悟浄歎異 ─沙門悟浄の手記─
中島敦/カクヨム近代文学館
「やってみろ!」と悟空が言う。「
「よし!」と八戒は眼を閉じ、
「ばか! 青大将にしかなれないのか!」と悟空が
「だめだめ。てんで気持が
よし、もう一度と八戒は印を結ぶ。今度は前と違って奇怪なものが現われた。
「もういい。もういい。
悟空。お前の竜になりたいという気持が、まだまだ突きつめていないからだ。だからだめなんだ。
八戒。そんなことはない。これほど一生懸命に、竜になりたい竜になりたいと思いつめているんだぜ。こんなに強く、こんなにひたむきに。
悟空。お前にそれができないということが、つまり、お前の気持の統一がまだ成っていないということになるんだ。
八戒。そりゃひどいよ。それは結果論じゃないか。
悟空。なるほどね。結果からだけ見て原因を批判することは、けっして最上のやり方じゃないさ。しかし、この世では、どうやらそれがいちばん実際的に確かな方法のようだぜ。今のお前の場合なんか、明らかにそうだからな。
悟空によれば、
我々にはなんの奇異もなく見える事柄も、悟空の眼から見ると、ことごとくすばらしい冒険の端緒だったり、彼の壮烈な活動を
この無邪気な悟空の姿と比べて、一方、強敵と闘っているときの彼を見よ! なんと、みごとな、完全な姿であろう! 全身
……牛魔王一匹の
なんという壮観だったろう!
ただし、彼にもけっして忘れることのできぬ
そのころ、悟空は自分の力の限界を知らなかった。彼が
さて、今にして思えば、
三蔵法師は不思議な方である。実に弱い。驚くほど弱い。
まったく、
悟空には、
おかしいことに、悟空は、師の自分より
もっとおかしいのは、師父自身が、自分の悟空に対する優越をご存じないことだ。妖怪の手から救い出されるたびごとに、師は涙を流して悟空に感謝される。「お前が助けてくれなかったら、わしの生命はなかったろうに!」と。だが、実際は、どんな妖怪に
二人とも自分たちの真の関係を知らずに、互いに敬愛し合って(もちろん、ときにはちょっとしたいさかいはあるにしても)いるのは、おもしろい眺めである。およそ
孫行者の行動を見るにつけ、俺は考えずにはいられない。「燃え盛る火は、みずからの燃えていることを知るまい。自分は燃えているな、などと考えているうちは、まだほんとうに燃えていないのだ。」と。
夜。
今夜は宿が見つからず、
──「わが西遊記」の中──
悟浄歎異 ─沙門悟浄の手記─ 中島敦/カクヨム近代文学館 @Kotenbu_official
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