Alcoholic modern pentathlon 6

「思い返せば、アレがこないだの「グリ下の魔法使い」のキッカケやったんやんな」

今や相方となった淡麗グリーンラベルを手に津久野が呟く。官舎の天満の部屋で、誰が始めると言い出したわけでもなくなんとなく係の飲み会が始まった、件の近代5種から1ヶ月ほど経ったある日の夜。

台所からカラスを絞め殺したかのような音がしたが、「夏の残り物で恐縮ですが」という天満の一言とともに季節外れの素麺がボウルに入って出て来たのはほんの数分前。異音の正体が分からず、手を付けあぐねている一同の様子を知ってか知らずか「賞味期限は切れてません」と天満が補足した。

そんな謎の素麺を中心に、めいめいが持ち寄った半額惣菜を箸で突きつつ、酒をちまちまと飲んでいた。


「あの一件で俺はコスモスクエア駅で死にかけるし」

「死にかけたんは俺も一緒やで」

「アホほど顔面どつかれたんと、俺のオーバードーズを一緒にせんとってくれる?」

高砂の至極真っ当な感想に対し、でも死にかけたのは事実や、と橋下は無理筋の駄々を捏ねる。

「思えば、アレが20代最後の思い出かあ・・・・・・」

松屋が呟く。

「アカンな、いっぺん死んで丸ごと30年分人生やり直したなってきたわ」

「でも今となってはええ思い出やろ」

即座に入った橋下のフォローとも言えないフォローに一瞬だけ何かを考えた松屋はしかしかぶりを振った。

「どう好意的に解釈しても最悪過ぎるし、恭やんを道頓堀でカーネルサンダースの刑にせな気ぃ済まへんわ」

「そんなんしてみいや、南港署に18年間呪いが降り注ぐで」

腹の立つ顔つきをした橋下に対して、なにか適当な一言を言おうとした松屋の脳裏には何も思い浮かばず、代わりに出たのは漏れ出るような盛大なため息一つ。

「あかん、まっつんがセンチメンタルモードなったあるわ」

「まあ、もう冬ですからね。メンタル落ち込みやすくなるのは分かりますよ」

スーパードライをすする橋下と素麺を引き上げる天満にぶつけようとした松屋の「誰のせいや」という言葉はしかし、喉の奥深くから這い出る気力もなく、ビールとともに飲み込まれたままついぞ出ることはなかった。


「ほんで、話戻んねんけどさ」

高砂が橋下に尋ねる。

「点数、結局誰が一番やってん」

「途中で終わってますもんね」

「経過的には?」

「実のところ割りかし皆拮抗してるんやわ」

「そうなん?」

ああ、と肯定した橋下が続ける。

「男女の運動能力差の問題があるから、一般的な記録平均値から割り出した数値から、まっつんの水泳と長距離走のタイムは0.87掛けして計算してんけど、そしたら総合成績が皆結構トントンになってやな」

「えぇ、もっぺんハナからやるん?」

「最後の持久走で一番早かった人が勝ち、というとこまでは出せてんけど、それも全部ウヤムヤなったあるから分からへんのよ」

「ほなアタシやな」

その声の方に皆して振り返る。

「まっつん?」

「これ見てみ」

松屋がボディカメラを渡す。

「ああ、あん時の」

手慣れた様子で橋下が再生を開始する。がさごそとした音と共に揺すられる映像が始まり、それがどうやら見慣れた官舎の外階段らしいことに気付く。そのまま映像は階段を登り、松屋と書かれた部屋に辿り着く。がちゃがちゃと鍵束が立てる耳障りな金属音はすぐに止み、目当てのものを引き当てた右手が鍵穴に刺さった。

開かれた扉は真っ暗な室内を映す。見慣れた間取りの廊下を歩き、居間に入ると、明かりが灯る。

ロデオマシンとビールが撒き散らされた形跡の残る床が照らし出されると同時に、小さく「殺す」という声が入るが、一呼吸置いて腕時計が映る。

腕時計の時間は競技翌日の21時を指していた。


ビールが撒き散らされたロデオマシン付近を写し、カメラを自撮り状態になるように向け、中指を立てる無表情の松屋を映し出したところで映像は終わった。

あれから徹夜で酔っ払った脳ミソとともに書類を作って事後処理をし、寝落ちとも仮眠とも付かない睡眠の後、いつの間にか迎えていた日勤を終えて残務処理をした時間だ、といえば確かに整合が取れる。

証拠ありの映像なら、確かに誰よりも早かった。

「こん時記録残すだけの頭ようあったなあ」

「不意に思い出してんや」

ほんで記録残したろ思てんやし、と、どこか得意気にビールを呷る松屋の、その謎の手際の良さに天満は常々感じている恐ろしさをここに至って改めて痛感していた。

「ほんで、ほかに証拠出せる人?」

飲み切った缶を置き、ビニール袋から新たに龍の絵の描かれたビール缶を取り出してプルタブを開ける松屋に答える声はない。


「そういや賞品とかの話、何も出てへんかったけど、なんかあるん?」

ハワイ旅行でもくれるんか、という松屋の疑問に橋下が答える。

「初代魔法取締係アルコールクイーンの称号」

「は?」

「いや、やから魔法取締係アルコールクイーンの称号」

「いや、そこや無うて」

「初代?」

「また年一くらいでやろうかなと」

「4年に1回くらいにしとけ」

「せっかく考案したんや、もうちょいAスポーツを世界的に流行らしたいやん」

「なんやAスポーツて」

「アルコールスポーツ」

したり顔の橋下を前に誰ともないため息が漏れる。

「称号なんかええから賞品用意せえや」

「あと2回目くらいの歳なったら競技中にワシ死ぬかもな」

どこか遠い目をした津久野が呟く。

「そんなんで武道場に「津久野警視」の写真安置されんの嫌ですよ」

次回開催の未来と、その未定の計画に対してやる気満々の面々を尻目に天満は素麺を掬う。

そもそもそんなスポーツには、そのまま誰にも看取られずに息を引き取ってほしい、という素朴な感想は、程よく薄めたツユと絡んだ季節外れの素麺の妙な歯応えとともに天満の胃に消えていった。

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