Alcoholic modern pentathlon 5
警察官は「察」という文字に誇りを持っている。「察することを大切にしろ」という警察官としてのしつけ事項があることもその所以だが、それ故に察する能力にかけては人一倍のものを持ち合わせていると自負しているのもまた、その理由である。
犯罪の兆候であったり、市民に対する気遣いであったり、あるいは、酒の席での先輩の飲酒量であったり、規模の大小を問わず察することにかけては警察官の右に出る職業はない、と心の底から思う程度には誇りを持っている。
それは警ら中であろうが、あるいは非番の日に家で寝っ転がっていようが変わりはなく、それはまたあるいは、狂ったような酒の飲み方をしていようがとも変わりはない。
高砂と天満がほぼほぼ同じペースで官舎への道を駆け抜けていると、既に見失ったはずの見慣れた後ろ姿が何やら立ち尽くしたような様子でいたのが目に留まった。
「何しとんねん恭やん」
高砂と天満に気付いた橋下は、そのまま物陰に2人を引っ張り込んだ。
何すんねん、という言葉を高砂が吐くより前に橋下が道路の先を指差す。
「なんやアイツ、おかしない?」
橋下が指差す方にそのまま目線を向けると若干ふらふらとした足取りの男が1人。
「アレがなんやねん」
「いや、なんかな、上手く説明出来ひんのやけど」
曰く、何かしらの違和感がある。
これだけアルコールが入っていても警察官としての勘が正確に働くことを喜ぶべきか嘆くべきか。
しかしながら、橋下の違和感は2人にも十二分に共有された。
「確かに、「なんか変」やな」
説明は出来ないですが、と天満。
瞬間、3人は男から魔力を感じ取る。
「魔法、使たな」
「アレ何したんや?」
耳をすませば言葉や音を発したかが分かるのと同様に、魔法使いであれば、意識さえ向ければ距離にもよるものの、人が魔法を使った瞬間を探知することができる。
「薬物でもやったんか?」
「やり口は似とるな」
「行く?どないする?」
全員今は警察手帳を持っていない。しかし中身は警察官だという職業意識が勝った。
「ひとまず「迷ったらGO」や」
先陣を切ったのは橋下だった。
「オラ、持っとんやろ出せや」
職務質問の第一声としては限りなく不適切な、ケンカを売りに行ったチンピラのような発言を聞いて、思わず天満がずっこけそうになる。
止めた方がいいのか分からない微妙な空気が漂う中、アルコールの力を得た高砂が、なるようになれとばかりに続く。
「俺も見とったぞ、早よ出せや」
揃いも揃ってなんで因縁をつける不良のような台詞回しなのかが気になって仕方がないが、最早続くしかなくなった天満も流れに乗ることにした。
「ええから早よせえ!」
薬物なのか、何をしていたのかは分からないが、街中でいきなり謎の集団に絡まれる、という事態に巻き込まれた側の男はただ困惑する。
「なんやコイツら!?」
「やかましい、警察や!」
「ウソこけ!こんな酔っ払いがポリな訳あるかい!」
「じゃかあしい!結論お前は酔っ払いに現場押さえられる低レベルなチンピラやないかい!」
ぎゃあぎゃあと騒いでいる間に到着した松屋が状況だけ見て事態を悟ると、加勢に入る。
「ええから早よしい!警察や!」
日頃から無駄に松屋の察しがいいとは思っていたが、その察しの良さを遺憾無く発揮する様子に天満は呆れ3割、頼もしさ6割、そして1割の恐怖を感じていた。
この押し問答が始まって数分、いずれは時間の問題だった津久野も現場に臨場した。後から後から追加でやってくる謎の自称警察集団にいよいよ男が恐慌状態に陥る。
「俺が何してん?!ちょお帰してえや!」
「持っとるもん出してからや!分かったあるねんで!」
「やから何の話しとんねん!ポリやったら手帳出せや!黙秘するで!」
騒ぎを聞きつけたのか、通報があったのか。おそらくは近所の交番から派出されたであろう制服が走ってくるが、その内の1人が様子を見て、集団の中の橋下に気が付くや否や「うわ」と声を上げる。
「おいコラ「うわ」とはなんや「うわ」とは」
「いや、先輩、その、ええ?」
交番員たちの様子から察した当の不審人物は驚きの声を上げる。
「え?お前らホンマにポリなん?」
「言うとるやないかい!」
反射的に全力で殴りそうになった手を宙で数回振る。とっさのごまかしの挙動だが、橋下の妙に冷静な部分がそうさせた。何しろ、今はボディカメラを付けているのだ。自分で自分の非違事案の証拠を集める趣味は橋下にはなかった。
「ちょお、待ちいや」
間に制服警察官、野田巡査長が割って入る。
「ひとまず、君?こっち来て?大丈夫?」
制服の片割れ、三国巡査が「大変だね」という空気を滲ませながら男に話しかける。
「え?あ?はぁ・・・・・・いやいやいや!嫌やって!」
魔法取締係の面々から解放された男が交番チームの発言に素直に従うかと思いきや、突如として拒否を示す。
特段、何の不利益にもなりそうな行動を取っていなかった交番チームの制服警察官、野田巡査長と三国巡査は、ここに至り不審な男に対する疑義を深める。
アイコンタクトだけで意思疎通を取り、野田が注意を引くように職務質問を長引かせ、一方でその意図を汲んだ三国が目に付かないように無線で応援要請を出す。
薬物事犯に特有のパターンである。より一層慎重な質問が要求される。
「良い警官・悪い警官」という話が世にはあるが、一連の流れを見た魔法取締係の面々は何も考えずにひとまず不審な男に矢継ぎ早に言葉を浴びせかける。
「はーい、どうもポリです」
「もっぺんお話しよか」
「ほんで、自分のアレ何やってん」
「もうお前らは嫌や!ポリは嫌やけど、自分らはもっと嫌や!」
「駄々っ子か自分」
しばらくの押し問答の後に、再び野田が間に入って解放された男は次に、いつの間にか応援で出てきた制服警察官が大量に溢れかえっているという現実に直面する。
「やから、俺が何してんて!」
男は側溝付近に位置取ると、人目につかないような、わずかな動きでポケットからビニール袋を捨てた。
しかし、やや遠巻きにしていた三国は見逃さなかった。
「おい、今何捨てた?」
「知らんて、何もしてへんし」
「おい、なんやこれ」
数人がかりで男の動きを抑えつつ、側溝のグレーチングに引っ掛かった小さなビニール袋を三国が拾い上げる。
「なんやねんコレ」
「知らん、俺のとちゃうし」
「お前んポケットから落っこってんで!お前のやなかったら誰のやねん!」
「分からへんわそんなん!」
「ほな、これ落とし物として処理してええんやな?袋から指紋とか採るけど、自分ホンマに関係ないんやな?」
「それは嫌やわ」
「なんでやねんな」
問答を繰り返す内に、どうあがいても逃れるのが難しいらしいことを悟った男はどこか投げやりな様子で対応する。
「好きにせえや、俺なんもしてへんし」
「ほな、なんで「嫌」とか言うたんや、なあ?」
こうなると、どこまでも話は進む。
「これ、試験薬やけど、ええか?これが青色変わったらお前持ってたあかんやつやからな?」
「もうええわ、早よなんでもしてや」
手慣れた様子で薬物検査キットを使用した野田の手元の試薬はみるみる内に青く変色した。
「見える?」
「分からへん。俺色盲やもん」
「これな、赤色やろ?」
「え?青やろ?」
素の疑問が男から漏れると、制服組から容赦がついに消えた。
「お、青色は分かるんやな?」
「いやいや、分かれへん」
「ええ加減にせえ!もう分かったあるやろ!」
「せや、もう堪忍せえ!往生際悪いで」
いよいよ事態が薬物事案と判明し、ヒートアップしていく一方で、魔法取締係の一行は一歩引いた位置で静観していた。
「今、魔力検知器使わしてくれ言うたら怒られるかな」
「ここまできたらクスリで捕った方が早いやろ」
「ほなこれもパンダ星か」
南港署の魔法取締係の中では、白星ではないが黒星でもない事案のことをパンダ星と呼んでいた。白黒の混じり合ったグレーではなく、あくまで部分部分の斑なことに由来がある。
「ほんで、こら競技中止か?」
津久野の疑問に、うんと唸って橋下。
「一旦中断という形を取りましょうか」
まったく事態にそぐわない相談をすると、すっかり酔いの覚めた一行は爪先を官舎方向ではなく、スタート地点の南港署側に向けた。
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