Dr.Zの心療室

なな

第1話 初めまして。Dr.Z

「初めまして。Dr.Z。

今日はよろしくお願いします。」

パソコンの画面越しに女が言った。


「こちらこそ、お申込みありがとうございます。

それでは、早速、セッションを始めましょうか?」


Dr.Zがそう言うと女が言いにくそうに口を開いた。


「あの・・Dr.Z。すみません・・・。

こんなことを聞いていいのか・・・

一応、確認したいのですが

あなたは、精神科のお医者様なんですよね?」

女は遠慮がちに言った。


それを聞いたDr.Zは

「いえ、私は、医師免許は持っていません。」

と答えた。


「え?…」女は少し、戸惑いを見せる。

「でも、ドクターって…?」


「Dr.は、いわゆるニックネームみたいなものです。

ただ、Dr.と付けてるだけで、医者ではありません。」


「あ、あの・・・そんな…

それでは、ブラックジャック的な・・?」

女はあまりの動揺に思考が少し、変になってしまった。

そんなことを聞きたかったわけではない。

医者だと思ったのだ。

医者なら信用できると思ったから申し込んだ。


「ブラックジャックは

確か…医師免許を持ってたと思いますよ。

ただ、それを理由はわからないけど、はく奪されたんですよね。

私はそもそも、医師免許を持っていないのでブラックジャックとは違います。

医者になるための勉強もしてないし、国家試験も受けていません。」


女は頭が真っ白になった。

なぜ、ここに

たどり着いてしまったのだろう。

一カ月前、なんとなく開いた心理サイトで、Dr.Zを見つけた。

Dr.Zの書いたであろう文章をなんとなく読み、なんとなく気になって、なんとなくセッションを受けてみようと思い、なんとなく申込ボタンをクリックし、今日まで待った。

なんとなく暇つぶしに、と、いった感じだったのに

実は、心待ちにしていたのだと

女は、今、気付いてしまった。

女は、思い返していた。

あの時、確かに私は、Dr.Zと話したかったのだと。

Dr.Zなら人生を変えてくれると思ってしまった、と。


でも…

目の前のDr.Zは、一体何者なのだろう?

画面にはモザイクがかかっており

声は加工されている。

今更ながら不信感が芽生えてくる。

もし、今、この画面が消えてしまったらDr.Zが存在した痕跡すら残らないではないか。


女はすでにDr.Zにセッション料を振り込んでいた。

決して、安い金額ではない。


「あの・・・」

女が口を開きかけた時、Dr.Zは、言った。


「私は、Dr.AでもDr.Bでもない。

Dr.Zです。

アルファベットの最後のZ。

私は、おそらく

あなたにとって最後の砦になるでしょう。

ところで、あなたは、医者に診てもらいたかったのですか?

なぜ、病院にかからなかったのですか?」


女は、少し考えてから話し始めた。


「知り合いの…お医者様を紹介されて

診てもらったことがあります。

ただ…

(疲れてるんでしょう。

ちゃんと休みなさい) って

(眠れてないのなら、それを改善しないと)って

睡眠導入剤を処方されました。

私…眠れないことを治したかったんじゃないんです。

ただ、なんとなく毎日が過ぎるのがなんていうか…

何不自由ない生活の中にいながら

どうしようもなく心が落ち着かない。

Dr.Z。あなたはお医者様ではないとおっしゃいました。

私を治してくださるわけでもないし、薬を処方してくれるわけでもない。

あなたのセッションには、一体、どんな効果があるのですか?」


Dr.Zは、女を見つめた。

そして、言った。


「効果…ですか。

私は、あなたの心の中にあるものをただ、見せてあげるだけです。

そうですね。言い換えると

あなたの見ている現実の 種 を見せてさしあげる。」


「現実の種?」


「はい。

人の心の中には、いつだって

現実を創る もと となる 思い があります。

それが種です。

たとえ、無意識であっても。


例えば


職場が嫌いで、ケチな…いや、金銭感覚の鋭い花子さんという、恋人募集中の女性がいたとしますよね。

職場の飲み会は、お金も時間も、もったいないから、と、いつも欠席している。

でも、この春、すごく素敵な独身上司が転勤してきて、歓迎会をすることになった。

…さて、

花子さんは、いつも通り歓迎会を欠席すると思いますか?」


「……。」


「思い というのは、現実に大きく影響を与えます。

ただ、人は…現実によって、感情を揺らし、思いを変えるものだと思っている。

それは、確かに一理あるのだけど…

それだと、現実に振り回されることになります。


人は、 思い によって、行動を変えます。

そして、行動によって、人生の方向性が変わっていきます。

あなたの中にある 思い は、いわば、現実の種です。


今、あなたがどんな種を持っているか、お見せするのが私のセッションです。」


Dr.Zはそれから、少し声のトーンを明るくして言った。


「私は、医師免許を持っていません。

あなたが、間違えて私を選んでしまったのなら、キャンセルは、可能です。

もちろん、振込口座を教えていただければ、返金もします。

どうされますか?」


女は少し考えて

「いえ、キャンセルはしません。

私の現実の種を見せてください。」


「わかりました。

それでは、始めましょうか。」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る