Case4 犯人は20〜30代、または40〜50代の男性もしくは女性
犯人は20〜30代、または40〜50代の男性もしくは女性 1
「ワン・ダイヤ」
そうコールした松屋の顔から手元のカードに橋下は視線を落とす。松屋の左斜め前の高砂は、なんと言うんだったかな、と悩んでから「パス」と発した。
「ワン・・・・・・スペード」
そしてそうコールした橋下の更に左斜め前に陣取った天満は間髪入れずにカードを畳む。
「パス」
一巡して、再び回ってきた松屋が手元のカードを端から端までもう一度目を通す。
「あー、ワン・ノートランプ」
「聞かんでもええやろ、パスや」
「スペードがアカンねやったら・・・・・・ツークラブ」
松屋、天満、橋下、高砂の4人で正方形のプレイングマットを囲み、ジョーカーを除いた13枚のトランプを手に、事務室の一角でオークションを交わす。
「アカンわ、ツー・ノートランプ」
「パス」
「ほなスリー・ノートランプ」
「パスや」
「トラトラトラ?ダイヤにスペ、ほんでクラブ?」
松屋の口から確認のように言葉が漏れる。
点数はあるということだろうか、とあたりを付け、パスと松屋は続けた。
「えーと、トラゲームになるんかな」
「誰の?」
「アタシ。打ち出しアッキー。やから、アッキーが出すんは、長いところの上から4番目や」
左の強いとこやったらなおええわ、という松屋の説明の意図に悩んだ高砂の手札から場に出たカードはハートの7。
「まあ、ハートはそっちやんな」
「よっしゃ、オープンするで」
橋下がハートから順繰り手札を下ろす。そして場に出た札を見て松屋が吠える。
「自分コール間違うとるやないかい!」
「え?なんでや?」
「
「枚数と違うん?」
「点数有れへんかったら頭取りされて終わりやからそもそもパスや!」
「いやあ、分からんわあ」
「なんやねんこのゲーム」
「ブリッジや!」
「いや、名前を聞いてるんやなくてやな」
ことの起こりは、シャーロックホームズシリーズを読んだ、という無駄話を、いつものように事務室で橋下が高砂に振ったことからだった。作中の「ブリッジ」が如何様なゲームなのかが分からない、と続けたのがきっかけで松屋が目を輝かせてレクチャーを始めたのが昼休み時。もうまもなく休憩時刻も終わりを迎えようとしているが、一旦松屋に着いた火は収まる気配がなかった。
「爆発しとんなあ」
各係長以上が招集される月例会報が昼休憩までもつれ込んで終わり、事務室に戻った津久野がフレアスタックの如く燃え盛っている一角を目の当たりにしたのは15分ほど前。
減塩のカップ味噌汁を片手に、ぐるぐるとその後ろを回りながら津久野が呟いた。
「言うて係長、見てて
「コレどない捌くんやろな、思て見てたわ」
松屋の恨めしい声に津久野が、ははと笑う。
「まあ、勝手分からんかったら出来ひんけど、一朝一夕で覚えられるゲームでもあれへんしな」
「なんぼほどコレ落ちんねん」
「14点3トラやろ?2チンくらいするんと違うか?」
「もうこんなん開きやろ」
「なんや、ひらいたトランプか?」
「サムいシャレ聞きたいんとちゃうねん」
すんでのところで「それはポアロやろ」というツッコミを高砂が飲み込んだタイミングで、壁に取り付けられた共通系スピーカーから所轄通信員の声が吐き出された。
<<至急至急!天満PSから大阪本部!>>
本部から所轄宛の至急報ならまだしも、所轄から本部宛の至急報はテロでも起きない限りそうそうない。嫌な予感に全員が身体を強張らせる。
<<至急至急、本部から天満、どうぞ>>
<<えー、大阪市役所・・・・・・市役所庁舎で爆発があったと、大江橋PBからの通報、現在詳細確認中>>
数秒の間の後、本部通信員が返答する。
<<大阪本部了解、300(警察官)の派遣はあるか、どうぞ>>
<<現在、えー、天満11が向かってます、どうぞ>>
<<大阪本部了解、本部から天満11>>
本部からの応答の背景に110番入電時特有の電話の着信ベルが入り混じる。一つや二つではなく、全回線を使用しているかのようなベルの鳴り方だった。
<<天満11ぃー、現着しましたぁ、どうぞ>>
<<現在の状況知らされたい、どうぞ>>
<<爆音とともに窓から黒煙が上がったのをPBより現認しましたぁ、現在のけが人の規模・程度は不明。これから内部の確認向かいます、炎は見えませんが出火疑いあり、消防要請願います、どうぞ>>
<<大阪本部了解、要請実施する>>
直後、スピーカーから一斉指令のセルコール音が響く。
<<至急至急、大阪本部から各局、先の通信の通り、天満PS管内、北区中之島1丁目3番20、大阪市役所庁舎内で爆発があったとの通報、同様の110番通報は職員からも入電中、けが人が数名程度確認されており、けがの程度は不明。詳細不明なるも、最寄りの各移動は至急、現場の確認を行え。天満11臨場中。マルY(爆発物)容疑事案につき、大阪市内各署に配備準備を発令する。市外の実施署は追って特令、以後の必要外通信を禁ずる。なお、天満PSは現場へ専務派遣されたい、以上、大阪本部>>
「
流れるような数十秒間を終えると、津久野の怒号が早いか、手元の「ひらいたトランプ」を机のマットに叩きつけるようにして一斉に立ち上がり、後ろでがなり声を立てるスピーカーをBGMに全員が事務室から走り出た。そして時を同じくしてにわかに忙しくなった隣の警備課事務室から飛び出した警備課の2年目巡査、田辺の後に続いた警備課員もろとも、装備品庫になだれ込む。
「こら
「頼むから消防までで終わる事案であってくれ」
手際よく装備を身に付ける警備課員の小言を背景に、魔取係は魔取係で各々がジュラルミン板の入った防護衣を手に取る。
「係長が爆発爆発言うからホンマに爆発しましたやんか」
「そんなん言葉のアヤや」
橋下の八つ当たりにそう答えた津久野が防護衣のジッパーを上げきるのとほぼ同時に、スピーカーが事件指定・緊急配備の発令を告げる。こうして、師走どきの静かなある日の昼は前触れなく、そして呆気なく終わりを迎えた。
大阪府警察南港警察署刑事課魔法取締係 野方幸作 @jo3sna
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