僕は勇者

平本りこ

僕は勇者

 僕は勇者。国で一番強力なスキルを持っているため、みんなを守る使命がある。


 僕の国は自然豊かで美しく、とても広大だ。多種多様な種族が暮らすこの国を統治する者はおらず、見様みようによっては無法地帯とも言える。けれど、国内の万物万象がどこか絶妙な均衡の上に成り立っていて、この国はもう何万年も、平和を謳歌している。いや、のだ。あの日までは。


 異変は、唐突に起こった。


 ある晴れた昼下がり。見たこともない醜悪な生物がやって来て、僕らの町を蹂躙した。


 住処すみかは崩れ倒され、埋められた。あちらこちらで悲鳴が上がり、炎に巻かれ、岩や木々の下敷きになり、数多あまたの命が奪われた。美しい自然は、今や見る影もない。


 僕らは辺境の町を放棄して、国の奥地へと逃げ込んだ。生活の場は日に日に狭まっていく。いよいよ絶望がこの国を支配始めた時、導かれたように僕の特殊スキルが開花した。


 侵略者は生きているだけであしきものだけれど、その程度には差異がある。僕はこのスキルで、より酷悪こくあくな個体を見つけ出す。


 潜伏する敵を見つけることは造作ない。そればかりか、この肉体は生まれつき強靭だ。まさに、僕は選ばれし者。


 醜悪な生物――僕らは怪物と呼んでいる――の攻撃に、この肌はほんの僅かも傷つかない。僕だけが扱える聖なる剣は何よりも鋭利であり、岩をも砕く。そして、この目で睥睨へいげいすれば怪物はみな怯え、一切の抵抗を止めてしまうのだ。


 戦えば戦うほど僕のレベルが上がり、どんどん強力な戦士となってゆく。


 かくして僕は勇者となり、国中の期待を一身に背負い、今日も戦場へと赴くのである。



 奴らは崩壊した僕らの町の上に、奇妙な巣を造り上げた。角ばっていて、硬質。分厚い壁面の向こうに、奴らは身を隠す。けれど僕の目は全てを透かし見て、怪物の影を捉えることができる。


 今日も僕は怪物の集落を探し出し、物陰に潜み隙を覗う。


 奴らはとても奇妙な容貌をしている。

 

 手足がひょろ長く、体毛の形状は個体によって異なる。何より奇妙なのは、その体色だ。日により色模様が変わる。気分なのか、それとも規則性があるのか。判然としないし、そもそもどうだって良い。怪物は怪物であり、無条件に殲滅すべき対象なのだから、彼らのことを理解する必要などないのだ。


 この日巣から出て来た怪物の成体は、幼体を抱いていた。怪物にも、子供がいるらしい。まあ、当然か。


 胸部に抱いた子を愛おしそうに見つめる親の眼差しは、僕らの国の住人と何ら変わらない。


 無論、先に述べたように、この国には様々な種族が住まう。何ら変わらない、というのは、僕らの国に住まう一部の種族がそうであるのと変わらない、という意味合いだ。


 けれど僕は勇者。怪物の親子に憐憫れんびんを抱くわけにはいかない。国のため、皆のために、僕は奴らを駆逐する。


 身体中のばねを使い、物陰から躍り出る。僕に気づいた怪物が、耳障りな悲鳴を上げた。この怪物は、武器を持っていないらしい。奴らの身体は貧弱で、武器なしには抵抗らしい抵抗も返ってこない。


 子を守るように身を屈め、棲家すみかに逃げ込んだ奴を追い、僕は硬質な巣を殴打する。


 引き攣った奇怪な音が、巣の中から漏れ出した。怪物が怯えているのだろう。


 怪物は、緑が溢れ美しかった僕らの国を蹂躙した。僕らにとって恐怖の権化である異形。けれど、僕が姿を現わせば、立場は一転する。


 出来るだけ怖がらせ、ゆっくり、ゆっくりなぶり殺す。いつしかこれが、何よりも大きな快感をもたらす行為だと気づいた。


 認めよう。僕は、怪物を討伐することが好きだ。


 奴らが憎い。国をめちゃくちゃにされた鬱憤うっぷんが晴れるという理由もある。皆に褒められ感謝されることも喜ばしい。けれどそれだけではない。ああ、今日の獲物はいっそう旨そうだ。


 僕は奴らの悲鳴で耳を楽しませ、柔らかな肌を切り裂く感触を思い高揚し、血の匂いに舌なめずりする。


 巣の中から、すすり泣く声がする。いまさら許しを乞うてももう遅い。先に僕らを襲撃したのは奴らなのだから。


 どこへ隠れても、僕の目は誤魔化せない。巣の中、隅で蹲る怪物の姿が。壁面を透過とうかして。


 何度目かの衝撃で、巣は瓦解がかいする。ひと際大きな鳴き声が響く。僕は怪物の成体を組み敷いた。聖なる武器で四肢のけんを切る。途端にかぐわしい血の香りが鼻を刺激。続く快楽を想起して、身体中が震えた。


 ぽたりぽたり、としたたる唾液が怪物の頬を濡らす。四肢の自由を失った成体は目を見開きただ震え、幼体は狂ったように戦慄わななき声を上げている。


 僕は、聖なる武器で幼体を切り刻む。耳障りな鳴き声が止んだ直後、今度は成体が叫びを上げる。


「♯♯♯♯……」


 煩い。僕は成体の首を聖なる武器で切り裂いた。


 ぴくぴくと痙攣をした怪物はやがて、何も言わず虚ろな目でこちらを睨むだけのしかばねとなった。


 呆気ない。なんてつまらない相手なのだろう。こんな小物では、大した経験値は手に入らない。当然レベルも上がらない。


 僕は苛立ちを覚えつつ、幼体を丸吞みにする。続いて怪物の腹に牙を突き立てて、はらわたをむさぼった。


 濃厚な風味の臓腑に飽きると、四肢を噛む。前足の先に舌を這わせれば、なるほど、奴等も指の先に左右計十個のを持っていた。鋭利さのカケラもないし、弱々しい。せいぜい土にひっかき傷を作ることができる程度の剣だ。


 怪物の身体を観察し、味わいながら、僕は成体が発した断末魔を反芻する。


『♯♯♯♯』


 怪物の言葉は解さない。何を言っていたのかわかるはずもない。けれど奴らの仲間ならきっと、意味を理解するのだろう。そう、たとえば君ならば。


『か い ぶ つ』


 さて、いったいどういう意味だろう。


 しばらくして腹が満たされると、僕は成体の首を聖なる剣で切り取った。奴らは知能が優れているらしいから、頭部はずっしりと重量感がある。怪物は体毛が薄いけれど、頭にだけは毛が密集している。


 頭部を切り取るのは、怪物討伐の証とするためだ。これを持ち帰り、国に凱旋するのだ。きっとまた、みんなは狂喜乱舞する。


 そうして討伐報酬を得た僕は、次なる怪物の集落へと向かい、またレベルを上げて国に貢献する。


 いつか、広大な僕らのを破壊する怪物が死に絶えて、世界に平穏が訪れるその日まで。


 ……そうだ、僕の特殊スキルについて、まだきちんと話していなかった。


 どんなに離れていても、どんな障壁があっても、僕は全てを見通せる。この目で潜伏する敵を探し出し、強靭な肉体で奴らを殲滅する。それが僕の戦い方。


 この話を聞いてくれた怪物のも、とても美味しそうな肌をしているね。なぜわかるのかって?


 言っただろう。僕は全てを透過して、敵を見つけ出す特殊な目を持っている。


 自らの利便のために、僕らの国を破壊する酷悪な怪物め。さて、次は君を倒し、レベルを上げようか。



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