取ったと思っていた明美の年賀状。

 あれは全て、夢の中の出来事なんだ。

 私が大学に行ったと思い込んでいたのも、夢。

 今の私は高校卒業してずっと、安い時給で働かされている、しがない派遣社員だもの。

 夢だとよくある。進学したかったっていう自分の願望が、夢の中で実現しちゃうことが。

 夢でしか届いていない年賀状、どんなに探しても見つかるわけがない。



 あれ?

 じゃあどうして明美は、『大学卒業して~』とか書いてあるの?

 私、貴方と一緒に大学行った覚えなんて……



 寒々とした部屋の中、震えが止まらなくなった。



 そもそも――

 こんな名前の友達、いたっけ?




 その時突然、スマホが激しく振動した。

 慌てて画面をタップし、電話に出る。スマホを取る手も震えてかじかむばかりだったが、相手の声は容赦なく私の耳に流れ込んできた。



『あ~、すいません新音しんねさん。

 ちょっとエラーが発生しましたので、一旦装置を止めますね~』



 新音さん?

 それ、明美の名前で、私の名前じゃない。

 私は――



 しかし、改めて自分の名前を思い出そうとした瞬間――

 私の意識は、急速に薄れていった。



 ******



「引きこもりの治療用に開発されたこの装置――

 コールドスリープ中の被験者に現実に近い夢を見せて、心の治療をしていくという試み自体は良かったですが……」

「残念ながらまた、あのエラーが起きてしまったか」


 コールドスリープ用のカプセルでこんこんと眠り続ける、30代ぐらいの女性。

 それを見おろしながら、二人の白衣の男性が話している。一人は年配の教授、もう一人はまだ若い助手だ。

 助手が肩を落としながら説明する。


「今回の被験者は新音 明美。

 高校を卒業して、貧しいながらも一人暮らしで自立しつつ派遣で働くOL

 ――という、現実的な設定の夢で治療を開始したのですが」

「そんなささやかな設定の夢が、大学進学したかったという本人の夢と重なり、エラーが起きてしまったと?」

「中学でいじめられて以降20年近く引きこもり続けても、やっぱり進学はしたいし友達もほしいものなんですねぇ。現実では一人も友達なんていなかったのに、自分の名前を夢の中の友人につけて、大学に通っていたという夢を夢の中で見たとは」

「とにかく、これは厄介な問題だな……

 夢で起こった出来事を、現実の過去に起こったこととして認識してしまう。夢と現実の区別がつかなくなりそれが原因でエラーが出る現象は、この装置を開発してから未だに解決されておらん」

「現実とはいえ、装置の中で夢が見せてる現実ですけどね。ややこしいな。

 しかし一体何故、このようなエラーが頻発するのでしょう?」


 助手の疑問に、教授は思わず白い天井を見上げた。


「昨日起こった出来事が本当に夢ではないと、君は証明できるかね?

 もしくは、自分の過去全てが夢ではないと、どうやって証明する?」


 教授の深いため息。

 目の前の女性は、何も知らずに眠ったままだ。

 白く冷たい霧が充満した、カプセルの中で。


「このエラーが発生した時、我々は毎回この難題にぶち当たる……」

「教授。

 そもそも今の僕たちの存在だって、夢じゃないとは限らないですよ」

「何?」

「現実だとしたら、何故これが、ここにあるんでしょう?」


 助手は呑気に言いながら、白衣のポケットから何かを取り出した。

 それは――

 可愛らしい紫のウサギが墨で描かれた、一枚のハガキ。

『遅れてゴメン。今年こそ会いたいね!』とコメントがある。



「実は昨日、僕、受け取ったんですよ。

 新音 明美からの年賀状を――」



 Fin

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