第2話 あなたの好きなものは何ですか?

「それでは、あなたが話したいことを好きなように話していただけますか?」

Dr.Zの言葉に女はうなずき、語り始めた。


「私は、幸せな人生を送っています。

両親に大切に育てられ

希望の大学にも行かせてもらい

念願の会社に就職し、今も働いていて

そこで出会った夫と結婚し

二人の子供に恵まれました。」


「順調ですね。」


「はい。今だって、何の問題もないんです。

仕事は、続けています。

うちの会社は、休みも多いし

休暇も取りやすいんです。

主人は、優しいし子供たちは素直だし

ほんとに私の人生は順風満帆」


「幸せなんですね。」


「えー。周りの人から、いつもうらやましがられます。

何の問題もなく人生を送ることって

当たり前ではないのだと、人の話を聞くたびに思うんです。

子供の反抗期の話や、夫婦不仲な話を聞くたびに

私は日々、感謝しなければいけないな、と。」


「そうなんですね。」


「でも・・・」

沈黙が続いた。

長い沈黙だった。


「でも、何か思いがあるのですね?」

Dr.Zが投げかけた。


「もやもやするんです。

これが幸せだとわかっているのに。

ここを目指してきたはずなのに。

・・・私は、おかしいのでしょうか?」


「ちょっとこちらから質問させてくださいね。」

柔らかな口調でDr.Zが尋ねた。


「あなたは、幸せなんですね。

でも、もやもやする。

別の人生を歩みたいと思っていますか?」


「とんでもない。

今更、別の人生なんて。

そんな冒険、したくないんです。

だって、私今とても満足しているし。お金も環境も。」


「あなたは、心の声を聞いたことがありますか?」

Dr.Zが尋ねた。


「・・・?」


「感覚です。

神の声とかそういうものではなくて。


うーんと、そうだな。

例えば…

これ、好きだな、とか、これは嫌いとか。これは、おいしいとか、まずいとか。」


「あります。

でも、何を食べても普通においしいと思います。

肉も魚も野菜も、命をいただいてるのだから、おいしくないなんて失礼っていうか・・

あ、私、変ですか?」


「いえ。素敵な考え方だと思います。

それでは、おいしいものの中でも、特に、好き、おいしい、今、食べたい!

っていうのは、ありますか?」


「うーん。ハンバーグ?かな。」

女はにっこりと笑った。

「うちは、デミグラスソースで

目玉焼きをのせるんです。

上からパラっとパセリ。

それが娘のお気に入りなんです。

うちでは、贅沢ハンバーグって呼んでる。」


「おいしそうですね。

今、おなかがすいてますか?」

Dr.Zが尋ねた。


「今?いえ、そんなには・・・」


「ハンバーグが今、目の前に出てきたらどうですか?

食べたい?」


「あ、今は、ちょっと…

いらないかな。」


「それでは、今、食べたいものは、ありますか?」


「うーん。」

女はチラッと右上に目をやり

壁の時計を見た。

「今、3時ですね。おやつ時だから、

チョコレートとか。」


「何か、食べたいチョコレートはありますか?」


「ゴディバの…」


「なるほど、ゴディバのチョコレート。味がお好きですか?

それとも香り?食感とか?」


「そう聞かれるとちょっとよくわからないです。

ただ、この間、主人が買ってきてくれたのが今家にあるので。

おやつに食べるなら、それかな、と思って。」


「私もチョコレートは好きですよ。

ゴディバのチョコレートは、なかなか私のところには届きませんが笑

私は、貧乏性なのかな?

ガーナのミルクチョコレートが、特に美味しいな、と感じます。

赤いパッケージの。

でも、私は、本当は、和菓子派と言いますか。その中でも、あんこ派なんです。

中でもたい焼きが大好きでして

カリッとした外側に、真ん中だけ

あんこが入ってるようなちょっとケチくさいたい焼きが最高に好きなんです。」


すると、女は

「私もあんこ少なめでカリッとしたたい焼き、好きですよ。

あんこたっぷりも美味しいけど。」

と笑った。


続けて女は

「でも…

私はたい焼きよりあんぱんの方が好きです。」


「あんぱん…ですか?」


「はい‼️

あ、そうだ💡

桜あんぱんってご存知ですか?

この辺では、見ないんだけど。

私が岡山にいた頃、

…あ、学生時代なんですけど

木村屋の桜あんぱんっていうのがあって、それがほんとに美味しくて。」

と話した。


「桜あんぱん?

食べたことないですね。

それを食べたらどんな気持ちになりますか?」


「今日も1日がんばるぞって。

うーん。違うかな。

とにかく、食べる前も食べてる時も

食べた後も幸せな気分になるんです。

学生時代、桜あんぱんを朝ご飯に用意してて…。

あ、朝ごパンですね。」


女は、満面の笑みで続けた。

「夜寝る時に、

明日の朝、桜あんぱんが食べれるって、思いながら布団に入るんです。

そしたら、もうそれだけで

朝がたのしみで。ふふ。」


女は、嬉しそうに笑う。


「桜あんぱん、私は食べたことがないんです。」と、Dr.Zは言った。

「どんなもの、なんですか?

他のあんぱんと何が違うんでしょう?」


「さくらの花の塩漬けがあんぱんの上にのってるんです。

うっすらピンクの。

見た目にもちょっとテンションが上がります。

ちょっとのこと なんですけど。


でも、一番はやっぱり味。

その塩加減とあんこの甘さが絶妙で。

あんこにも桜の風味がしてほんとにとても美味しいんです。」


Dr.Zは見逃さなかった。

女の表情、目の輝き。


「お好きなんですね?桜あんぱん。

わかりますか?今のこの感覚。

ちょっとフワッとするでしょう?

この感覚が、あなたの人生を変えていきます。」


「え?」


「その感覚があなたの中にある

好き の種 が育っている感覚です。


「???」


「今、幸せな気分ではないですか?」

Dr.Zは、尋ねた。


「えー、はい。幸せ…です。

学生時代のこと、思い出せたから。

でも、それが人生を変えるなんて

ちょっと大袈裟というか。

あの・・・

気の持ちよう っていうことでしょうか?」


Dr.Zは、腕時計をチラリと見て

「セッションは、これで終了です。」

と言った。

「あなたの人生が

大きく変わっていくのがわかります。2年ってところかな。」


女は、拍子抜けしたように

通信が切れて暗くなった画面を見つめた。


何も変わってないじゃない。

楽しかった昔話をしただけ。

2年って、どういう意味?

ただのおしゃべりにあの金額?

でも、ま、いっか。

なんだか、たのしかったし。」

女は、ただ、暗くなったパソコンの画面を見つめた。

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