第5話 ひなちゃん、お願いがある

 粉もんらしい、いい匂い。あぁ、早く食べたい。やっぱり、英秀さんの息子は違うんだなぁ。

 ひな子は冷静な顔を保とうと努めつつ、嗅覚細胞を鉄板へ集中させていた。

「「俺の方が旨いお好み焼きを作って、ひなちゃんを落とす!!」」

 これを言われた時、最初はひなちゃんって誰のことか分からなかった。だが、会場の空気が一瞬静まり、視線がひな子に注がれているのを見て悟ったのだ。




「……大阪人は世界一やと思う。ここやから父からここまでやれたと思っとる。ホンマに。見とる人、来うへんと損やで。あ、もう時間や。終わりました!」

 盛大な拍手が送られる。米田の調理が終わった。

 なるほど、大阪人は世界一か。人柄良いもんなぁ。PRポイントは地元愛という点で伸びるだろう。


 ここで、一度カットになった。私は開いている円卓に座ってボーっとしていた。

「なぁなぁ」

 と、吉川さんが話しかけてきた。

「ちょっと、米田のこと聞いてくれん?」

「は? え? どういう……」

 だが、ひな子の反応を無視して吉川さんは熱演しだした。


「わしはこれまで十四年、八店舗で修行してきた。だが、それも全部下っ端で人間関係のいざこざやらあってどんどん辞めさせられ、次の店へ行った。こがいに色々言われたりされて苦しかったし、金もおおかたなかった。家族を養わにゃあいけんし。でも、この浪人みたいな生活も十年を過ぎると妻が本気でキレて、離婚してしもうた」


 離婚? そもそもこの人、結婚してたの?

「その離婚を唆したのが米田なんじゃ。わしが必死で苦労して辞めさせられるのを自分が先輩のことを悪う言うて、後輩に妻の愚痴を漏らすけぇ言うてきたのじゃ。酷いと思わんか?」

「え? そりゃあ酷いですよ。てか、なんで米田さんが広島に?」

「大阪のお好み焼きをこっちに持ってきたんじゃ。それで広島のお好み焼きを絶やそうと」

「はぁっ?」

 思わず言ってしまったが、それは酷い。英秀さんの息子だからってそんなことをしていたのか?

「なぁひなちゃん、お願いがあるんじゃ。出演者に根回ししといてくれんかね? 米田に票入れるなって」

 吉川さんは同情するひな子を見て、目を線のように細め、底意地の悪い笑みを浮かべた。




「米田さん!」

 吉川さんが作り始めたとき、少しトークを出演者に任せて、ひな子は控え室の米田さんのところへ殴りこんだ。

「おぉ、ひなちゃんやん。どうしたん? 婚約か?」

「そんなわけないじゃないですか。米田さん、吉川さんをものすごい苦しめたんでしょ? 離婚させて、店を解雇させて。どういうことですか?」

「……」

 と、米田さんはハゲ頭を掻いて、渋い顔になった。

 何だ、この過去を指摘されて苦しんでいるのかと思うと、意外な反応が返ってきた。

「ごめん、そんなことあったっけな」

 覚えてない?

「とぼけないでくださいよ。吉川さんから……」

 と、さっき吉川さんに聞いたことを米田さんにぶつけた。

「……ふぅん。聞いたことないな。そもそもわいはそもそも広島になんか一回も行ったこと無いで。それに、わいは店が地域の人の憩いの場になれば、自分の技を磨ければと思っとるだけや。広島は広島でええと思うしな。ま、大阪が一番やと思うけど」


 と、さっきまでずっとヘラヘラした顔しか見せてこなかった米田さんは、きりっとした真剣なまなざしで見つめてきた。

「……父さんは色々自慢してたらしいな」

 急に、米田さんの声のトーンが落ちた。

「えぇ。私にもお二人みたいに近寄ってきて、誘惑してきましたね。お好み焼きは食べたらすごい美味しいなぁと思いました。すごい感動しましたよ」

 一度、店に行った時の記憶をひな子は話した。

「そうか。でも、父さんよう自慢してたから、それがテレビで問題になったこともなんかあったな。でもな、ひなちゃん。一応言っとくけど、わいは絶対に自慢なんか、できへんねん」

「……ホントに?」

「わいはな、父さんがずっと有名やから、生まれた時からずっと跡取りや跡取りや言われて、幼稚園ぐらいからずっとひたすらお好み焼きの練習させられたわ。まあ、父さんのDNAでそれなりにできたけど、父さんはもっともっと言うて、旨く出来んかったらすぐ殴ってきた」

 ……何も言えなくなった。


「それで、まあ色々あって頑張って店で働けるようになった。父さんがおるうちはあんまりやったけど、死んで店主になってから客が増えても、他の職人から英秀の息子だからとか自分はほとんどなんもやってないとかなんも努力してないとかせこいことばかりするとか言われた……だから、ここで見返そうと思ったんや」


 米田さんはググっと拳を握って、こう言ってきた。

「なあひなちゃん。お願いがあるんや。ここでどうにか、わいが真っ当に生きてきたこと、証明してくれへんやろうか」

 真剣な眼差しがひな子に注がれる。これは、もちろん嫌とは言えない。

「分かりました。米田さんのことも吉川さんのことも私は持ち上げようと思います。あ、でも、返事はまだ、ね?」

 はにかんだ上目遣いで米田さんにはこう答えた。

 と、吉川さんの調理が始まろうとしていた。


 二人のお好み焼きとリアクションがとっても、楽しみだな。




(完)

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才か労か ——二人のお好み焼き職人—— DITinoue(上楽竜文) @ditinoue555

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