天秤が不幸よりも傾く恋

雨宮羽音

天秤が不幸よりも傾く恋

「あーっ! もうほんっとサイアク!!」


 私は禾平天のぎひら そら。おそらく今日一番に不幸な女子高生。


 本当に朝からツイてない。

 目覚まし時計は壊れて鳴らないし、昨晩に乾燥機に入れたはずのブラウスは生乾きのままだった。変な寝ぐせは取れないし、家の鍵が迷子になって時間ギリギリまで出発できなかったのもある。


 それらを揶揄するかのように、テレビで流れていた占いの内容が脳裏に思い返される。


[残念、今日の最下位は天秤座のあなた! 特に女子高生でバス通学をしていて今まさに遅

刻寸前なのにこの番組を見ている方は、今日は何をやっても上手くいかないでしょう!]


「ピンポイントすぎるでしょぉぉぉぉ!!」


 私は脳内回想にツッコミながら、バス停を目指して走る。

 いつもの道は工事で通れなかった。本当に時間ギリギリだ。



 信号待ちの最中、私は携帯で親友にメッセージを送る。


[今日はマジでついてない。朝の占いでも不幸まっしぐらだって言われた!]


[それは残念ね。でも、人の不幸と幸運は何かしらで必ず均衡がとれるって、前に本で読ん

だよ!]


「……このスピリチュアル脳め! だったら今すぐ私を救ってみせろ!!」


 私は叫びながら携帯を地面に叩きつけそうになった。





 なんとか時間に間に合ってバス停にたどり着く。

 思ったよりも好タイムだ。バスが来るまでにはある程度の余裕があるだろう。


 辺鄙へんぴな所にあるからか、ここの利用客はあまり見かけたことがない。

 だがそんなことよりも──道中で突然に降り出した大雨へのイライラが、私の怒りメーターの上限を突き破って限界突破していた。


「ふっざけんなーっ!! ずぶ濡れになっちゃったじゃないのーっ!!」


 雨空に向って届かない罵声を吐く。

 急いでいたので傘を忘れてきてしまった。髪も服も水浸しになって、本当にサイアクの気分だ。


「どうしてくれるのよ……学校に行っても、これじゃ皆の笑い者じゃない……」


 私は泣きながらハンカチで体を拭いた。

 当然、水分はハンカチの許容量を超えていて、まともに水気を払うことなどできなかった。



 バサリ。

 傘を閉じる音がして、誰かがバス停に並ぶ。


 こんな姿を見られるのが嫌で、私は端の方に身を寄せて縮こまることにする。



「……ねえ君。大丈夫?」


 ああ──声をかけられてしまった。

 できれば構わないで欲しい。同情するしか無い程、今の私は悲惨な状態なのだから。


「あ、大丈夫ですから……」


 虚勢で声を作りながら振り向いた私は、その瞬間に稲妻に撃たれたかのような衝撃を受けた。


 目の前に立っていたのは同じ学校の制服を着た男の子。

 背が高くて、刈り上げた短髪が実に爽やか。しゅっとした凛々しい顔立ちの、淡く肌が焼けた好青年だった。


(めっっっっちゃイケメンじゃん!?)


 頬が熱くなるのを感じた。私の心臓を、暴走機関車が通過していく音が聞こえる。


「大丈夫なわけないよ。そのままじゃ風邪をひいちゃうだろ? これを使って」


 差し出されるシンプルなデザインのハンカチを、私は恐る恐る受けとった。


「そっち持ってるよ」


 そういって彼はずぶ濡れになった私のハンカチを持っていてくれる。


(めっっっっちゃ優しいじゃん!!)


 受け取ったハンカチで体を拭くのが躊躇われる。

 きっとこの布からは彼の匂いがするに違いない。私のと混ざってしまう前に一度確かめてから……って変態か私は!!


「どうしたの? はやく拭かないと」


「あっ、はい! すいませんありがとうございまひゅ!」


 しどろもどろになりながらも、私は彼のハンカチを拝借して体を拭くのだった。


 濡れ具合がある程度まともになった所で、私は勇気を出して彼と会話を試みることにする。


「ずっとこのバス停を利用してるけど、あなたと会うのは初めてな気が……」


「いつもは自転車登校なんだけど、久しぶりに雨が降ったからね。それに今日はちょっと寝坊しちゃって……」


(雨グッッッッジョブ!! 土砂降りサイコーッ!!)


「そうだったんですね。私も早起き出来るようにするので、毎日バス通学にすればいいのに……」


「え? 今なんて?」


「な、なんでもないでひゅ!」


「そう? それよりもさ……」


 突然、彼は私のことを真っ直ぐに見つめながら黙り込んだ。


「……ギュッってしても、いいかな?」


(えっ、ええぇーーーっ!?)


 彼の突然の抱擁宣言に、私の脳内は内戦勃発状態に陥る。

 どうして知り合って間もない関係なのに、彼が私の事を抱きしめてくれるのだろうか。


 そうか、きっと雨に濡れて寒そうだからだ。下心なんて無いのだろう。

 抱きしめて欲しいか欲しくないかで言ったら、それは当然……。


「……お、お願いしまひゅ!」


「うん、わかった。それじゃあ遠慮なく」


 私が身構えると、彼は手に持った私のハンカチをギュッとねじって絞るのだった。


 水の滴る音が私に現実を見ろと言っているかのように、ビチビチと汚い音を奏でる。


「…………」


「絞ると布がよれちゃうかもしれないからね。一応聞いといてよかった」


「…………アリガトウゴザイマス」


 いたたまれない気持ちになって俯く私の肩に、彼はふわりと自分の上着を羽織らせてくれた。


「冷えるといけないから、学校まで貸すよ」


「…………本当に、ありがとうございます」


 その温かさが彼の温もりを分けてもらっているようで、何だかとても幸せな気分になってしまうのだった。





 バスが来てから学校に着くまでの時間はあっという間に感じた。

 彼と色々な話をしたはずなのに、夢見心地でほとんど覚えていない。

 私の熱量に負けたのか、すでに雨は降り止んでいた。


「それじゃあね!」


 校門で爽やかな別れを告げる彼に、私は追いすがる。


「あのっ、ハンカチは洗ってから返します!」


「気にしなくていいよ。また会えたら、その時に返してくれれば!」


 そう言って校内に消えていく彼を、私は姿が見えなくなるまで見つめ続けていた。


「次に会う時か……そういえば私、彼の名前も聞いてないや……でも大丈夫!!」


 私は懐から一冊の生徒手帳を取り出す。

 こんなこともあろうかと、先程彼の上着からこっそり拝借したのだ。手帳に挟まった学生証には、名前もクラスもしっかりと書かれている。


「えへへ、これは運命の出会いよ……絶対に逃したりしないんだから!」


「おはよ。なんだか随分とご機嫌ね」


 不意に声がかけられる。

 いつの間にか私の親友が背後に忍び寄っていたのだ。


「今日は最悪の一日なんじゃなかったの?」


「そうよ。でもね……」


 その質問に、私は期待に満ちた笑みを湛えて。


「この後どんな不幸が降りかかったって、天秤が傾かないくらいの幸運に──すでに私は出会ってしまったのだ!!」





天秤が不幸よりも傾く恋・完



あとがき


 幸運は自分から掴みにいかなくちゃね!

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天秤が不幸よりも傾く恋 雨宮羽音 @HaotoAmamiya

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