第3話 じゃけぇ、わしゃ平和を祈っとる
米田め。達成感に浸ってやがる。父のおかげでここにおるようなもんなんに。
後攻の吉川は控え室に米田が帰ってきたときに、思いっきり睨みつけてやった。
こっちはどれだけ苦労してここに来たか分かっとるか?
「三、二、一」
「続いては、後攻の吉川さんです」
「俺、広島ファンだから頑張って下さーい!!」
高めの可愛めの声が聞こえてくる。ケイガだ。
某プロ野球は吉川も大好きだ。ファンクラブにも入っていて、年間予約席も買っている。
今回は、今年こそ日本一をつかみ取るべく応援を込めたお好み焼きを作ることにした。
旨いか旨くないかは人によるかもしれない、正直。だが、斬新さはあるから特別ポイントとか結構入ると思う。
「ここで、十四年の苦労が報われる。才能だけで成り上がったお好み焼きもどき職人を潰す」
敢えて声に出して言った。拾われてないことを祈ろう。
「それでは、始めます。よーい、スタート!」
切り分けることも考えないといけないのが難しい。切り分けるなら少し平たく作らなければいけない。それは吉川のスタイルに合わないが、八つもの店を回った。テクニックは知っている。
自分の店を立ち上げるためにも、ここは戦略的に。
「ウソやん! お前敵やな!」
あちらから野球の話が飛んでくる。食材置き場からキャベツ半玉、モヤシのパック、ネギ、豚バラ、焼きそば、あげ玉、カツオ節、ラード、生地の元を猛スピードでバットにつぎ込む。修行で力作業には自信があるし。
まずは米田と同じように基本の生地を作る。
吉川は薄力粉二百グラムで勝負だ。薄力粉は味を生かすのに向いている。そこに塩、ベーキングパウダー、山芋を入れる。
ここで一度生地はおいて、材料を切る。キャベツは芯に近い下の方の三分の二を使う。これを努力のたまもの、高速千切りで捌く。豚肉を十二切作る。
焼く具の準備は出来た。
ここで十分ほど置いていた生地に出汁を二百ミリリットル入れる。これを細かく上下にゆすりながらかき混ぜ、油を敷いた鉄板に生地百グラムを測り、投入。お玉の腹で薄くクレープのように広げる。
鰹節を振り、キャベツ、もやしを乗せる。
ここで、兵器登場だ。
ズボンのポケットに入れていた大葉三枚と鯉三切を取り出した。
「何アレ? 魚? あんなんOKなん?」
「一応、禁止する規定はありませんので……すごいですね。斬新」
スタジオが騒めき、和田が叫ぶのをひなちゃんが制止した。
鯉の肉は淡白で、大葉などと絡みやすい。大葉は豚肉とも相性がいい。うちのチームは鯉だ。今年こそ、日本一じゃ、という意味を込めている。
三つの野菜に鯉を置き、それにまたキャベツともやしをかぶせ、蒸し焼きにすることで旨味を出す。
そこに大葉、あげ玉の順でトッピングし、四枚の肉を格子状に乗せる。
「ほいじゃあそろそろPRする。一つ目はやっぱり広島城。あそこじゃ鎧やらカブト着られたりするけど、何より遺跡。うちゃ小学校の時の劇でここにあった司令部の子供にまつわる劇をしたんじゃけど、これで泣く人がすごい多かった。司令部後、ぜひ行って黙とうを捧げて行ってください」
小学生の劇。これがストーリー的にものすごい悲しい物語なのだ。練習の時から先生が泣き、本番が終わると、演じた吉川たちも号泣した。
そんな小学六年生の思い出に浸っている暇もなく、生地がめくれてきた。
気持ちを切り替え、残りの生地を肉の上に垂らし、コテを入れ、長年の修行で培ったやり方でひっくり返した。
ここで焼きそばを三玉焼いていく。これを解していき、塩コショウで味付け、麺を丸く整えていく。その間にも、お好み焼きをコテで押さえつけながらだ。
黄色かった麺が茶色っぽくなるとその上に三つのお好み焼きをそれぞれ乗せ、休む暇もなく卵二個を割る。
君は崩さずに二つの卵の上にお好み焼きを乗せ、それを百八十度ほど回す。こうすると、白身と黄身の絶妙なバランスがよく出る。
この、しっかり量を測りつつも、斬新で素早くやる職人技に円卓からヒューヒューと口笛が飛び出した。
最後に、はけで吉川特製のお好みソースを塗り、青海苔をかける。見た目は三つとも最高だ。
「PRあと二つか。まず一つ目は平和記念公園。原爆ドームやら資料館やら、もう絶対に行って欲しい、なんべんでも。資料館やらなんべん見ても怖いけど、これを繰り返してはいけにゃあ重う響くものがある思う。もう一つはおりづるタワー。ここから公園を眺めるとなんか感じるものがあるハズ。おりづるの壁にゃあえっとのおりづるがあるけど、これが人間の平和への思い。絶対に来てつるを折って欲しい。うちの父は原爆経験者で、両足がない。じゃぇぇ、優しい父の足を奪った原爆を恨んどる。じゃけぇ、わしゃ平和を祈っとる。以上、終わりじゃ」
終了時間は四十八分十五秒。吉川はこの数字には何か大きな意味がある気がした。
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