『人喰い屋敷』。
朧塚
人喰い屋敷。
不動産会社に勤め始めて二ヵ月近く経ち、ようやく仕事に慣れ始めた頃だが。僕はもう既に転職サイトを開いていた。
派遣された物件が最悪で、明らかに新人の僕に面倒事を任せようといった感じだった。
「なんだ、これ…………」
眼の前に建っていた一軒家は、古き日本家屋といった場所だった。
明らかに異様な空気が漂っており、周りは空き家になっていた。
霊感の無い僕でも分かる。
明らかに、これはヤバいと…………。
先ほど先輩から電話で聞かされたのだが、実は、誰が来ても吐き気や眩暈がしたり、帰り道に交通事故にあったりして、ずっと放置され続けてきた場所らしい。
先輩いわく、俺、少し霊感あるから、もうヤバ過ぎて、近付いただけで昏倒して救急車を呼ぼうかと思ったんだよ、お前、霊感まったく無いらしいから大丈夫だよな、と楽しそうに言っていた。
これが新人シゴキと言う奴だろうか……。
僕は転職先が見つかれば、すぐにでもこんな従業員を使い捨てる会社辞めてやると思い悩んでいた。
僕は悩んでも仕方が無いので、覚悟を決めて、眼の前の業務を終わらせようと門を開いて庭へと入った。
庭は鬱蒼と草が生い茂っていた。
コケに侵食された石灯篭などが置かれている。
ふと。
鈴の音が鳴った。
振り返ると、背後には、白に赤の巫女装束を着たツインテールの少女が立っていた。少女の髪の色は金髪で、髪には鈴が吊り下げられていた。
少女の全身は背景が透けて見えた。
明らかに生きた人間では無かった。
……幽霊。
そんなものがやはり存在するのか、私は自身の正気を疑った。
「貴方は何?」
少女は僕に訊ねた。
「ぼ、僕は、甘草………、甘草 達(あまくさ たつる)。不動産業者の人間だよ。この家を調査しに来たんだ…………。君はその……」
「ああ。私が視えているのよね。安心して、私はこの家に取り憑いていないから。私はそうね、浮遊霊みたいなもので。この家に興味を持っただけだから」
幽霊と初めて会話するのに、何故だか不思議なくらいに僕の心は落ち着いていた。
視世と名乗る少女の幽霊は、普通に会話が出来る。
その為に、これまでの幽霊像みたいなものが覆されたのだろう。
あるいは、前もってこの家はヤバいと散々、脅されていたので、ある程度の事態が起きる事はあらかじめ想定していたのかもしれない。
少女は落ち着いた口調で、不思議と僕に安心感を与えてくれた。
†
「この屋敷。建てられたのはいつ頃かしら? 平成? 昭和?」
「書類には昭和32年と書かれている」
「六十年以上前ね」
「日本の家屋としては普通だよ」
「まあ。たとえば、戦争の頃に何かあったとかじゃなさそうだけど、此処は酷いわよ」
「資料を見て、更に上司の話を聞く限り、知っているよ」
そう此処では、沢山の人間が入って行方不明になって出てこない。
それも子供が何名もだ。
警察も何名か捜査に乗り出したのだが、家の中から行方不明の人間も、その遺体も出てこなかった。そして後に捜査に関わった警察官の何名かが体調不良になり、二人程、交通事故で亡くなったらしい。
此処は呪われた屋敷だ。
「幽霊の君としては、何か分かる事はあるかい?」
「分からないのよ。だから、この屋敷が何なのか興味を持ってるの。何か邪悪な神様でもいるのか、強力な地縛霊でもいるのか。あるいはその両方か」
「君は入った事が無いのかい?」
「ええ。玄関は生きた人間じゃないとくぐれないの。あるいは中に生きた人間がいて、私を招き入れてくれないと」
「そんなものなのか」
幽霊の事情というものは分からない。
馬鹿みたいな話だが、僕は祈祷師だとか霊能力者だとかの類ではない。
一介の不動産業者の、それも新人に過ぎない。
とにかく、早く此処の調査の仕事を終わらせたい。
僕は玄関を見つけると鍵を開けて、中へと入った。
床は汚らしく、僕は靴を履いたままあがった。
中を進んでいくと、畳の部屋が見えた。
僕は息を飲んだ。
大量に釘が打ち付けられた藁人形が転がっていた。藁はぼろぼろで古いものだった。
「本当に分かりやすいばかりに、分かりやすい場所ね」
視世は指先で何かを刺し示していた。
僕が少女の指先の方向を見ると、そこにはズタズタに引き裂かれたお札だった。
「不動産屋さん。お仕事はいいから、早く帰った方がいいわよ。二階は特に行かない方がいいわ」
「二階……? 何かあるのか?」
もちろん、仕事の関係上見なければならない。
間取りの図も渡されている。
「おそらく、行方不明者は二階で行方不明になっていると思うわ」
僕はトイレとシャワールームを確認する。
ちゃんと書類通りに間取りだ。
ただ、壊滅的におどろおどろしく汚い。
二階に登ると、汚れた三面鏡が置かれていた。
三面鏡で自分の顔を見る、少しだけやつれているように見える。
どうやら、子供部屋みたいだった。おもちゃが置かれている。
「な、何も無いじゃないか?」
僕の声は裏返っていたと思う。
「本当に?」
視世は首をひねる。
なんだろうか。
獣の鳴き声がする。
ぺちゃぺちゃと、涎を垂らしている音が聞こえる。
床をよくよく見てみると、犬の足跡のようなものがあった。
もし野良犬が入り込んでいるのなら、会社に報告しなければならない。
二階の部屋をひとしきり調べて、ベランダの方を見ても何も無い。僕は一階へと戻った。ぎしぎしと階段の音が鳴り響き、何かの悲鳴に聞こえる。
「ねえ。これ、なんだと思う?」
視世は床下を指差した。
何やら、床に扉があった。
扉には何枚かの御札が付いていた。
僕は丁寧に御札の一枚、一枚を剥がしていく。
すると、地下へと続く通路が見つかった。
……こんなものは、書類の何処にも書いていなかった。
何にしろ、報告しなければならないだろう。
僕は地下へ続く階段を降りていく。
ぶうぅー、と、僕の横を通り過ぎるものがいた。
それは大量の羽虫だった。
……蚊の類だろうか。
なんにしろ、気持ちが悪い…………。
地下は水浸しだった。
僕は口元を抑える。
「何か地下で飼っていたのかしら?」
視世は転がっている得体の知れないものをまじまじと見ていた。
「肉体があれば触れられるのに」
少女は残念そうに言う。
机があり、日記帳のようなものが置かれていた。
蜘蛛の巣が巣食っている。
それよりも異様なのは、大量の動物の骨が辺りに散乱していた。地下全体は水浸しになっている。何か僕を見つめる気配がして、同時に息遣いのようなものもした。
もう、僕は限界だった。
地下の事は上に話せばいい。もう僕の仕事はこれでおしまい……の筈だった。
何者かが、僕へと飛び掛かってきた。
それは、猿のような動きをしており、とてつもなく早かった。大体、犬ほどの大きさだった。その奇怪な気配達は次々と僕へと向かっていく。
一体が僕の足へと前足を絡ませる。
僕は、その生き物の顔を見てしまった。
それは、犬や猿のような胴体に、人間の頭をしていた。
その生き物は、口から涎を垂らして僕を見て笑っていた。
何体もの人間の顔をした、化け物達が僕を見て、にたにたと笑っていた。
………………。
†
……この屋敷は、どうやら入ってきたものを取り込むらしい。
……あの青年は、甘草と言ったか。彼も屋敷の一部に取り込まれるのだろう。
視世は庭へと退避しながら、敷地内の外へと逃げる事にした。
どうやら、化け物達は自分の存在に気付いていないみたいだった。幽霊をしていて良かったと思う。
「でも、私まで取り込まれたら嫌なのよね……」
視世は敷地の外に出て、小さく溜め息を吐いた。
この屋敷は地元では『人喰い屋敷』と呼ばれている。
子供から行政の人間、地元の不良グループなど、様々な人間がこれまで屋敷に入っていたが、その多くが屋敷から出られなくなっていた。
屋敷の一部となって、化け物の姿に変えられて、この世を彷徨い続けるのだろう。
視世は、好奇心でこの屋敷と関わる事をやめた。
もし、屋敷が幽霊まで認知するようになったら、自分も襲われるだろうと思ったから。
了
『人喰い屋敷』。 朧塚 @oboroduka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます