第4話 そうですね、どうしよっかなぁ

「それでは、結果発表をします!」

 吉川の調理が終わり、コマーシャルを挟むと、いよいよ審査タイムだ。稲吉香蓮の夫で中華シェフの森林司もりりんじはあくびをしながら舌の運動を始めた。


「審査は調理時間、見た目、栄養、旨さ、PRで十点満点でやってください。特別ポイントは五点までです。それでは、お二人にコメントを頂きましょう。米田さん、いかがですか?」

 と、早田アナはさっきとは違う、何か憑き物が落ちたような顔で米田に問うた。

「そうやなぁ、まあ、出せるもんは出したから、あとはお客さんに美味しく食べてもらうのを願うばかりやなぁ。これを食べて、お客さんが大阪行ってみたいなぁうちの店来たいなぁって思ってくれたら嬉しいなぁと思いますわ。あ、でもひなちゃんだけはわいがちゃんともらうんで、よろしくな」

「あ、はい、ありがとうございます。吉川さんはいかがですか?」

「ええっと、ひなちゃんはこのお好み焼きで絶対に落とせると信じとる。審査員のみなさんがこの味をどう言うてくれるか楽しみじゃ。平和とリーグ優勝を祈りながら広島焼きの旨さを楽しんでくれんさったら思う。ぜひぜひ、このテレビを見て広島にも来てつかぁさい!」

「ええっと、ありがとうございます。それでは、運命の審査タイムです!」

 二人のコメントに苦笑しながら早田アナは告げた。


 円卓に二つのお好み焼きが運ばれてくる。

「頂きます」

 まずは米田さんの方から食べる。

「うおぉっ……」

 もっちりとしていて弾力があるのに、肉がカリカリしていてジューシーじゃないか。野菜の素の旨さも良く生きているし、トッピングとよく絡む。これが天性の才なのだろうか。膝の上にあるボードに一分ほど考えて点数を書き込む。

 続いて吉川さんのお好み焼き。

「えぇっ?」

 思わず驚いてしまった。生臭さが全然ない。大葉も他の味を邪魔することがない。どの味もバランスよく共存していて、とてもいい。旨味がすごい。ふと稲吉を見ても、落ち度のなさに驚いたのか目を見開いていた。

 これは、難しい判定になるぞ。




「三、二、一」

「それでは、運命の結果発表です! みなさん、ボードをオープンしてください!」

 八人が同時にボードを開ける。

 米田さんの「才」と吉川さんの「労」はどちらが勝つのか? 視線が早田アナに注がれる。

「米田さん、七十三ポイント。吉川さん、七十三ポイント……同点です!」

 え? そんなのありなのか? 

 他の出演者の採点を見ると、米田さんは見た目と旨さ、PRで票を集めている。一方、吉川さんは時間、見た目、PR、そして特別ポイントが入っている。吉川さんは大葉が賛否分かれたのだろう。

「というわけで、今回の対決はなんと同点! 大変面白い結果になりました。和田さん、どうでした……」

「ふざけんさんな!!」

 と、いきなり吉川さんが怒号を上げた。

「こがいな大した努力もせず父親の名誉だけでやってきた人間が何でこうなる? 米田はずっと広島を陥れようとしてきた人間なんじゃ。こがいに票が入るなぁおかしい。もっぺん採点を直すべきじゃ!」

 スタジオは一気に静かになった。

「米田みたいなクズはそもそもこがいなテレビに出すべきじゃなかった! 不正ばっかりしようとする底辺が……」

「違います!!」

 吉川の声をひときわ大きな声で遮ったのは、なんと早田アナだった。


「米田さんは、そんなことをする人間じゃないんです!! 全部吉川さんの勘違いなんです!! 米田さんは米田さんで、苦しんで苦しんでここまで来たんです!! 決して才能だけで成り上がってきたんじゃないっ!!」




「それでは、また来週お会いしましょう! ごちそうさまでした!」

 収録は無事終わった。

 森はふぅと息を吐き、チラッとあの三人を見た。

「吉川さん。わいがなんかしたんやったら、それはホンマにすみませんでした。本気で謝罪します。ただ、吉川さんにわざとでやろうとしたんじゃないってことだけは、分かってください」

 そう言って、米田さんはバンダナを取って頭を下げた。

「……わしも悪かった。変な嘘をついてしもうた。けど、わしゃそれなりに努力してきたけぇ、こがいな人間がどがぁしても気に入らん。それでも、正直言うと米田さんのも悪うないな、思うたよ。が、やっぱり広島が一番じゃ」

 吉川さんはそっぽを向きながら吐き捨てるように言った。

 だが、森でも分かった。詳しいことは分からないが、ピリピリした関係は無くなってきていると。

「それじゃ、仲直りってことで。残念ながら、内容的に今週は放送できなさそうですが……来週以降、放送されるかされないかって感じですね。ハハハ」

 早田アナは珍しくかわいいえくぼを浮かべて言った。

「そうか。まあ、しゃあないわ。あの時間あんなんあったら。そうや、最後にまだ聞いてなかったな。わいと大阪来るか?

「ひなちゃん、わしと広島で住むかっ?」

 米田さんが手を差し伸べ、そっぽを向いていた吉川さんも急に早田アナに顔を近づける。


「……ええっと、そうですね。どうしよっかなぁ」

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