新しい加工法

秋津幻

第1話


「すばらしいでしょう。製造の完全自動化を実現したこのシステム。作りたい製品の設計データを入力すればAIの判断によりすぐにでも製品のサンプルが作られるようになっています。これをもとに、どの機械でいかに加工を行いどれだけの金型が必要になりそのコストがいくらになるのかを……」


説明にやってきた技術者の前にはたくさんの機械が並んでいる。ガラスの向こう側では、ごうんごうんと音を立てながら固定された金属片に向かってドリルが向けられ、けたましい音とともに削られ始める。瞬く間に金属片は製品の部品の形を取り、表面の潤滑剤を拭き取られた後次の機械へ送られるべく往復するロボットに載せられていく。


「それだけではありません、仕様から最適化されていない部分のアドバイスまでしてくれる。それでは少し試してみましょう……ためしにこのタービンブレードの設計データを入力してみましょう」


そばにあったモニター画面を少し操作しカチッとマウスをたたくとパソコンがうぃんと音を立て始めた。


「はいもう解析が終わりましたよ。複雑な形状ですが特殊な機械を使えば加工は可能です。それだけでなく、見てくださいこれを。このタービンブレードの設計には無駄があるということです値段を下げ、さらに性能を上げるための……」


そのシステムを見学しに来たエヌ氏と名乗る一人の客は、その説明をはあ、とよくわからなそうに生返事をしながら聞いていた。


「それで……私が作ってもらいたいものは加工できるのでしょうか」

「加工できるか否か、と言うのは問題の一部でしかありません。作れないものも、他の作れる物で代用することが出来ます。作ることはできても、コストがかかりすぎる形状というものもあります」

「まあまあ、そのような細かい事はいいから。私はできるのか、出来ないのかという事が聞きたいのです」

「うーん、断言はできませんが、この最新システムならば、いくらお金がかかってもいいというのなら今の技術でまず作れる方法を探してくれるでしょう」


それを聞いたエヌ氏はほっと胸をなでおろす。


「それを聞いて安心しました……お金はいくらかかってもいい、ぜひとも作ってもらいたいものがあるのです」


技術者はその言葉に少し疑念を感じながらも、お客からもらったデータを一目眺めた瞬間、あっと驚いた後まじまじとそれを興味深く眺め始める。


「ふむ、なるほど、これは……すごい、見たことないぞこんな形のものは。いったいどうしたものか、ここをこうしてこうすれば……いやするとこっちに問題が……」

「出来るんですか、出来ないんですか」


不満そうに聞いてくるエヌ氏を尻目に、技術者は心を躍らせていた。


「一応システムに入力してみましょう。……少しお待ちを……私のカンですがこれは時間がかかりますよ……」


機械がゴウンゴウンと異様に大きな音を立て、モニターにはずっと少しお待ちくださいと表示されている。エヌ氏が待ちくたびれ立ち上がろうとしたその時、音が止まった。


「ほう、やはりこれは……」

「それで、なんと?」

「いやはや、これは厳しい結果です。現在のこのシステムでは行程にエラーが生じるという事です」

「ええ、それでは出来ないのですか?」

「あまりにも新しすぎる要求の為、エラーを出したという事ですよ。すなわち、加工不可能……このシステムではね」


その結果を見てがっかりするエヌ氏をよそに、技術者はどこか嬉しそうだった。


「作れない、という事ですか……残念です、それでは別の所を当たってみましょう」

「お待ちください、このシステムではと言いました。実の所、普通使われないからと言う理由でシステムに搭載されていない加工法と言う物も存在するのです。職人の技術というものもあるでしょう。数日お待ちください、社内を回って何とか方法を探してみますから……」


***


技術者の心は入社して以来初めてワクワクしていた。大学で専門的な勉強をしこの企業に入社したものの、製品製造のプロセスはほぼ自動化され技術屋の出番はほとんどなく顧客との意思疎通を行うのが仕事のほとんどだった。

大抵の場合、持ち込まれてくる注仕様書通りに作っても顧客は満足してくれない。思いもよらない不具合、案脆性を満たしてない、思ってたのと違う……そもそも注文する方が何を作って欲しいのか、と言うものを理解していないのだ。

そこを相談しながら、サンプルを持ち込んで要求に合うかどうか、そしてまた仕様を練り直してまたサンプルを作る……その繰り返しで要求と実物の違いをすり合わせていくのだ。

その過程で設計・製造のし直しをするというのは大きな時間のロスの一つだった。そこを自動化することで人間にしかできない相談ごとに集中できるようになった。さらにその点もデータの収集により短縮化されようとしている……

そんな状況で、持ち込まれたのが全く新しい加工法を要求するそれだった。


***


社内の加工に詳しい人間を集め、そのデータを見せると皆興味深そうに眺めたあと思い思いのことを言い始めた。


「見たことない、本当にこの形が成り立つのか?」

「3Dプリンターならどうだろう、多少精度は落ちるが形としては出来るかもしれない」

「いや、この形状だと上手く積層出来ずに崩れてしまうだろう」

「出来るところまで加工して、難しい所は手彫りと言うのはどうだ」

「入る工具がないぞ。仮に特別に作ったとしても中が見えないから出来ないだろう」

「そこは機械にやらせればいい。だが工具の方が持たないぞ」

「それだけじゃあない。相反する要求があまりにも狭い地点に集中している」

「これは既存の物じゃあ出来ないわけだ。全く新しい考えと技術が必要になるぞ」

「しかしそもそもこれは、なんのためのもんなんだ?」

「そんな事どうだっていい。我々は注文の通りの物を作り上げるのが使命だ……」


***


大きなプロジェクトが立ち上がり始めた。

社長に相談すると反対するどころか、社の威信をかけてなんとしてでも作れとゴーサインが出た。それだけでなく大きな予算とたくさんの専門家の招集まで始まってしまった。


「利益はでないかもしれないがなんとしてでもやれ。技術力、研究力を誇示するには滅多にないチャンスだ。この挑戦で生まれた新しい技術は確実に社の、いや人類の大きな財産になるぞ……」


だが、そのプロジェクトに待っていたのは想像以上の困難だった。いや、誰の目にも明らかだったかもしれない。なにせ、それは誰も見たことのない形をしているのだ。

採算が合わない、そこまでする意味が分からない。そもそも不可能だ、と言って抜けていく人もいた。しかし、話を聞いて技術を持ち込んでくる人間や、興味を持ってぜひとも一緒に研究させてくれと遠くからやってくる人間もいた。

一つ一つ問題を洗い出し、可能な事、不可能な事をまとめて少しずつ解決していくことにし、様々な国や地域の大学や研究所とも綿密に連携し、夢を抱いて大きな事業が開始された。


「やれやれ、とんでもない規模になってしまったな」

「だが、なんとしてでもやらねばならぬ。それだけの価値はあるはずだ」


情熱を胸に、我々は努力を重ね続けた……


***


気の遠くなるような歳月の後、遂にその日は訪れた。

完成を祝う祝賀会には招かれた今までの協力者の他、世界中から多くの人が詰めかけマスコミも大勢注目している。

立派な会場の中心には巨大なショーケースと厳重な警備、セキュリティシステムの中にちょこんと小さなパーツが鎮座されている。

そう、これが人類の英知を結集して作り上げた最高の芸術品と言っても過言でもない、あの日彼が盛ってきたデータと寸分たがわぬ製品がそこにはあった。

これを作るまでに多大な人材、金、時間が費やされてきた。

その最中にはたくさんの苦労があり、新発見があり、物語があった。

他の会社・研究所もうちなら作れると参入を開始し、彼らは惜しむことなくデータを提供した。

時に争い、協力し合い、技術やノウハウのスパイ活動、買収なども行われ、時に同盟を組み、全世界に研究結果が公開されたこともあった。

だがそれもすべて過去のものだ。関係者も、苦々しげに思う他社も、今はわだかまりや苦労を忘れ偉業の達成に喜びを分かち合っている…


あの日エヌ氏に応対した技術者は、その中心で涙を流しながら喜んでいる。


「随分と時間がたってしまったが、だが我々は成し遂げたぞ」

「しかし、これだけ精密にして困難な製品を作ってくれるように頼んだ彼、エヌ氏はどこに行ったのだろうか」

「いつの間にか連絡が取れなくなり、結局お金も払われなかった。予算は世界中から集まってきたから問題なかったが……そもそもエヌ氏と言う名前も明らかに偽名だ。一体何者だったのだろうか」

「わざわざ偽名を名乗るくらいだし、元々本名を明かしたくなかったんだろう。何が目的化はわからなかったが、元々そうする予定だったんだろう」


人々は、大きなものを忘れていた。それがなんのために作られ使われるものだったのか、それを知るものは誰もいない。そう、あの日訪れた彼以外は……


「別にそれが無意味なものでも問題もないだろう。いや、会社の技術を示す宣伝としては大成功なんてもんじゃないし、ここまで沢山の発見があった。無価値なんてものじゃない。これまでの過程に意味があったのさ」

「ああ、そうに違いない。しかしさみしくなるな。今までこれを作るのに大きな情熱を費やしてきた。今度こそ我々に作れないものはなくなった。もうこれ以上技術者として熱中出来る仕事ももうないだろうな……」


その時、会場が少しざわつき始めた。

入口辺りに少し汚れた身なりの男が集団をかき分け入ってきたのだ。

警備員の静止も聞かず進み続けたところを、技術者が呼び止める。


「あなたは……もしやあの時の」


そう、それは間違いなくあの日やってきた顧客そのものだったのである。

技術者は周りを抑え、壇上に上がろうとする彼の元に駆け付ける。


「申し訳ありません、申し訳ございません、でも皆さんに一言謝罪をさせてください……」

「あなたがエヌ氏ですね、今までどうして連絡をくださらなかったのですか。そして今から何を……」

「全て話します。だから皆さん、聞いて下さい……」


恐る恐る職員が彼にマイクを渡し、疑念を抱きながら聞く観客たち。しかし技術者たちは彼の言葉に何かを期待していた……


「皆さん、聞いて下さい、私が依頼したはずのあの品は全く意味がなく、用途のないものです……あれは私の作った我々の技術では作れないはず物体を生成するAIによって出来たものの一つだったのです。

それの証明のためにいろんな会社に声をかけたのですが、今頃になってあんなくだらないものを実際に作り上げてしまうとは思いもしなかったのです。

こんなものに時間と予算と人材を費やさせてしまって申し訳ない、私がどんなことをしてでも補います……」


人々はまくし立てるように言った彼の言葉を聞いてしばらく凍ったように静かになった。しかし、事が飲み込めるようになるとわっと勢いよく盛り上がり始めた。

困惑するエヌ氏をよそに、技術者は興奮しながら彼の元へ駆け寄った。


「くだらないなんてそんなわけがない、あれは間違いなく素晴らしいものです。

それよりもこれのほかにも製造不可能な物があるのですか、つまり、この苦労と熱狂をもう一度味わえるわけだ。またそれにより新しい加工技術も誕生し、技術も発展する……

今度は他の社も全力で競争してくるだろうが、今回もわが社が作って見せるぞ。何年かかっても、いくらかかっても。さあ、そのデータをください、さあ、さあ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新しい加工法 秋津幻 @sorudo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ