Alcoholic modern pentathlon 3
魔法とスポーツは相性が悪い。
事実として、魔法は人の身体能力を上げることは可能だが、使えば一発で分かる上に、発動に時間がかかる。基本的に一般のスポーツ大会では魔法の使用は禁止事項だが、そもそも魔法そのものの瞬発性があまりにも低すぎて役に立たないのである。
薬物を使えばある程度の発動時間の短縮が図れるが、それならば最初からドーピングした方が早く、スポーツ界における魔法での身体強化の研究は全くと言っていいほど進んでいない。それは武道にも共通している。
「高砂、手加減せえや。お前の小手で手首骨折したか思たわ」
面を外しながら津久野がボヤく。
津久野係長は剣道3段という強者なのだが、高砂を相手に辛くも敗北を喫していた。
「いやいや、勝負は真剣に、ですやんか」
若干にやついた顔で高砂は津久野に返す。なんだかんだ、高砂は高砂で早くもこの謎の競技を堪能し始めていた。ついでに合法的に同期のアホの橋下を完膚なきまでに叩きのめせたのも機嫌の良さに寄与している。
そんな高砂が小学校から剣道を続けていた猛者で、署内でもトップクラスの腕前の持ち主だという事実を係長をはじめ、全員が否が応でも再確認することとなった。
しかし、一方で天満は焦っていた。
試合は高砂が4勝、津久野が3勝、松屋が2勝、橋下が1勝という結果が残った。
天満は全敗したのだ。大阪府警最弱魔法使いのフィジカルクソザコモンスター巡査長、橋下恭一という先輩にも負けたという事実が、無意識ながらも天満に大ダメージを与えていた。
他方、そんな後輩の様子に気付かない橋下は、どこ吹く風で続きを促す。
「さて、お次は出て駅に向かって、ほんで駅に行くまでの間にあるコンビニで何でもええから一杯や」
「酒の選択はルールないんやんな?」
「度数と量に応じたポイント制やからな。ストロングゼロのロング缶でもええで」
「アホ言いな、死んでまうわ」
それだけやり取りをすると、防具を撤収し各人ごとで更衣室に引き上げる。
酒コーナーで各々が選び、コンビニ前の駐車場に集合する。
「皆何買うたん?ワシャ、スーパードライのロング缶や」
度数に応じて点数変わるからなと念押しする橋下にめいめいで申告する。
「同じく、スーパードライの500缶」
「ハイボール350ミリ」
それぞれが自分の体の前に缶を差し出す。その中に黄色い瓶が一つ。
「角瓶ミニ」
「まっつん正気か?」
「飲まなやってられへん競技やろこれ」
「フルスロットルやなあ」
誰ともなく息が漏れるが、そこに恐る恐るという様子で津久野係長が質問する。
「発泡酒って点数変わる?」
「いや度数次第なんで変わりませんけど、なんでですか?」
少しだけ口を濁す。
「こないだの健康診断で尿酸値がちょっと高かってんや」
気まずそうに「糖質70%オフ」のラベルが貼られた淡麗グリーンラベル350ミリ缶を差し出す。
「焼け石に水て言いますねん、それ」
「そないに言うなや、気にしてんねんから」
先ほどまでの勇ましさはどこへやら、若干弱気な様子の係長を面倒臭そうにあしらいながら、橋下は「じゃあ、開けましょか」と競技の進行を優先する。
「うぇーい」
橋下の乾杯の号令とともに駐車場の一角、喫煙所付近で一気飲みが始まる。別段、飲んだ速さは今回の採点の対象に入れていないのだが、誰しもが勝手にスピードを競う。
周囲の通行人は奇異の目を向けるが、誰もがよもやこの集団が警察職員だとは露ほども思っていない。終業時刻からほど近過ぎるために、この時間帯に出歩いている警察職員はかえって皆無に等しい。
「うらぁ!」
威勢のいい声とともに次々と盃が空く。
松屋の角瓶ミニと津久野のグリーンラベルのデッドヒートの末、全員が飲み干すと、ゴミを捨て一路南港東駅に向かう。とはいっても、駅のすぐそばのコンビニなので、ほんの数十秒で辿り着く。
改札を抜けるとホームに登る。
タイミングよく入線したニュートラムに乗り込むと一息ついたところで橋下が口を開いた。
「そういや皆水着あるやんな?」
「この状況で?」
「この前、消防から講師呼んで水難救助実習やったばっかやないか」
何を今更と言う調子で各々が返すが、質問を投げた当の橋下が気まずそうに続ける。
「主に高砂さん、忘れてきたんで計測終わったら貸してください・・・・・・」
「お前言い出しっぺやろ?」
「アホなん?」
「コイツもう失格でええんちゃう?」
「減点で手ぇ打ちましょ」
好き放題に言われ、反省してますと絞り出すような声を吐いた橋下にまあええけど、とことも無げに高砂は呟く。
「んなこったろうと思って予備持っといて良かったわ」
「マジでか!助かるわあ高砂様ぁ」
「そんかわり洗って返せよ」
「マジ感謝、はあと♡」
「きっしょ、死ねや」
どこの期にも同期愛というものは存在するし、自分の期にもあることは警察学校に入ったことがあれば誰しもが痛いほど分かっている。
しかしそれを差し引いても気持ち悪い期だなあ、と天満には思わずにはいられなかった。声に出なかったのは先に高砂が言ったからか、天満自身の理性が強いのか、それともアルコールの効きがまだ弱いのかは分からなかった。
「ボーナスポイントは入れへんけど恩に着るわあ」
「・・・・・・やっぱコイツ減点かなんか無いと腹立ってきたわ」
「ああ、ご無体な」
「全部お前の身から出た錆やぞ」
不意に、あっ、と思い出したように橋下が確認する。
「恭やん、性病とか患ってないやんな?」
「お前、次の駅で大阪湾に蹴り落とすぞ」
交渉とも呼べないような水着交渉を終えた橋下は咳払いし、気を取り直したかのように続ける。
「それはそうと残念なお知らせやねんけど」
「なんや?」
「今のシーズン、丸善インテックは25mプールしか空いてません」
「それがなんやねん?」
「50mプールに比べて、途中で何ターン目か分からんくなる率が高い」
「言うて、計測するから計測員から教えてくれてもええんちゃう?」
「水ん中おったら意外と聞こえへんで」
「つまり・・・・・・」
「そう、余計に泳いだり、泳ぎ切ってへんのに途中で止めて無駄な時間を過ごしたりする」
途中で上がろうとしたら何周目かは言うけど、と補足したところでコスモスクエア駅に到着した。
コスモスクエア駅までは南港ポートタウン線に乗っていけばいいのだが、丸善インテックの最寄り朝潮橋駅まではここから中央線に乗り換えとなる。
こともなく乗り継ぎ、朝潮橋駅まで辿り着くと、そのまま目と鼻の先の丸善インテックに駆け込む。
水着に早着替えした一行は早々にプールサイドに集結し、各々準備体操に励む。
「ほんで、どないすんねん、計測順」
「誰からでも正味ええねんけど」
「ほな俺から行くわ」
「ああ、ここ規則でウェアラブルカメラ持ち込まれへんからここだけアナログ計測な」
スポーツ用ストップウォッチとバインダーに挟んだ一枚紙を小脇に挟む橋下を尻目に、早々に高砂が入水する。
「あと、ここのプールは飛び込みも出来へんからな」
「俺みたいな腕前やと飛び込んでもタイム変わらんわ」
いつでもええ、という高砂からの合図を受け、一行はスタート位置横に立つ。
「ヨーイ、始め」
号令と共に泳ぎ始めた高砂と共に、橋下がストップウォッチを片手に残ったメンバーとともにプールサイドを歩く。
1往復、2往復と脇目も振らずに泳ぎ、最後の8コース目を泳ぎ切ると、高砂が水面から顔を上げた。
「なんか、可もなく不可もなくおもろないな」
「お前な・・・・・・」
「あ、3:21な」
「割とええタイムちゃいます?」
高砂の呼吸が整っていないのをいいことに好き勝手言うだけ言うと、橋下は第2泳者を募る。
「あたし行くわ」
「まっつんか。よっしゃ、ええで」
かりかりと橋下がボードに書き込む傍らで肩から水をかけ、ゆっくりと松屋が入水する。
肩まで浸かり、2度3度の深呼吸をしたところで松屋がゴーサインを出す。
そうしてまた、「可もなく不可もなくおもろない」計測が終わり、「3:45」というタイムを告げる前に松屋によって橋下は水底に沈められるに至った。
「あ、じゃあ、僕行きますね」
入水する天満に、げほげほと咳き込む、溺死3歩手前で救助された橋下が手を振って促す。
ストップウォッチを持ったはいいものの、咳き込みが止まらないせいで肝心のスタートが切れない橋下に変わって、高砂がスタート合図を出す。
開始早々にプールサイドのメンバーが違和感を覚える。
周を重ねるにつれ、その違和感は確実なものに変わっていった。
「なあ、これ今何メーターやっけ?」
「もうじき150」
咳き込みのようやく止まった橋下の言葉を受け面々がストップウォッチを一瞥する。
「なんかかっつん、えらい早ない?」
「やっぱそう思うよな?」
それから綺麗に一往復し、ゴールしたときのタイムは高砂とは40秒近い差が開いていた。
「すごいな、2:38」
「伊達に浜寺水練学校行ってなかったですからね」
「いや、夏休みだけやろアレ」
「続いては・・・・・・」
「行くわ」
津久野が前に出る。
水に入った津久野は開口一番に、泳ぎ切る自信無いねんけど、と弱音を吐くが、ええからやって下さい、と橋下が両断する。
「分かった分かった、やるやる」
そうして始まった計測は先ほどまでの天満の速さとは打って変わってスローペースなものだった。
「4:02」
「歳には勝てんわ」
「水泳は元々?」
「高校以来ちゃんとやっとらんわ」
「言うて年齢からしたらええ方ですよ、そんなら」
そうして水から上がると、プールサイドの隅で顔を真っ白にして津久野が横たわる。
「あとお前だけやで」
「おう、見とけこの橋下君の華麗な泳ぎを」
準備運動もそこそこに、入水し肩まで浸かる。
「おーし、いつでも来い」
「はい、よーいスタート」
明らかにやる気なさげな高砂のスタート合図を受け、やる気充分と言わんばかりに勢いよく橋下がスタートした。
異変はすぐに現れた。確かに前進している。だが、異様に遅いのだ。立てる音と動きとが距離に比例していない。
「なあ、コレ溺れてんのか?」
監視員までもが怪訝な目で橋下の泳ぎを追いかけ始める。
「どうする?200行った後気付いてなかったらもう一往復させとく?」
「面白そうですけど、流石に先輩死んでまうんちゃいます?」
「かもしらんな」
「面白いからいっぺん死んだらええねん」
「仕事増えるで」
そんな、脳に酸素が行ってなさそうな泳ぎの割に、橋下はきっかり200mで泳ぎを止めた。
「4:14」
「み、見たか我が泳ぎ」
「お前、俺の4:02より遅いやないかい」
単純なもので、橋下に分単位の差をつけたことで先ほどの武道の成績のことなどアルコールの影響も相まってか、綺麗に天満の頭から抜け落ちていた。
既にヘロヘロになった橋下が、足を引き摺るようにするのを尻目に一行は更衣室に消える。
「この次って戻る、でええんやんな?」
「おー、せや・・・・・・戻るで」
既に疲労困憊の色が見える橋下は、まだ水着のままロッカー脇の椅子でぐったりしており、着替える気配がない。
「早よせえよ恭やん」
先行くからな、と高砂は声をかける。
分かった、という声とともに橋下がようやく着替え始める気配を見せた。
「お?足が抜けん?」
直後、ごん、と鈍い音と呻き声、ぶっ倒れる音が聞こえたが、想像でき得る醜悪な絵面を見たくが無いために無視して更衣室を後にする。
高砂がロビーに着いた頃には既に松屋と天満がいた。
「係長はともかくさあ、ハッシーまだなん?」
「アイツのクソザコフィジカルぶりはよう知っとるやろ」
「アレで競技復帰できます?」
早よ酒飲みたいねんけどな、と若干の苛立ちを滲ませながらベンチで松屋が投げかけた質問にそれぞれの意見を述べながら2人を待つ。
「アレ?橋下おれへんの?」
先に出てきた津久野が疑問を口にする。
多分更衣室の奥で全裸で足に水着を絡ませてのたうち回ってます、とは高砂には言えなかった。
「おお、揃ったあるな」
程なくして完全復活したかのようなそぶりを見せて橋下が現れる。
「遅いわ、早よせえ」
「お前待ちやってんや」
まあまあ、と先程までの瀕死の様子はどこへやら、勿体ぶった調子で橋下が口を開く。
「よっし、次はそこのライフで酒を調達して一杯、ほんで戻って乗馬や!」
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