総題「わが西遊記」の一篇。
というても、本作と『悟浄出世』との二篇のみだが。
ほんとうに面白い。沙悟浄を主人公に据えるという発想からして。
けだし、沙悟浄は中島敦に近いのではないか。悩むことに悩み、とりとめのなくなってしまう。ある意味青春といえそうでもある。恋に恋する女の子、と本質的には変わらないだろう。
そして感じるのは、あくまでも私の感触ではあるけれど、悟空的なものへの憧れが、中島敦にはあったのではないか、ということ。善悪をこえて。
弟子の子路にも通ずるようにおもわれるし。
私も好きだ。
悩むことに悩む、とりとめのなくなってしまう、と先述したが、かといって決して不鮮明にならず、あくまでも明晰に、とりとめのなくなってしまうさまを描いてしまう、描けてしまう筆力。ほんまに、すごいですわ。長生きして欲しかった、とつくづく思いますね。
太宰治や松本清張と同年生まれです。
ちなみに本作は、『悟浄出世』より先に執筆されたもの。
有名な西遊記のキャラクターたちを、ここまで人間臭く身近に感じられる像に落とし込んで描かれたのか、と驚きました。
万物の天才の孫悟空。
あらゆる楽しみを見つける名人・猪八戒。
大きな慈愛で彼らを包む、度量の大きい秀才・三蔵法師。
この三人に囲まれて日々を過ごす沙悟浄は、自分が常に調停役(観察者)のような立場でいることに悩んでいます。
ですが、沙悟浄が彼らを冷静に観察する姿は愛が感じられます。
「なんだかんだ言っても彼らが好きで、彼らといる自分のことも好きなんじゃないか」と思えます。
沙悟浄は一人で鬱々と悩むより、大変でも心許せる仲間と問題に立ち向かっているときが一番輝いているんじゃないのかな。
……それにしても、一人だけ無力な人間のままで彼らに対峙する三蔵法師って超人だぁな……