第2話 見とる人、来うへんと損やで

「三、二、一」

「それでは米田さんの先行で始めます。制限時間は四十五分です。PRは好きなところでどうぞ」

 間を開けずにこの冷静なひなちゃんの声が入った。

 あぁ、この声。良く透き通った、ブレないけど、少し甘い声。

 彼女がチラッとこっちを見た。ズキュンと矢が心臓に刺さったようなくすぐったさ。思わずクスッと笑ってしまう。

「大阪愛なら俺ものすごいあるで!」

 和田ザムライが叫んだ。ひなちゃんはそれを聞かず、告げた。

「みなさん、それでは開始しますよ。よーい、スタート!!」


 目の前には広い鉄板。ルールでは、これに三つのお好み焼きを作るそうだ。これを東京風に四つに切り分け、お代わりしたい人はお代わりをするらしい。

「さぁてと」

 まず、米田はキャベツを一つ、材料が置かれている机から取る。ニラと卵、ネギ、豚バラ、天かす、紅しょうがを大きなバットに入れる。

「このキャベツ、良い色してますね」

「群馬県産の良いキャベツなんですよ」

 ひなちゃんの透き通った声。また胸が焦げる、お好み焼きに集中せねば。


 まずは、米田が一番大事にする生地作り。

 三人前は、薄力粉を百八十グラム、強力粉を二十グラム。この強力粉で弾力が出る。

 そこに、ベーキングパウダーと塩を混ぜ、さらに出汁二百ミリリットルを回し入れる。それを叩くようにかき回す。

 叩くようにというのが重要で、こうしないと焼き上がりが硬くなってしまうのだ。

 山芋を入れ、量を見て勘で牛乳とガムシロップ一つを入れる。さらにさっき切ったキャベツ半玉の千切りにニラ、ネギ、卵、天かす、紅しょうがをぶっ込み、ぐいぐいと泡だて器を動かす。


「ええっとね、まず一番行って欲しいのが通天閣やな。まあ、行ったことある方もいるかもしれまへんが、滑り台ができてるんですね」

 ここで、PRタイムだ。意識は鉄板に向けて、六切の豚バラ肉を焼いている。

「これ、なんか人にスライダーのとこまで移動されて、いきなりドーンって押されるんですよ。十五秒ほどで下まで行くんやけど、いきなり透明で景色が見えて、グルんグルん視界が回りながら行って。ほななんか光るところ行って、最後はもう倒れそうな勢いで到着。これね、はっきり言いますけどジェットコースターより怖いかもしれんから、好きな人はホンマにやった方がええ」

 ここに、あとで映像が合成されるらしい。

 さて、二枚の豚バラに青い生地を乗せる。あまり大きくせず、ふんわりと乗せることが大事だ。


 しばらく動かさずに、次のPRだ。

「あとね、わいが気に入ってんのが万博。太陽の塔があるとこ。あそこね、すごい自然豊かで休みの日は結構行くんよ。水族館もあるし、チンアナゴがすごいかわええ。モノレール降りたらもうそこやし。スタジアムもあるし、色んな博物館があるし、スポーツもできるし。なんかいいっても飽きひんのが魅力やな。観覧車もあるし、どの世代でも楽しめるからなぁ」

 太陽の塔の周りにもたくさんの冬の花が咲いていて、ひなちゃんを連れてっても良いな、と思っていた。

 残り時間は二十五分ほど。

 良い色になってきたなぁと第六感が告げると、いよいよコテを手に取り、パチンとひっくり返していく。肉の焼き色がしっかりしている。

 野菜の色がまた良くなってくるとザクッと二本のコテを差し込み、ズバッと返す。米田は、これを初めて作った時からできているのだ。

 これまで、偉大過ぎる父、英秀と常に比べられ、圧を抱えて生きていた。ここで、父を超えてやるのだ。


 仕上げだ。

 大体のところで再び返す。野菜がきつね色になってきたが、少し青さがあるのがいい色だ。

 ここに、はけでお好みソースを塗る。表面だけではなく、側面も塗ることで旨味がより出るのだ。

「ほぼ出来たようですね」

 おっと……ひなちゃんの声が。心がギクンと揺らいだが、焦らずに。しっかりソースを塗って、片手に皿を持ってお好み焼きを乗せていく。と、最後をコテからさらに移すときに。

「うぉっ!」

 思わず、お好み焼きを落としかけてしまった。危ない危ない。幸い、少し場所がずれて皿に乗った。

 あとは、あっちで切ってもらって、お好みでトッピングしてもらうだけ。


「PR、最後は箕面やな。あそこ山道を歩くのはやっぱり運動になるし、ほんまにええ。知ってる人と会ったらよう話せるし、ワークショップとかでまた知り合いも増える。昆虫館もあるし、紅葉がホンマに綺麗やねん。滝と一緒に撮ったらものすごい写真映えすんで。……大阪の人はな、やっぱり温かくて面白いし、酒もよう飲むし。大阪人は世界一やと思う。ここやから父からここまでやれたと思っとる。ホンマに。見とる人、来うへんと損やで。あ、もう時間や。終わりました!」

 PR時間込みで、四十四分五十三秒だった。会場から盛大な拍手が送られる。米田はバンダナで汗を拭き、やり切った、父を超えたという感覚を味わっていた。


 吉川の凶悪な睨みに気づいたのは、控え室ですれ違った時だった。

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