第707話 新薬を求めて
◇新薬を求めて◇
「あのぉ…
ウェゾンの蝕み沼の攻略には俺の協力が必要であるため、タルテはちらりと俺を見てから申し訳無さそうにクスシリム準教授に話しかけた。別に俺はタルテの協力をすることは何も問題はないのだが、タルテは心苦しく感じてしまったのだろう。
どうせ生物学の教授であるアニマニア教授も乗り気だからこそ俺にまで声が掛かったのだ。そこまでタルテが気に病む必要はない。だがしかし、何故アニマニア教授ではなくクスシリム準教授が俺に話を持ってきたのかと疑問も感じてしまう。
「タルテちゃんだけじゃなくハルト君のフィールドワークでもあるのよ?
「…?俺も
タルテは植物が専門であるが、俺は動物が専門である。だからこそ俺まで
だからこそタルテも俺はタルテの課題を手伝うために声が掛かったと思ったのだろう。あくまで俺とタルテで共通の課題をこなして貰うと宣言するクスシリム準教授にタルテは不思議そうな顔を向けた。
「それには訳があるのよ。ほら、貴方達なら知っているでしょうけど、最近は呪術が活発になっているでしょう?それで学院のほうに呪術に耐性を持たせる薬…出来れば魅了に対抗する薬を開発して欲しいってご意見が寄せられたのよ」
「魅了…ですか…?」
「魅了の魔女の話は知らないかしら?今の子でも童話とかで聞いているわよね?」
魅了の薬を開発したいという言葉にタルテは軽く驚きながら聞き返した。魅了の魔女は厳密に言えば童話ではなく南東諸国郡にて伝わる逸話である。彼女は魅了の力で国の上層部を誑かし、今なお続く紛争の引き金の一つだと言われているのだ。まさしくその所業は傾国の美女と呼ばれるに相応しいものであり、過去の人間とは言えこの国でもその悪名は未だに轟いている。
恐らくは精神汚染に対抗するためという狙いもあるのだろうが、先の事件によって魅了の魔女に対する恐怖心が再燃したのだろう。現状では既に過ぎ去った対岸の火事ではあるが、為政者ならばそのような存在に対する対抗策を用意しておきたいのだろう。
「タルテちゃんなら知っていると思うけど、
「同一素材からの対抗薬の作成ですか…?そのために
クスシリム準教授の言葉にタルテは納得したように小さく頷いた。どうやら魅了の薬の材料である
「だから、ごめんなさいね。これは二人のフィールドワークでもあるのだけれども、同時に最優先で
「俺らがウェゾンの蝕み沼にいける力量か聞いてきたのですか?」
「もう。そうじゃなくて貴方達の安全が確保できるように他に同行できる狩人が居ないか聞いたのよ。ただ、ウェゾンの蝕み沼に赴くのなら貴方達が適任であり、それ以外は足手纏いだと言われてしまったわ」
俺の言葉にクスシリム準教授は心外な様子で言い返してきた。いくら俺に毒耐性があるとはいえ、生徒のフィールドワーク先としてはウェゾンの蝕み沼は危険が多いと心配しているのだろう。フィールドワークのために護衛を雇うことは多々あるが、護衛対象より能力の低い人員では人手が増えること以外のメリットはない。
つまるところ、今回の話は狩人としての依頼が主の話であり、フィールドワークは副次的な目的なのだろう。それでも、俺らの身の安全を心配してくれているクスシリム準教授はまだマシなほうだ。アニマニア教授であれば危険のないフィールドワークなどフィールドワークでは無いと言い切る人間であるため、特に依頼の話などせず有無を言わさずウェゾンの蝕み沼に向かわせるはずだ。
乱暴にも思えるが、危険を認識して自身で危険を排除する手法を学ばねば、いつまでたっても独り立ちはできない。適任の護衛を探し毒に対する対抗策を探し、それでも無視できぬほどに危険性が残るならアニマニア教授も無理強いはしないだろう。
「ハルトさん…どうします…?」
「判断を委ねて悪いが、俺はタルテに従うぞ。ウェゾンの蝕み沼の危険度は…未知数な点も多いが足を止めるほどではないはずだ」
フィールドワークを引き受けるか悩むタルテが俺に小さな声で相談をしてきた。王都の下水道掃除よりはマシな程度と聞いて彼女はウェゾンの蝕み沼に向かうことに対して尻込みをしていたのだが、魅了の対抗薬を作ると聞いて、今度は逆に興味を引かれたようだ。
新薬に対する興味とウェゾンの蝕み沼に対する嫌悪感の間でタルテは唸るように頭を悩ませた。
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火力の無い風魔法使いは、異世界にて剣で舞う 木目三 @mokume_san
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