Alcoholic modern pentathlon 2

「なあ、アッキー」

文書綴りのファイルを手繰り、目の前のパソコンと忙しなく視線を行ったり来たりさせている高砂にどこか暇そうな空気を醸し出しながら橋下が話しかける。

「なんや恭やん」

一方の高砂は顔どころか、目も向けずに口だけを動かす。文書の書きぶりの分からないくだりを、過去の近しい事例を参考に記述しようとしているのだが、その肝心の類似事件の書類が見つからないのだ。

「近代五種ってあるやん?」

「冬季オリンピック目指すんか」

文書は昨年度のものに綴ってあったような気がするが、事件自体は昨年度ではなく一昨年度の事件だったような気もする、というあやふやな記憶を基に高砂はファイルと格闘を続ける。

「いや、ちゃうちゃう、そういう話や無うて」

「ほな、なんやねんな」

こっちは忙しいねんぞ、というテレパシーを高砂は文書綴りファイルというアイテムを駆使しつつ橋下に送るが、人一倍鈍感なのか、はたまたテレパシーを100%受信した上で無視しているのか、橋下はまるで仕事と無関係な話を止めようとしない。

「アレ、何やるか知っとる?」

「射撃以外は分からんなあ」

「フェンシング、水泳、馬術、レーザーランや」

目当ての事件書類を発見した高砂は、その記述を参考に、つい先日発生した魔法を用いた、駅での盗撮事案の書類を作成しながら疑問を口にする。

「レーザーランって何やねん」

レーザーという単語から類推した天満が口を挟む。

「あれちゃいます?フェスティバルゲートに昔あった・・・・・・」

「あー、アレか!あのトロッコ乗って撃つやつ!」

書きぶりが分からなかった一文を打ち終わると、早速印刷する。そうして完成させた事件書類をコニカミノルタのプリンターに取りに向かいながら高砂が納得する。

何とか完成させた出来立てホヤホヤの、赤い豆印訂正の入っていないまっさらな高砂の書類は、津久野係長の合議を貰った後で刑事課長、副署長、署長決裁のスタンプラリーが始まるのだが、一発目の津久野係長が席を外しているので、どのみち今はまだ出来を自画自賛するか、バインダーに挟むか以外に出来ることはない。

「当たれへんから結局引き金連射して矯正射するやつ」

「「分かるわ〜」」

高砂の横から松屋まで出てきて相槌を打つ。側線に乗り上げて脱線した会話がそのまま暴走を続けようとしたところで橋下が遮る。

「フェスティバルゲートはとっくの昔に天に召されて中世騎士のペンギンドン・キホーテに異世界転生しました!話を続けます!」

んん、と仰々しい咳払いをして、橋下が続ける。

「天才の橋下くんは考えました。これはそのまま飲みの世界でも適用できる、と」

「天変地異の方の天災やろお前は」

「なるほど、忘れた頃に」

「そういや今朝もう少しで遅刻するとこやったけど誰も疑問に思えへんかったな」

「てっきりそこらで死んだんかと」

「ほんで忘れた頃に出勤してきて・・・・・・」

「そろそろ本題入らしてもろていいっすかね」

「うっさいなあ、こっちは忙しいねんぞ」

皆で口々に好き勝手に意見を述べ始めたところで、仕切り直そうと橋下が遮るが、そこで高砂はついに本音を吐く。そもそも勤務中なのだから当然なのだが。


しかし、そんな高砂の発言を全て無視して橋下はそのまま「剣道場で一本勝負してから一杯。少し危険が伴うが、一杯だけならセーフと判定して丸善インテックで200m自由型水泳。終わった後に飲酒し、官舎でロデオマシンを乗りこなして酒を飲んだ後、シューティングバーまで走って、酒飲んでからエアガン撃って一杯飲んで官舎までマラソン、総合得点の最も高い人の勝ち」と続ける。

さらにその上で、水泳の時だけは遠いので朝潮橋までポートタウン線に乗って往復するものとする、などとレギュレーションを補足する。


「ええけどや、審判誰がやんねん?」

「お互いが審判や」

「それは無理があるんちゃう?」

そもそもそんな無茶な飲み方をした場合、おそらく記憶が断片的になり、全員から供述を得てようやく一つの記憶となるのではないかという懸念を松屋が示す。

「やからこれを使うねん」

そして小型の黒い箱のようなものを取り出す。

「なんやそれボディカメラか?」

高砂の疑問に橋下が、その通りやと返す。

「やってみて採証能力を実証して、いずれ導入予算を落とさせるねや。まあ、これはワシの趣味の私物やねんけどな」

「こんなアホみたいなんに使て予算降りるかいや」

ここで不意にこの馬鹿げた競技への参加を前向きに捉え始めている自分がいることに高砂は気付く。


「・・・・・・で、それ点数どないして付けんねん」

インスタントコーヒーをポットで作りながら松屋が質問する。嗜好品兼眠気覚まし用にと天満が買ってきたものだが、天満本人を含む全員がカフェインレスという文字を見落としており、「いまいちカフェインが効かねえ」と文句を言いながらも1週間近く誰も気が付かなかったという曰く付きのインスタントコーヒーである。

「まず、剣道は総当たり方式やな」

「恭やん、自分剣道勝ち目あるんか?」

剣道でこのアホをボコボコに出来る可能性に気が付いたものの、流石にこれでは分が悪いのではないかと高砂は疑問を呈するが、橋下は「原作準拠と公平性のためや」と語る。

「原作準拠てなんやねん」

「別にそこはええやろ。ほんで水泳は完泳した時間に応じて点数付与、ロデオマシンは最強モードで最も長時間乗ってた人から順次点数を付けていく」

「ロデオマシンなんかどこにあんねん、持ってへんぞそんなもん」

厚生の備品かという高砂の声に松屋が答える。

「あー、うちにあるわ」

「そう、やからそれを使うねん」

「何であんねん、というか何でお前が知ってるんやそれ」

「だいぶ前にまっつんとこで皆で部屋飲みしたやん?そんとき、片隅にあるなーって思てんや」

ああ、と松屋が納得する。

「持ち主やからな、そこは負けへんで」

「まっつん、それ張り合うとこか?アホの片棒を担いどるだけやぞ」

何故か若干乗り気な松屋への高砂のツッコミはそっくりスルーされる。


「んで、続けるけど、射撃は繁華街の金剛ビル3階にある「シューティング・スター」が官舎の最寄りで、片道3キロ弱。シラフやったら15分も有れば辿り着ける程度の距離やけど、既に水泳とロデオとアルコールのトリプルパンチや」

「そこまで来たら冗談抜きに泥酔してる可能性がちょっと否定でけませんね」

天満の相槌を何故かやたらと嬉しそうに肯定して更に説明を続ける。

「辿り着いたら、まずはテキーラのショットでもなんでも一杯引っ掛けてから、シューティングレンジで射的、ほんで射的の点数はその時のものを準用する」

以前、橋下とともに「シューティング・スター」に飲みに行ったときのことを高砂は思い出す。確かあの店は射撃をしたら点数表を打ち出してくれる。それを元に計算するんだろうか。

「そしたら、もう一杯ショットか、今流行りのパリピ酒、クライナー・ファイグリングでもかっ喰らって官舎に走る。ほんで官舎に辿り着いた順に点数付けて、総合点数が最も高かった奴の優勝や」


ここまで説明したところで津久野係長が戻った。

「こないだの事件、やっと片付いたわ」

油の足りていないドアヒンジの立てる耳障りな音をバックに、バインダーを傍らに置き、事件書類綴りのファイルを探そうとした津久野はしかし、事務室内の様子を見て妙な雰囲気を感じ取り疑問を口にする。

「なんや、どないかしたんか自分ら」


軽い頭痛を覚える高砂と「どうすんのこれ」という表情の松屋と天満とは対照的に、待ってましたと言わんばかりにこれまでした説明内容を橋下が再び語る。一連の説明を聞いた津久野がはああ、と盛大にため息をつく。

そりゃそうだという態度を醸し出す高砂たちを尻目に自分の机に津久野が歩く。

ぎぃ、と椅子を軋ませ席に着いた津久野が口を開く。

「なあ、警察病院の湊先生おるやん?」

それがどうかしたのかという表情を浮かべる橋下の様子に構うことなく津久野は続ける。

「湊先生とはなんだかんだ仲ええから聞いたことあんねんよ」

「何をです?」

「飲酒後のスポーツについて」

「へえ?」

「飲酒後は肝臓で酸素需要が増えるのに心肺機能で酸素を浪費するなと怒られたわ」

話が今一つ見えてこない。


「ほんで、剣道やって酒飲んで?泳いで走る?」

2度目の盛大なため息とともに津久野が天を仰ぐ。

「お前、武道の神に祟られんで?」

津久野係長のため息に乗った言葉に、ですよねと言いかけた天満の言葉は、直後にため息が吐かれた口が紡いだ言葉に掻き消される。

「乗った」

このイカれた競技の開催が決定したのはこの瞬間だった。

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