Alcoholic modern pentathlon 4

「うおおおおおお!俺はテキサスレンジャーやああああ!」

「テメェェェェェェ!この後絶っ対掃除せえよ!」

喚き散らす酔っぱらいに松屋がブチ切れる。


ロデオマシンで長時間耐久し、その後に飲酒。耐久出来た時間、アルコールの度数と量に応じて点数が付与される、というレギュレーションだったはずだが、何故か最初にルールを制定した橋下がビールを飲みながら最強モードのロデオマシンに跨っている。

おかげで、ビールは殆ど口に運ばれることなく、暴れ回るロデオマシンの振動に合わせて松屋の部屋のフローリングに撒き散らされるがままになっている。

その絵面に、沸点が下がり切って堪えきれなくなった津久野と高砂が350ミリ缶を片手に笑い転げる。

競技も後半戦、馬術の項目。時間計測が採点事項のはずにも拘らず、一体誰がストップウォッチを発動しているのかは、少なくとも天満には分からない。


缶ビールの中身が空になったのが先か、橋下が滑り落ちたのが先か、あるいは同時だったのか。

べしゃ、という音と共に橋下がビールまみれの床に崩れ落ちる。

松屋の下の階の住人、生安の長居が今日は当直で不在だという事実は幸か不幸か。

マジギレする松屋と酔っ払い2人の声をBGMに、橋下が酒臭い出立ちとともに「プラトーン」のポーズを取る様を横から見て、こうはなりたくないと天満は一人思う。

「よーし、そんで、次が?・・・・・・あー、射撃やな」

立ち上がった橋下が手に持ったアルミ缶を捻って潰すと、咳払いをして次の競技説明に移った。


官舎から最寄りの繁華街の金剛ビル3階にあるシューティングバー、「シューティング・スター」まで走って5発射撃、そして走って官舎に戻る。数日前の説明をそのまま補足しながら反芻する形だが、そこからさらに内容を補足する。

「追加のレギュレーションとして、まっつんは家の鍵掛けなアカンから、下で全員集まってから「よーいどん」な」

一通りの説明を終えた橋下がおもむろに手持ちの荷物に向かい、漁り始める。そして黒い物体を取り出したかと思うと、皆に配り始めた。

「じゃあ、ここから完全に個人競技になるんで、カメラを皆に渡します」

黒い物体の正体はボディカメラの山々であった。

「お前コレ一台だけやなかったんかい」

何円ナンボしてん、これ」

給料日前の橋下が「金がない」と連呼している理由を天満はなんとなく悟る。


めいめいがボディカメラを取り付けると、「ほな、下でな」とという言葉とともに橋下が部屋を出る。

「掃除せえ言うたやろコラ待てボケェ!」

松屋の怒号を聞こえないフリをしたまま橋下は戻らない。


「おっしゃ、揃ったな」

官舎の階下で合流し、怒り狂った松屋を「後でやったるがな」と口先だけ宥めすかした橋下は、全員のカメラの電源を確認すると、位置について、と横一列に並べた。

「よーい、どん」

その言葉とともに一行が走り始める。

程なくして違和感に気付く。

速い。

橋下が速いのだ。

ここで高砂は、橋下に関するある一つの事実を思い出していた。

そういえば、クソザコフィジカルのくせに、学校時代から長距離走だけは異様に速かった、と。


道順が完璧に頭に入っている橋下が、ただ1人で突っ走る。

「あかん、ちょお、後で、追いつく」

早くも息を切らして津久野がぜいぜいと喘ぎながら脱落しかかる。

気が付くと橋下の姿は一行の視界から消えていた。


一方の橋下は、アルコールが入っていても正確な、記憶に基づいた道順を走る。

長い直線を抜けたら、角を曲がって大通り。大通りの2本目の筋を折れて入って最初の角を曲がると目当ての金剛ビルが見えてくる。

勢いそのままに階段を駆け上ると、目当ての店の扉を開けた。

「うぇーい、こんばんはぁ」

息を切らせて入ってきた橋下を、誰だと言う顔で見た店員は、それが常連の1人だと気付くと「らっしゃい」と声を掛けて近付く。


「今日ド平日やで?もう飲んだあるん?」

「おう、ヘルベルト・フォン・カダヤン。せやねん。ほんで、いつものやつ」

「エアウェイト?もう撃つん?早ない?」

カダヤンと呼ばれた加太という店員がペンを片手に伝票を書き始める。

「今日はちょっと特殊やねん」


そのタイミングで、やっとのことで追い付いた、津久野を除いた一行が扉を開ける。

「こ、これは、俺らは、同率でええんか?」

橋下以上に息を切らせた一行の様子に加太が驚くが、その中に見知った顔があることに気付くと何かを察する。

「ハッシーさん、なんかまた変な遊びでも考えたんですか?」

また、ということは前にも何か変な競技を考案したんだろうかという高砂の疑問を他所に、加太は淡々と銃を用意する。


「伝票、別で頼むで」

銃の借用手続きまでを終えた橋下に、高砂は疑問をぶつける。

「これ外したらどないなるん?」

「実際の競技やとランの距離が伸びますやんね?」

その疑問におぼつかない手つきでゴーグルをはめ、シューティングレンジに歩く橋下が答える。

「そんなん、ショットかクライナーが一杯ずつ増えるだけに決まったあるがな」


レンジはアクリル板で張られた区画内にあり、外からでも射撃の状況がよく見て取れる。

「見とれよ、このワシの華麗な射撃を」

それだけ言うと橋下がレンジに入り、M37エアウェイトを構える。シューティング・バーにしては珍しい品揃えの銃だが、警察官の客がそれなりに入ることから店側がニューナンブともども用意したものである。事実、現職・元を問わず警察関係者は「シューティング・スター」に来るとほぼ確実にニューナンブかエアウェイトのどちらかを手に取るという実績がある。

射撃訓練で扱っている銃だけに、橋下の構え方は堂に入ったものである。

引き金を絞る。ガスガン特有のボン、という軽い音だけが、実銃でないことを物語る。


「1発目」

「外したな」

「2発目」

「外れやん」

「3発目」

「当たらんやっちゃな」

「4発目」

「アイツ目ぇ付いてる?」

「5発目」

「計5杯か」

外から好き放題に言われた橋下が銃を置きレンジから出る。

「今日ちょっと調子悪いわ」

「ええから早よ飲め」


しゃあないな、とどこか大げさにかぶりを振る橋下が慣れた様子で加太に注文を付ける。

怪訝な顔の加太はしかし、すぐに注文通りに用意を始める。

シングルサイズのショットグラスになみなみ注がれた琥珀色のテキーラが5杯現れる。

この頃になって津久野係長が姿を現した。


勢いよく5杯とも飲み切った橋下がふうう、と息を吐く。

「テキーラってそもそもこんな罰ゲーム的な使い方するための酒とちゃうねんで」

「講釈はええから早よせえ、時間押しとんねん」

呆れた様子の高砂に、橋下が「ワシはやり遂げたぞ」と言わんばかりの態度で急かす。

レンジは2箇所ある。特に示し合わせた訳ではないが、時間短縮を企図して、橋下の言葉に押されるようにして松屋と高砂がそれぞれレンジに入った。


ゴーグルを掛けながら、高砂は射撃訓練時の指導事項を思い出していた。

「寒夜に霜の降るが如く」。

息を吐き切ると、指差すように的を狙って引き金を引く。その淡々とした射撃はしかしアルコールに妨げられる。

5発撃ち切ると、先に撃ち終わっていた松屋とともに外の面々と合流する。

「言うてアッキーも大したことあれへんやないかい」

「なんかな、今日ちょっと調子悪いわ」

「ええから早よ飲みや」

橋下、高砂に射撃を終えた松屋が混じり、話し手だけが入れ替わって数分前と同じ文言が繰り返される。

そして再度注文される数杯のテキーラショット。ある意味、気が狂ったかのような、繰り返しの無間地獄のような景色だった。


官舎を出て官舎に戻るまでのタイムを含めて配点、というようなことを言っていたはずだが、橋下は最後まで店を出ることなく、結局全員の射撃を見届けていた。


「ほな、帰るわ」

津久野が豪快にテキーラを飲み干すと、伝票を片手に橋下がカウンターに声を掛けた。

「ええ?ハッシーさんもう帰んの?」

「言うたやん、今日はちょっと特殊やって」

射撃点数表を受け取りながら、橋下は財布から紙幣を引っ張り出す。


支払いを終え、小銭を財布にしまうと橋下が一行に向き直った。

「せっかくやから、下で全員「よーいどん」、後は官舎まで全力や!」

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